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「おはようございます」


つくづく車通勤で良かったと思う。満員電車になんて乗っていたら今日は倒れている。思った以上にやばかった。
すでに出勤していたり泊まり込みの同僚に挨拶しながらどさりと自分の机に鞄を置いて、薬を取り出して買ってきたコンビニの袋に放り込んで、そのまま隔離された簡素な応接室に向かう。簡単な客だったり、少人数で話したい時の遮断部屋として使われている。ガラスで囲まれていて中は基本丸見えだが、場合に応じてブラインドも下ろせる。


「風見、おはよ」
「おはよう」


風見の机を経由して肩を叩き手でちょっと、と部屋を指さす。
他の同僚にも挨拶しながら、部屋に入る。朝っぱらから缶コーヒーをあけている風見が壁に凭れた。


「どうした」
「一応報告と思って」


私も私でコンビニをガサガサしながらブラックコーヒーのペットボトルを取り出し、口に含みながら鉄剤と生理痛の薬を一緒に放り込んだ。貧血が酷い。そのままごくごく飲み込む。


「薬は水で飲めよ」
「知ってる」


分かってないだろ、と呆れた顔をされたがスルーする。


「昨日上司を保護しました」
「は」
「2発撃たれて大量出血、携帯壊れて連絡不可。倒れていた所を協力者が見つけ私に情報がきた」
「無事なのか!」
「そんなに怪我自体は酷くない、訳では無いけど手術する程でもない」
「病院には」
「行かせられないから足つかない人間に診てもらって今は私の部屋で寝てる。でも一度起きた時に意識は正常だったし、今は身体さえ休めれば、って感じ」
「苗字の家?」
「一番近かったからね。仕方なく」


珈琲を半分程残して蓋を閉める。今度はリポビタンDとウィダーのミネラルを取り出した。


「そうか」
「そう。その報告。夜のうちに監視は張ったしセキュリティは大丈夫だと思うんだけど、万が一危なくなったら風見に情報行くようにはしておくから」
「承知した。それより苗字」
「ん?」


少し眉間に皺を寄せ、躊躇うように言葉を発した。
ゼリーを手で押して口に無理やり流し込んでいる最中だった。


「顔色、悪いぞ」
「分かってる」


顔色死んでるのは分かってるし、ぎりぎりなのも分かっている。車から出る時に眩暈がして一旦運転席にも戻った。気づかないほどこの部署に鈍感な人間はいないし、幸い男社会な割に生理に理解がある人間が多い。部署自体ハードであるから、涼しい顔で隠せるものでもなかったが、皆良い距離感で放っておいてくれたりさり気なく気を使ったりしてくれるので有難い。甘えている。


「今月、大変なのか」
「最近の忙殺と昨日ので一発だった」


へらり、と笑えば風見はお人好しだから憐憫の目を向けられる。繁忙期という言葉が笑えるほど、万年繁忙期だが、ここ最近は特に期限に終われていた。風見は泊まり込み組だし、私は私で二日越しの帰宅だった。
付き合いも長い為に、風見にはよく甘えている。有難い存在である。


「過労と寝不足のせいか」
「それもあるけど、血が足りないからって輸血分提供したのがきた」
「は?それは……大丈夫なのか」
「死にはしないでしょ」
「苗字」
「そんな顔しないでよ。それしか方法がなかったんだから仕方ないでしょう」


血が足りない、と闇医者に言われた時はもうどうしようもなかった。私は普通のO型だったし、上司は珍しい血液型ではなかったはずだ。体調は万全という訳ではなかったが、偶然薬を忘れて何も入れてなかったし、その時はまだ今に比べれば体調はましだった。
とにもかくにも、危うい状態を手っ取り早く脱出するためにはそれしか方法がなかった。


「……休め、ないか」
「風見が一番よく分かってるでしょ。とりあえず今日午前中の来客と書類締切さえ乗り越えれば一段落するから、ちょっと昼は仮眠とってもいい?」
「ああ。寧ろ積極的に休め」
「助かる」
「男は分からないからな。ただでさえ身体能力も違うんだ。気に病むな」


さらりと無糖の缶珈琲を飲みながらそう言う風見に突然年上の余裕を感じた。


「……風見はいい旦那さんになると思うわ」
「なんだ急に」
「幸せになって欲しい……」


突然崇め始めた私を、気持ち悪い顔で見ている。私は本気で言っているのに。


「お前に祈られなくても勝手に幸せになるからやめろ」
「突然の塩対応解せない」
「それ、降谷さんには言ったのか」
「輸血のこと?言ったよ」
「お前の血って?」
「それは言ってない。言う必要も無いでしょ」


飲みきったパックをゴミ箱に捨てていると、また複雑な表情をした風見がいた。


「何」
「……それで良いのか」
「良いのかって、言ってどうするのよ。あなたの輸血に私の血を使ったおかげで今貧血です、って言ったって誰にもメリットないでしょ」
「……まあな」
「これくらいであの人に借り作ったつもりもないし、死にかけの人間助ける時に私がしんどいだけで済むのと天秤にかけるまでもない」


わざわざ言って何になる。善意のごり押しというか、なんというか、当然の処置をしたまでであり、報告するまでもない。
それが気に食わない上司とか、くそ生意気な部下であるとか、そういう立場は、何も関係がないのだ。


「お前は昔から変わらないよな」
「何それ、いい意味で捉えられない言い方 」
「半分呆れてるからな」









肩に鞄を引っ掛けてカードキーで開けていく。半分目は開いていない。よく一日頑張った私。でも明日も続いていく仕事。一日で疲れなんてとれるか馬鹿野郎、という気持ちとそれに蓋をして頭はシャットダウン。
昼にメールで連絡して生存報告をうけた。あの人のことだからあの怪我でも既に出て自分の『家』へと戻っているだろう。絶対安静とは言ったが、忙しすぎる上司にその言葉が効くとは元から思っていない。昨日の後処理もあるだろうし、もぬけの殻だろう。
正直人に会える精神状態ではないから良い。
薬なんてすでにきかなくて、鈍痛が腰にきている。頭痛も酷いし貧血の怠さも酷い。とにかく体を休めたら治るやつ。
法蓮草とレバー。レバーはない。法蓮草は冷凍したやつがあるけど、正直自炊する気力がない。まともな食事をとったほうがいいのは分かっているけれど、一周回って食欲もない。コンビニに寄る元気もなかった。ベッド見たらそのままダイブして暫く現世に戻りたくない。
なんとか体を引きずってドアを開けると、微かに漂う人の気配に違和感がした。恐らく他人がいた名残だろうとパンプスを乱雑に脱ぎ、リビングに近づくにつれ気配が濃くなることに気づき体は鋭敏になる。
一瞬、息を止め、鞄を体の前に抱え一気にドアを開けた。


「あ、おかえり」
「……は?」


ソファから覗いた褐色の髪が揺れる。こちらを振り向いてあっけらかんと言ったのはいないと思っていた上司である。いやいたとしても、何故ソファにいて、声だけ聞けば元気そうだな。


「なんでいるんですか」
「絶対安静って言ってただろ」
「安静にしてない人間が何を言ってるんですか」
「組織に連絡は取れたし、今日はポアロもない。流石に足引きずってはきついし」
「はあ」
「体も休ませたら回復した。怪我も膿んでないし痛みも引いてきている」


筋肉動かさずに左手動かす方法を発見した、と言って見た目健康体と変わらない動きをしている上司にちょっと意味が分からない。どんな体をしているのだ。撃たれて24時間経っていないのである。
すっかり気づいてなかったが、テレビから馴染みのある音が聞こえる。ぷーんぷーん、と有名な赤い帽子を被ったおじさんが火の玉を飛ばしていた。


「ゲーム、」
「久々にするとはまるなこれ」


余りにもあっけらかんと家にいるこいつに毒気が抜ける。


「そんな元気なら帰れば良かったでしょうに」
「お前の家は居心地がいい」
「は」


グレーのスウェットを着て、私のソファに寝転がっている上司の姿は何なのだろう。うっすらと髭生えてるの久々に見た。


「……ご飯でもたかる気なのかもしれませんが、今日はそんな気力は」
「飯なら作ったぞ」
「え」
「お前の分も作ったけど、食べる?」


そう言って立ち上がる彼の脹ら脛には、弾丸が抉った怪我があるはずなのに、スウェットに隠されて今は見えない。


「……食べる」


慣れたように冷蔵庫を開け、ラップに包まれた白い皿が出てくる。


「勝手に皿とか食材とか使った」
「それは、別に、いいんですけど……」
「けど、なんだ。早く着替えてこい」


小さな鍋も取り出し、火にかけている。
今起こっている状況がわからなくて、肩からずり落ちる鞄が、関節で止まる。
とりあえず言われたままに寝室へと向かってしまった。自分の匂いにまじって微かにする血の匂い、と、半分程上司の匂い。新しい車と馴染んだクリーニング屋と草臥れたコーヒーサイフォンと、朝露の草原の匂いがする。
ベッドは綺麗にメイキングされていた。鞄を置いて簡単な服装に着替える。UNIQLOの部屋着でいいや。今更上司に気を使う必要も無いだろう。相手もスウェットだし。
化粧も落として洗顔と軽い保湿をして向かう。自棄糞である。


「……うわ、凄い」
「あったもので作ったからそんな凝ってないが」


そう言って出されたそれは、湯気がほかほかと立っている。レンジで温めたと分かっていても、とても綺麗に見た目も保たれていた。
オムライスだった。それも、普通のオムライスではなく、細かく刻んだ法蓮草入り。綺麗にマーブル模様を作って黄色に緑が鮮やかである。そこによくあるトマトケチャップやデミグラスソースではなく、黄金色をした薄くとろみがついたソースがかかっていた。和風出汁の匂いがし、よく見れば細かく刻んだ生姜と葱が見える。近くにことりと置かれたのは味噌汁で、中にはトマトと青紫蘇が見えた。艶々とオリーブオイルが光っている。確かに熟れ過ぎたトマトが残っていただろうし、乾涸びる寸前の青紫蘇もいた。


「……降谷さんはもう食べたんですか」
「ああ」


そう言って、何故か私の目の前に座って水を飲み始める。
無視して、鼻腔を擽る匂いを吸い込んで手を合わせる。


「いただきます」


オムライスにスプーンを落とす。ふんわりとした卵は分厚くて、家の薄いぺらぺらの卵ではない。スクランブルエッグに近い弾力がある。その下にはケチャップライスではなく薄く色づいたライスがいた。しっとりと掬われるからバターライスか。とろみのついたソースと一緒に口に入れる。


「ん、ま。美味しい………なにこれ美味しい……喫茶店の卵の味がする……」


家では再現できないはずの柔らかな分厚い卵がさらりと口で解ける。焦げ一つない鮮やかな黄色の中に法蓮草の茎の食感がしゃくしゃくとする。とろみのソースは予想通り和風出汁だった。でも醤油の匂いはしない。和風出汁と生姜と葱がしっかり効いているから薄味という訳でもない。丁度いい味。それに、バターライスだと思っていた中でうっすらと焦げた醤油の風味がする。醤油バターライスなのか。だがこちらも薄付で気づかない人は気づかないと思う。それくらい絶妙で、卵と米とソースが合わさって始めてこの料理は完成する。それぞれでも充分美味しいのだが、全て合わせることで味が調和する。


「本当美味しい……幸せ……泣きそう……」


家で人が作った料理、っていつぶりだろう。食欲がなかったはずなのに、あっさりとした味付けでさらりと胃に入っていく。じんわりと温まる優しい味。繊細な味。
あまりの幸福感に包まれていた。
目の前に上司がいることすら忘れ、一心不乱で口に運んでいた。

それをどんな顔であの人が見ていたのか、私は知らない。


20180701
title by Rachel