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あのあとも話は尽きず、私は引きずられるままにポアロに居座った。客も流石に入り、上司が傍に居座ることはなくなりほっとした。
話はそのあと各々の恋愛話に移る。由美に前に言ってた商社マンの男はどうしたと聞いたら、既に別れ違う男と付き合っているらしい。最近一方的に愛想が尽きたと言っているが、この後結局マンションに行くらしく全然愛想ついていないではないか。ツンデレがひどい。


「………って!みんな彼氏持ちかよ!何!リア充!」
「あんたこそSEといい感じだったじゃない」
「それこそとっくの昔に自然消滅したわよ……クリスマスに私は上司と張り込みしている傍ら、高級ホテルに入っていく2人組を眺めていた気持ち……」


思わず遠い目をした。未練はさらさらないが、それとこれとは別問題である。


「それは……ご愁傷様というか」
「あの時の肉まんの味は若干トラウマ」
「女の幸せはそれだけじゃないわよ」
「全てを手に入れてる人に言われてもね」


別に私だって自由に生きている。幸せでない訳でもない。でも時々、隣の芝生を見て青いと羨ましがる気持ちが全くないとも思わない。


「仕事に生きすぎなのよ」
「仕方ないでしょ……いいわよ……仕事を恋人にする、わ、よ、」


由美の言葉にろくに考えもせずにありきたりな台詞を言った途端、視界に映った手に思わず語尾が消える。


「へえ、仕事を恋人に、ですか」
「はは、ははは、比喩ですよ、比喩」


由美が追加で頼んだミルクティーが机に置かれる。にょきりと伸びた腕は浅黒く太い。顔を上げると、にっこりと笑った店員がいた。
さーっと血の気が下がる。うっすらと見える目が全く笑っていない。言質とったぞ、と低く唸る鬼の姿が見えた。


「いいと思いますよ。仕事が恋人の女性」
「ははははははは」


空笑いするしかない。
それを見ていた由美が口を開いた。


「名前、この人はどうなのよ?」
「は、」
「安室さんもどうですか?中身こんなだけど外面はそこそこいいし、金も公務員だから多少はあるはずよ」
「いや、僕は流石に養われるほどでは……」
「本業で賄えないからバイトしてるんじゃないの?それならこの子の方が稼いでるだろうからあなたがいいなら養われちゃえば?」
「由美、それは」
「あんたのタイプも、優しくて夢追っかけてるようなタイプじゃない。ダメンズ製造機なんだし、ここらで少し職業不安だけど人となりは良さそうな人とさ、」
「はいはい、そこでストップ。店員さんも困ってるじゃない」


怒涛に吐き出される由美の言葉を遮ったのは美和子だった。


「無理やりくっつけようとしないの」
「……はーい。ごめんなさいね」
「……いえ。こうみえても、僕は恋人を養えるぐらいの蓄えはありますよ」


にっこりと店員は笑って、それに驚く由美たちと他愛のない世間話を繰り広げている風景を、白けた瞳で見るほかなかった。下手に私が入ってぶり返すのは避けたい。
ちゅー、と最後の氷で薄くなったオレンジジュースを飲み干す餓鬼も複雑な顔をしていた。そりゃそうである。由美は知らないからそんなことが言えるのだ。本当は公安の出世頭で私の上司で潜入捜査官であるのだから、私よりどれだけ貰っているのか想像もつかない。危険手当だけでも相当なはず。そして、どうせ忙殺されて貯まる一方だろうから貯蓄も凄いのだろうな。そんな人間をどうして私が養えるだろうか。否。寧ろ私が養われたい。金だけ見ると。
どんな思いで上司が聞いているのかは知らない。知りたくもない。
知らない方が幸せなこともある。





また少し時間が過ぎ、そろそろお暇しようと用意をしはじめた。蘭ちゃんと餓鬼は毛利小五郎も含めて園子ちゃんとディナーの約束をしているらしく、美和子と由美はそれぞれ彼氏と会うらしい。迎えを呼んでいた。ほんとリア充すぎて十円ハゲが出来そう。
一人は嫌いではない寧ろ好きだがここまであてられると思うことはある。そんな話をしながらレシートを持って立ち上がった時だった。


「お帰りですか」
「はい、」
「僕もそろそろあがりなんですよ。良ければ車で送っていきましょうか」


エプロンを既に外しかけながらにこやかに目の前の安室透は砂を吐いた。言葉がうまく言語処理出来ずにぽっかりと口を開ける。


「……は?」
「きゃー!やっぱり安室さん名前さんに気があるのよ」


後ろで色めく園子ちゃんを諌める気力もない。心無しか店内全体がざわりと空気が変わった気がするのは気のせいか。安室透は不思議な表情を讃えながら何も言わない。


「え、結構です」


意味が分からなかった。何故わざわざ関わりを持とうとするのだろう。寧ろ関わりを持って怒られるべきなのは私の方ではないのか。
そうか、説教か。今から説教タイムなのか。安室透の車に乗って中で非番説教タイムか。いーやー。


「送っていきますよ。どうやら貴方以外皆さん予定があるようですし、」
「いやいや一人で帰りま」
「外で待っていてください」


あ、すでに詰んでた。てか最初から私に拒否権なかった。笑顔で全てをねじ伏せられた。
私に残された道はやけくそで返事をするだけだ。
安室透の後ろでファイトポーズをしている梓さんと、キラキラした目で見ているJK二人。気持ち悪い顔してる餓鬼、にやついている同期。店に充満するあの女誰という突き刺さる視線。
全てに気づかなかった振りをしたい。消えてしまいたい。









ポアロのガラス張りのからみえない少し離れた位置で大人しく待っていた。あの刺さるような視線を外で浴び続ける程図太さは持ち合わせていなかった。
ピアスが埋め込まれた耳たぶを触っていると、すぐに、目の前に音もせず白いRX-7が止まる。目立つ車だ。そもそも白という色も目立つ。
ぱかり、とドアが中から開き、早く乗れ、と手で雑に促された。命令を聞くしかない。私は無言で助手席に乗り込みシートベルトを締める。どこに向かうのか何も言われずに車は動き始めた。エンジン音すら静かだ。上司は運転が上手い。それに胡座をかいているのかしらないが、上手いからこそよく分からん能力を発揮して公道で良く車を大破させている。よく怪我しないというか、思い切りが良すぎるというか、なんかもう知らね。
私は耳をとんとんと叩いて、隣の上司を見やった。彼はこちらに目をよこすこともせずに事も無げに言った。


「盗聴器の類は仕掛けられていない」


私はそれを聞いてふう、と小さく息を吐いて座席に背を預ける。ゆらりとピアスが肩に当たる。


「で、用件はなんですかちなみに今回のエンカウントは不可抗力です歩美ちゃんの可愛さにやられたんですなので説教は受けたくないです車から下ろしてください非番なので働きたくないです嫌な予感しかしない」


ノンブレスで脳内の感情をつらつらと無表情で吐き捨てる。


「その件は今は保留だ」
「保留」


ぐるぐるとどこに向かっているのか知らないがぎりぎりを狙ってスクランブル交差点を曲がっていく。右に左に滑らかに曲がっているが何を考えているかわからない。
ふと、ミラーに映るその風景に違和感を覚えた。


「もしかして、つかれてるんですか」
「ああ、そうみたいだ」
「……素人でしょうね」


幾分気の抜けた声で応答した。
ミラーを見ると、後ろに普通乗用車を一台挟んでタクシーがずっと近くにいた。ちらちらとみえかける運転手が同一人物だし、曲がる時に横目で確認したナンバーは一緒。
あからさますぎて玄人ではない。何も言わない上司の反応を見ても明らかだ。背面に体重を預けて耳に髪をかける。
乗っている人間は女性のようだ。


「面倒なことに巻き込まないでくださいよ」


素人、どころかある程度の人間に尾行されたとして、それを撒く術くらい持っていないとこの部署は務まらない。ましてや上司のような潜入捜査官なら当然の技術である。その上司が、易々と撒く様子を見せないということと、私が態々接触させられたことに因果関係がないと楽観的に考えられるほど、この人間の部下の期間は短くない。悲しいことに。


「お前が最初に飛び込んできたんだろう」
「だからそれは不可抗力ですって。私が言うのもなんですけど、こんな関わり持ってあなたは大丈夫なんですか」


足を組んでため息をつく。


「店員の安室透が非番の警察官のただの女と喫茶店で会っただけだ。どうとでも言い訳はつけられるだろう」


何事もないようにそう言う。マニュアル車のぐねぐねしたレバーをがこんと入れる。
なんか甘くないか。そんなのでいいんだろうか。上司がそう言うならいいんだろう。良くも悪くも警察は体育会系、年功序列、ゼッタイである。


「そうですか」
「というわけで、少し面貸せ」


言葉が不穏すぎる。
ちらりと開ききらない目でミラー越しにみたその女は、私よりもふわふわな髪の毛で、明るい色をしていた。恐らく私たちより少し若いだろう。


「別に安室透として私と接触できるぐらいなら、ワンナイトでもなんでもして遊んで捨てればいいじゃないですか」
「面倒」
「うわ、こんな男に惚れて、可哀想に」


遠目からみても分かる、ぱっちりとされた化粧は派手すぎず、滑らかなグロスがやんわりと、男が好みそうなふわふわ女子。
何の感情も乗せずに言葉が淡々と滑り落ちる。


「お前も大概な発言だな」
「どうせ女の方も本望だと思いますよ。いけ好かない笑顔を貼り付けてる男を好きになる弊害くらい。馬鹿じゃないんだから」


窓越しに頬杖をついて外を眺めた。過ぎ去るチェーン店の光を認識する前に移り変わる。


「おい、言葉」
「今私は、安室透にナンパされたただの女なんで。上司とか知らなーい」


ち、と気のない舌打ちが隣で聞こえた。
都合よくカードを切るのはお互い様である。


「適当に撒いて終わればいいじゃないですか」
「何度もつけられて面倒だからな。適当に他の女ちらつかせたら諦めるだろ」


上司曰く、客として来たあと、何度も喫茶店に通っているらしい。それだけなら無視ですんだが、最近は待ち伏せやシフト、何度かすでにつけられていて、行動がエスカレートしているそうだ。客と店員の距離を保ったままに情報収集した所によると、安室透のことを恋人を作らない一途な男だと思っているらしく、私でもなんとか隣に立てるのではないか、と思っているとか思っていないだとか。
積極的なのか、健気なのか、よく分からない。


「私後ろから刺されるとか嫌ですよ」
「夜道は気をつけるんだな」
「笑えない」


よく考えると、素人のタクシーがついてこられるぎりぎりのスピードで曲がっている。掌の上で転がされているのだろう。つくづく嫌味な男である。
曲がったら一台挟んでいた車がなくなり、すぐ後ろにタクシーがいた。大胆だな。この機会を、上司が逃す訳が無い。


「……うわ、嫌な予感しかしない」
「1回くらい減りもしないだろ」
「やっぱり!嫌ですよなんであんたと車中キスしないといけないんですか適当な女捕まえてやればいいのに」
「ほら、丁度赤信号」


堂々と見えてしまうくらいの近さに止まる後ろの車は何を思っているのか。女も女だ。これで隠れているつもりなのだろうか。最早見つからないようにするという考えすらないのだろうか。
頬杖をついていた方にぐっと体を寄せ、顰め面をして距離をとる。上司はハンドルから片手を外しこちらを向いた。


「ビッチでも誰でも引っ掛けろよ。なんで私」
「ぐだくだ言うな。五月蝿い」


腕を何かが触れたと思ったら、ぐっと引っ張られて上司の顔面が真正面にある。鼻先がつきそうだ。目を瞬いた。無表情だが薄い色素の瞳がうっすらと笑っている。
目線を合わせながらミラーをみると、座席の真ん中の空間に、器用に私たちの顔がある。ドラマみたいにカメラワークばっちり。タクシーの運転手も驚いた顔をしているし、女は口を手で覆っている。


「いやいやいや強制猥褻罪」


へらへらと唇を引き攣らせ、腕を振り払おうとするが全く動かない。浅黒い腕が私の腕を掴んでいるが、殆ど力を入れていないように見えるのが怖い。実際本当に力を入れていないのだろう。この野郎。
また、ぐっと近くなる。互いの吐息さえも頬にあたってその近さに吐気がする。
目の前の男が口を開いた。


「メシ1回」
「のった」


間髪入れず反射で返し、全てをいい終わらないうちに言葉が呑み込まれる。正確に言うと、唇が食べられた。
辛うじて目を閉じた自分は偉い。端から見たらただのバカップルだ。
首が少し傾けられる。角度的に一番綺麗に映っているのだろう。嫌な奴。そう思っていたら、唇に生ぬるい感触が当たる。やばいと思った時にはすでに遅かった。あっさりと舌が侵入する。いつの間にか後頭部に手を置かれ顔を動かすことが出来ない。追い出そうとしても容易く逃げるし体を離そうとしても引き剥がすことはできない。寧ろどんどん近づいている。上から救い取られるように口が動く。それをただ受け入れるしか出来ない。

あ、これは、このままだと、やばい、飲み込まれる。

びびーーー、とクラクションが響き渡ったと思ったら、車はスムーズに発進していた。
目を瞬けば真正面にはフロントガラス、青信号が目に入り、背後には座席の柔らかさが背中を包む。


「っこ、の!」


きっ、と隣の男を睨むも、今までのことがなかったかのように涼しい横顔しか視界には入らない。ぺろり、と薄い唇を舐めたこいつが憎らしくて仕方ない。


「舌入れる必要なかったですよね?寧ろフリでも良かったのでは!?」
「つい」
「絶対ついじゃないでしょ!」
「タクシーいなくなったぞ」


会話が通じない。
どさり、と乱暴に背に体重を預けた。それに少しだけ眉間に皺を寄せる男が見えて、いい気味だと嘲笑う。確信犯の男に情けはいらない。


「あーあー、ほんとなんでこんな男がモテるんだろう。あの女は良かったですね、ホストに貢ぐ方が余程有意義」
「対価を払うんだから当然だろ」
「ここで正論言う男なんて最悪」
「感情論で喚く女もな」


むしゃくしゃしたまま鏡を取り出して唇を映す。綺麗にでろでろに色が毟りとられている。ティッシュで乱暴に拭き取り、GIVENCHYのルージュを取り出して軽くひいた。


「GIVENCHYか」
「……女性が使ってる化粧品メーカー言及するのは考えた方がいいと思いますよ」


CHANELやDiorなら男でも分かるだろう。別に化粧品に詳しい男だってなんとも思わない。だが、それを一瞥して口に出すのはいかがなものか。あれか、値踏みか、マウントでもとってるのか。


「名前入ってるんだから見ればわかるだろ」
「口に出すのがどうかって言ってるんですよ」


分かったのか分かっていないのかよくわからない横顔をした。
私が別に親切にアドバイスすることでもなかった。
頭の中で、にこにこした胡散臭い安室透が突然「それはBOBBI BROWNの新作リップティント、ベアポプシクルですね。よくお似合いですよ」と言い出して砂を吐きそうになる。よく分からんやたらと洒落た色の名前もスラスラ言えそうで嫌だ。強ち言ってもおかしくなさそうな胡散臭さで笑えない。すぐに打ち消した。


「ほんとご飯1回では済まないレベル」
「どこがいい」
「え、今からですか」
「今からじゃなかったらいついくんだよ」
「……確かに」
「早く言え」
「美味しければどこでも」
「……一番面倒な返しだな」
「この借りが返せる程のイチオシじゃないと嫌ですからね」
「メシで釣られるお前もどうかと思うぞ」
「それを利用したあんたがいうか」
「時々お前がなんで俺の部下なのか分からなくなる」
「は?今ディスられました?悪口?」
「事実を言っただけだ。ほいほいバナナぶら下げられたら着いていくだろ」
「それは!言わない!約束!あんたほんと笑いすぎだから」
「俺は猿を部下にした覚えはない」
「私も上司がゴリラなんてきいてない」
「あ?」


そう言いながらも、上司はハンドルを切って方向転換する。
どうやら目的地は決まったらしい。
また外を目を向けた。
エンジン音が静かに振動する。
生欠伸を噛み殺して、日が暮れ落ちた濃紺に遠い目をした。
最近のブームは林檎だなんてバレたら、更に猿って言われるから命かけて隠そ。


20180625
title by Rachel