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「はえーよ断るのが。最後まで話を聞け」
「その結論になるのに真面な話なわけないでしょ。は?どうした?まじで頭イカれた?組織壊滅で一発どっかネジ飛んだ??は?」
「おい仮にも上に向かって大層な口の聞き方だな」
「そんなこと言ったらさっきの言葉なんてセクハラパワハラなんとかハラスメントで訴えますよ」


本気でどうしたこの男。なんでそんなに淡々と居られるのだろうか。私はこいつの神経が理解できない。
付き合ってる覚えもないし、ましてや好きなんて感情があるわけが無い。寧ろ好きか嫌いかと言われたら、互いに嫌いと言うような関係性では?え?何?どうした?本当にどうした?
世間一般これはもしかしてプロポーズと言うやつなのでは?それを何故元直属の上司に言われるシチュエーションに私は今いるのだろう。全く嬉しくない。寧ろトラウマ案件。


「……いやいやいやほんとちょっとよく分からない。え、もしかして万が一仮にも億が一天地がひっくり返ったとして、私のこと好きだったんですか。は?酒、酒が必要。あ、すみません、この日本酒一合と、チャンジャとたこわさ、あとアボカドの刺身お願いします」
「んなわけないだろ。お猪口二つで」


呆然と、男の顔を見つめる。


「本当にどうしたんですか。結婚、ってあの結婚ですよね?」
「お前のあの、はよく分からないが婚姻関係の結婚だ」
「ならあんたも知ってますよね?日本国憲法第24条1項において『婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない』」
「だから今両性の合意を取り付けようとしているんだろう」
「……え、そうなるのか?いやそんなわけ、」


ことり、と日本酒が運ばれてきた。体に染み込まされたままに適当に相手のお猪口に液体を注ぐ。


「元々俺は身を固めるつもりはなかった。情で傍に人を置くなんて真平御免だし、態々弱みに付け込まれるようなモノを作る気になれなかった。俺は過去も未来も、敵を増やしていくだろうし、それに大切な人間の人生を巻き込むことは分かっていたからな。ならいっそ、作らない方がいい」
「はあ」


タコのチャンジャを口に運んで一気に酒を仰ぐ。飲まないとやってられない。


「だがこの年になると上からは身を固めろと五月蝿くて敵わない」
「出世頭ですからね。そういえば官房長官の次女の見合いも来てたじゃないですか。逆玉の輿」
「そんなところまで調べたのか」
「当然でしょう。好きな人間を傍に置かないのなら、政略結婚でもなんでもやればいいじゃないですか」
「柵があるのはそれはそれで面倒だ」
「我儘だな」
「結局、一般人だけでなくその家族諸々権力に気を遣うのは面倒すぎる。こんな真面に家庭を作る気のない人間と一緒になっても不幸しかないだろう」
「それもそうですね」


あれ?話聞いてる感じだと、男の結婚不適合者ぶりの羅列ではないか。


「ということでのらりくらりと躱していたんだが、流石に上の堪忍袋の緒が切れてな」
「さっさと諦めて政略結婚でも見合いでもすればいいんですよ」
「ということで、考えを改めた」
「……なんか接続詞がおかしいですよ」
「敵に弱みとしてつけこまれるような家庭を持つくらいなら、最初から大切なモノは持たない主義だった。しかし、寧ろ最初から囮として、傍に人間を置くのはどうか」
「……ん?」
「元から情などないからいざと言う時には冷静な判断を下せるし、周囲にはカモフラージュできる。互いに利害関係だけで結婚をすればいいのではないか」
「…………ん?」
「なら、情がなく、変に気を遣わず、仕事の理解もあってある程度の自己防衛ができ、自立した生活を送っている人間、」
「…………んー?」
「おまえが一番適任だろ」
「いやちょっと待て!ほらおかしい!色々おかしい!黙って聞いていれば!」
「どこがおかしい。理路整然としてただろ」
「変な方向にぶっ飛んでましたよ!」


淡々と酒を飲む目の前の男が恨めしい。
なんだそれ、あまりにも男に都合のいい話ではないか。私は蝋人形か。お前こそ蝋人形にしてやろうか。


「もし万が一億が一それを飲んだとして、私は一生囮としてぶら下げられ死にかけるってことですか!?」
「早々ないとは思うがな。そうなるかもしれないし、そうならないかもしれない。ま、警察官の家族なんてそういうもんだろ」
「そういうもんなのかな……」
「勿論、万が一そうなった場合は、可及的速やかにその時点で俺が持てるべき全てを総動員して最善を尽くすと約束する」
「当たり前ですよ!妻の前に国民の一人としてそうしてもらわないと!」
「上からの結婚の圧力もなくなるし、体面も別に悪くない。言うなれば、本人同士の政略結婚、契約結婚と言ったところか」


冗談みたいな話を、あっさりと本気で話しているのが分かってしまうから恐ろしい。数多の人間がやれ婚活だなんだ、としている傍ら、あまりにもシビアなおかしな結婚の形を持ってきやがった。


「……分かりました、あなたのイカれた考えは分かりましたけど」


頭を押さえて呻いた。
あまりにも馬鹿げた話である。
今思えば、すでにこの空間は主に男のせいで狂っていたのかもしれない。


「私がその契約に乗るメリットはあるんですか」
「俺と結婚できる」
「いい加減にしろよ」
「冗談だ」
「あなたが言うと冗談に聞こえないんですよ……!」


アンチョビキャベツにぐさりと箸を突き立てた。はらはらと笑っている目の前の男が憎たらしい。
男は、先程掲げた茶封筒から紙を取り出した。


「調査によると、お前も見合い寄越されては断ってるらしいじゃないか」
「さっきの言葉そっくりそのまま返しますよ」
「商社マン、警察関係者、政治家の息子、研究者……錚々たる肩書きだな」
「結婚の名目で扱いやすい人間に落とし込みたいんでしょう」


目の前の人間ほどではないが、ちらほらと様々な所から遠回しに突きつけられるようになった。その思惑は様々である。セクハラも分からないような時代錯誤のお節介から、自分の駒として使うために自分の息子と結婚させ警察関係者と繋がりを作ろうとする者まで。
女性警察官には比較的珍しい現象である。それを由美に少し愚痴ったら、反抗的な人間ほどねじ伏せたくなるのよ、と悟った口調で言われた。


「で、断るにはそれ相応の理由があるはずだ」
「大層な理由なんてありませんよ。更々派閥に興味はないし、下手な人間と結婚するくらいなら一人でいた方がマシ」


あれ、あんまり降谷と言っていることは変わらない気がしないでもない。
酒を喉に通して過ぎった考えを打ち消す。
また降谷は手にある紙に目をやり、一枚捲った。


「お前がいう下手な人間、の反対は………えーっと、自立して暮らしていけるくらいの経済力があり、精神的に健康で、相互の価値観を尊重し合う努力を続けることができ、暴力を振るわず、いざと言う時には助け合える関係性。また、相互に過干渉せず、趣味や生活サイクルに過度な文句を言わず、共働きであるなら家事を折半し、対等な立場でいられる存在。仕事を続けるか否かは、相互に納得し好きな時に自身に決断権があり、最低限外面も良いが、権力や家族関係に柵があまりない人間であり、ある程度の常識があり、最低限の良心を持つと同様に、余り細かすぎず、真面目すぎず、適度に適当で無駄に気を遣わずに生活できる人間、人として信頼でき尊敬できる人間」
「……何その無駄に堅苦しくした理想像は。誰から聞いたんですか!」
「交通課の宮本」
「ゆみぃ!」
「なんか、お前こじらせきってるな。こんな都合の良い人間早々いないぞ」
「だから理想なんでしょ!理想と現実は違うって分かってますよ」


荒々しく吐き捨てて、お猪口を煽る。すでに空になった酒を継ぎ足す。


「お前の条件俺に当てはめると、DV男じゃない、精神的経済的に自立している、お前が何をしようがどうしようが俺はどうでもいい、家事も出来る、外面も良い、権力は俺一人でなんとでもなるし、家族関係の柵もない、お前が倒れてたら救急車呼ぶくらいの良心はあるぞ」
「自己評価が高い」
「事実だろ。現に情は条件に入ってないし、なんかもう俺で良くないか?」
「軽いなおい、価値観尊重関係対等は!」
「するだろ、それくらい。夫婦は同等の権利がある前に、基本的人権が憲法で定められてるんだから」
「もう基準が分からない」


淡々と語る男を前にして、頭がぐらぐらする。
そういえば、基本的人権って憲法にはあれど法律で明確な規定はされてないから人に直接効力を発揮するわけではなかったんじゃなかったっけ。はるか昔の試験はとうに忘れた。
久々に煽りすぎて朦朧とする未来が見えた。


「だから、理想と現実は違うんですよ」
「それは理想が存在しない前提で言う現実だろ?理想が存在するなら何故理想を掴まない」
「……理屈は通ってるような気がして腹立つ」
「正論だろ」


酒でふわふわと思考回路が断絶される。


「まあ、お前の結婚が恋慕の情がある前提の話なら全てが白紙だがな」
「いや、結婚や生活とは別の話なので、必要不可欠なものではありませんが、」
「ならいいじゃないか」



ぐるぐると思考が回る。
確かに、こいつの言っていることも一理あるのではないか。
気に食わないが、こいつの能力や精神的な部分は嫌という程よく知っているし、実際私より稼ぎがいいし、今更気を使うほどの関係も情もないと分かっているし、外面は悔しいほどにいい。家事も多分しないと落ち着かないタイプだろうし、時々ぶっ飛んでることはあるけど人と対等に接する基本思考回路は知っている。プライベートと仕事の差が激しい人間もいるだろうが、一番近くにいた人間として多分許容できないほどの格差はないだろう。同類嫌悪で気に食わない所も多々あるが、客観的な評価としてこいつの仕事姿勢、能力は尊敬している部分もある。そして、互いに無駄に気を使わない、過干渉もない。情がまるきりないと知っているからこそ、成せることである。

結婚する必要性も感じでなかったけれど、結婚しない明確な理由も別になかった。ただ、私の醒めた捻くれた条件を超えるような人間を探していなかっただけ。別に結婚に最早特段の憧れもない。
もし、本当に大部分理想のまま、結婚という制度を合理的に活用できたなら、今の面倒な結婚圧力や孤独死問題とか、少し軽くなるのではないか。
イカれてると言いながら、それをあながち無しでもないと思っている時点で、私もこいつと同類のイカれた人間なのである。

溜息を吐いて、胡乱とした目で目の前を見据える。


「……ほんと巫山戯てる」
「利害目的で結婚を活用するんだ、合理的だろう」
「夢の欠片もない狂った人間だな」
「それに乗ろうとしてるお前も、相当イカれてるよ」


にやり、と口角をあげ、頬杖をついてこちらを見る。


「で、結婚するか?」
「こんな契約を持ちかけたことを後悔させてやりますよ」
「へえ、楽しみにしてるよ」
「ほんっと、意地が悪い!」


上から差し出された私より幾分大きな掌に、しかと打ち付けて跳ね返した。












私はただ、こいつをぎゃふんと言わせたかっただけだった。
そんなことに、自分の籍をも互いにかけたのだから、本当に狂っていると思う。


(犬猿の仲の)
私と上司は、
この度、
(契約)
結婚しました。


20180730
title by Rachel