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様々な出来事が走馬灯のように蘇る。良いこと、悪かったこと、叱られたこと、悪かったこと、死にかけたこと、怒鳴られたこと、エトセトラ。良い思い出の方が少ない。それはそうである。それでも、あの時の不可思議な関係性はきっともうないだろう。

そう思ってしまいこんで早一年。年月は早い。私が公安から部署を異動になり一年が経った。元々キャリア組でもない所謂推薦組、準キャリアとでも言うのか。上司の潜入捜査、組織の捜査が一区切りしない時に、私は普通の年度異動で公安から異動を命じられた。
感慨深いこともなくあっさりと辞令をきき、速やかに引き継ぎをして、挨拶もそこそこに警察庁から警視庁へと引き戻された。本来志望していた捜査第二課に配属され、あの時に比べれば、真面な勤務時間で働いている。自棄糞で死にそうになりながら変な時間帯に仮眠をとるということも繁忙期以外なくなった。繁忙期という言葉の定義がしっかり成立していて泣きそうだった。少しだけ、あのめちゃくちゃな部署が恋しく思う時はある。戻りたいとは一雫も思わないけど。
そんなやっと一年に慣れた頃だ。なぜ、走馬灯のようにかけたのか。嫌な思い出ばかり、出てくるのは何故なのか。
それは今凝視しているメールのせいである。
一度現実を直視出来ずなかったことにしようとしたが、出来ずにもう一度開いた。
年月は経ったというのに一瞬で引き戻される自分の感覚が憎らしい。

たった一行。シンプルなもの。日時と場所の単語だけ。
知らないメールアドレスからのものだった。
一般人なら迷惑メールでスルーするかもしれない。
だが私の携帯は違う。ある意味一般の部署になり、やっと警戒が緩んできたところだが、私の携帯は他人の携帯よりセキュリティがしっかりしている。そもそも携帯も変えた。迷惑メールなど跳ね返されて届かない。自ら教えた人間には何の影響もないが、教えていなければそう簡単には辿り着かない仕組みになっている。
嫌な予感しかしない。一気に引き戻されている私の感覚が本当に憎らしい。
なんだ、この命令の仕方とても身に覚えがある。あの人しかいない。易々とくぐり抜けられて、差出人すら教えず問答無用で人を使う。
命令は、ゼッタイ。
叩き込まれた言葉が蘇る。糞野郎。
命令に背けばその何倍もの形で自身に降り掛かってくることが分かっているから。
私は苦虫を噛み潰したように口を歪めてスケジュールをリセットしながら、一生関わることはないかもしれなかった人間に電話をかける。








「組織壊滅、一階級特進、おめでとうございます」


他愛のない話もそこそこに、淡々と口火を切る。
引き摺られるようにして連れてこられた場所は降谷行きつけだという居酒屋であった。部署が部署なだけに外食する場所も限られる。
一年程ぶりに会う、元上司、永久先輩のその人は、あまり変わっていなかった。隈が少し薄くなったくらいか。少しだけである。
枕詞で生ビールを頼み、適当に好きなものを頼み食す。この人に連れてこられた場所は食に外れがない。こっそり行きつけにしてしまいたいほどに美味しい。そんな回数もないけど。


「やめろ」


醤油に刺身をつけながら言った。箸の所作が相変わらず美しい。個室で真正面に座る彼を見るのは久々だった。何の感慨もない。


「事実じゃないですか」
「俺だけの功績じゃない」
「まあ、そうですが」
「支える人間あっての俺だ」
「はあ」


殊勝な態度が酷く気持ち悪い。


「お前の方こそ、挨拶そこそこに異動決まって何もしてやれなくて悪かったな」
「本来異動有りきの職場です。態々何かしてもらう義理もありませんよ。気持ち悪い。何か用件があるならさっさと言ってください」
「ほう」
「あんたが私を呼び出すなんて何かないと有り得ないでしょう」


吐き捨てるよう言葉をビールで流し込んだ。目の前の男は眇めるように私を見つめ、口角を皮肉にあげて茶封筒を掲げる。
眉根をあげてそれを見つめる。


「まさか、私のこと調べたんですか」
「自分のことを棚にあげてよく言うな。俺のことも調べたろう」
「なんで」
「お前の方法を俺が知らない訳ないだろ。相変わらずお前の情報収集癖は健在らしいな」


笑って私に言う男に眉間に皺が寄る。
それにしても可笑しい。何故、バレた。鎌をかける言い方でなく断定的だった。


「お前が使ってる人間、少し前に俺とも繋がったんだ。情報は更新するべきだな」
「本当に性質が悪いですね」


完璧こいつの掌の上で転がされていたというわけだ。


「それで?私のことを調べて何か引っ掛かることでもありましたか?」


鯛を挟んで持ち上げる。
男はあげた口角を戻して目を眇める。


「警視庁公安部の上層部が一掃された。お前が異動した直後にな」
「大変だったそうですね」
「元来疑惑が上がっていたが証拠が掴めない上、内部上層部となると下手に手は出せない」


それはそうだ。表には出ていないが、結局一掃ということは上層部の人間の不祥事が認められたということである。


「潜入捜査官の命綱とも言える立場の人間があっさり異動することは珍しい。しかも、真面に引き継ぎの時間を取られずにだ」
「何かご迷惑でも」
「いや、完璧だった」


面白くなさそうに、そう吐き捨てた。


「二課も躍進しているらしいじゃないか。お前が移動した途端、な」
「さあ。今の私は下っ端ですので」
「……ふん。それは追追だ」
「追追」


わざわざそんなことを聞くために、呼び出したのだろうか。
組織が壊滅した後、案外暇なのだろうか。


「で、そんな話をする為に呼び出したんですか」
「いやそうじゃない」


ハイボールが残り少ない。ごくり、と最後まで飲み干してだし巻き卵を口に入れる。美味しい。
次は何を飲もうか。メニュー表に目を通す。


「苗字」
「なんですか」


なんだこのアボカドの刺身って。ただアボカド切っただけでないのか。
刺身のつまを取って醤油に付ける。メニューを見ながら口に入れようとした時だった。


「結婚しないか」


ぽとり、と浸ったつまが落ちる。


「…………………は?」
「汚い。跳ねた」


目線をあげるとシャツを確認している男の旋毛が見えた。
今私の耳は何を聞いた。ちょっとよく分からない。は?何が起こった。そもそも今何の話をしていたんだっけか。
結婚、結婚ってなんだ。私が知ってるKEKKON。あれか、血痕か。だが血痕しないか、ってなんだ。血痕が何か重要になる事件の協力でも求められてるのか。そうか。そういうことか。
って、んなわけねえだろ。


「……もう一度、お願い出来ますか」


男は顔をあげて私をみる。私もそいつを凝視する。
淡々と見つめる男の顔は何を考えているのかわからない。何度も見てきた顔だ。凪いだ顔で私を見つめるその男は今度は何を考えているのか。


「だから、俺と結婚しないか、と言っている」
「………え、嫌です」


20180707
title by Rachel