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重なった言葉は全てが綺麗に違っている。


「え?え?」


整理すると、由美が美和子を名指しし、美和子が私を名指しし、私が由美を指した。見事なトライアングルだ。


「いやいや美和子でしょ。男女ともに優しくて男らしいところもあって誰とでも気兼ねなく話せる。それでいて柔道も強くて女子からは王子、男子からは憧れのマドンナ、高嶺の花よね」
「うん、それはめっちゃわかる。でもなんだかんだ最終的に数多の男から連絡先ゲットしてたのは由美でしょ」


モテるのにも種類がある。彼女にしたいようなタイプか、憧れの的になるようなタイプ。由美と美和子は前者後者それぞれのタイプだ。


「ハイエナみたいに言わないでよ」
「そこまで言ってないわよ」


美和子がそれを見て笑っている。軽々しい声の応酬である。


「なーんで美和子は名前なのよ」
「自分で言うのもなんだけど、ほんとなんで?」


私には嫌な記憶と辛かった記憶と友人と励まし合った記憶と可愛い子を眺めて癒されていた記憶しかない。断じてモテた覚えはない。


「え?名前こそ成績優秀で高嶺の花だったじゃない。言わないだけで憧れてた人は沢山いたわよ」
「は?私男なんて嫌な思い出しかないんだけど」
「確かにトップだったけど、この子の渾名覚えてないの?猿よ、猿」


由美の顔が下世話なおばさんである。それを聞いて、首を傾げる蘭ちゃんと、少しだけ吹き出す園子ちゃんがいた。そして、微かにカウンターの方でカタリと音がする。
あの野郎、笑ってやがるな。


「猿、ってなんですか、名前さん!」
「園子ちゃん、笑ってるの気づいてるからね!」
「確かに名前は猿って言われてたけど」
「ちょ、美和子まで」


流石に、と声を上げた矢先だった。すっ、と体に影がかかる。見上げるといつの間に近づいたのか、店員がピッチャーを持って水をつぎたしにきていた。
こんな場で気配を消して近づかなくて良いだろう。嫌がらせか。


「興味深いお話をしていますね。僕もお聴きしていいですか?」
「あなたみたいなイケメンが興味持ちます?下世話な話ですよ」


由美が少しだけ苦笑して言った。下世話だという自覚はあるのか。


「名前さん?でしたっけ。麗しい姿なのに、何故そんな渾名だったのか不思議に思いまして。それに、女性から見る警察学校の内情というのも興味ありますし」
「そういえば、安室さんって本業探偵だったかしら」
「きゃー!安室さん、名前さんに気あるんじゃない?」



園子ちゃんが私と安室さんを交互に見て色めきたつ。そんな本人の前で言うことじゃないぞ。
美和子たちもこいつの言うことに頷いている場合じゃない。
そもそも、こいつだ。こいつの言葉が悪いのだ。にこやかに笑っているのは気持ち悪さしか感じないし、なぜ、私を下の名前で呼ぶ。安室か、安室透だからか。寒気がする。
確実に面白がりに来ているようにしか思えない。
顔が引き攣りそうになるのを必死にとどめ
て言った。


「いえそんな面白い話でもないですし。店員さんこそ、お仕事は?」
「興味深いお話ですよ。仕事の方はできることは既に終わらせましたし、お客様も今日は他にいらっしゃらないですし」


遠回しに暇か糞野郎、と言っているのに、彼
はどこ吹く風で微笑みやがる。
思わずテーブル下で他に見えないように瞬速で脛を蹴ろうとしたら一蹴された。腹立つ。
その様子を机の高さの関係で餓鬼だけが目撃し、ドン引きしていたのは私は知らない。


「梓さん、こんな店員でいいんですか!」
「んー、確かに今日は皆さん以外お客様もいらっしゃらないし、私も聞きたいのでオールオッケーです!」


とても可愛らしい笑顔で返された。惚れる。
いやいや梓さんは休憩じゃん。こいつは仕事中じゃん。お客様とコミュニケーションとるのも大事ですよね、とにこやかに安室透が梓さんに言っているのも腹が立つ。それはお前が言うことじゃないと思う。
にこにこと周囲をまるめこんで、そこから動く気配のない安室透に、私はいよいよ全てを諦めた。
どうせ、上司のことだから私の経歴は知っているだろうし、今更辱めを受けたところで私のこいつに対する態度は酷くなる可能性はあるこそすれ、良くなることは無い。イコール、別に良く思われる必要もないということだ。


「そもそも、モテてたのにそんな渾名だったんですか?」
「モテた記憶は私には一切ないよ。寧ろ逆」
「まあねー、名前はねえ、結構やっかみも酷かったし」


今では既に過去の話である。由美も美和子もそう捉え、過剰に悲観にせず寧ろ由美は最早ネタのように話す。
トラウマと言うほどでもないが、かといってお花畑のような良い記憶ばかりとは確実に言えない記憶しかない。


「ねえねえ、今名前さんのことトップって言ってたよね?警察学校のトップって首席のこと?」


餓鬼がオレンジジュースを両手で抱えながら小首を傾げた。可愛い声で猫を被っている。


「違うよ。トップでも首席でもない」
「何言ってるのよ。そのようなもんじゃない」
「全然違うでしょうが」
「トップは合ってるわよ。私たちの代の総合成績トップ3。座学、女性の中だと断トツ1位で卒業したの」


美和子の声を聞きながら苦々しげに珈琲を飲む。居心地が悪い。


「めちゃくちゃ優秀じゃないですか!」
「そうなのよ。話すとほんと阿呆なんだけど頭は無駄にいいのよねー。あとは術科さえあれば首席だったのではとまことしやかに噂された」「デマを流さないの」
「術科ってなんですか?」


園子ちゃんの質問に、何故か静かに聞いていた店員が答える。


「警察官に必要とされる、逮捕術、拳銃操法、武道、体育、部隊など……。所謂実技教科のことですよ」
「安室さん詳しいー!」
「職業柄、警察にはご縁があるので」


水が流れるように嘘を吐く姿にいっそ清々しささえ覚える。
そりゃ詳しいに決まっている。実際に警察学校卒業、恐らく上司のことだから私よりも成績優秀者に決まっている。ご縁があるどころか、それが本業だ。
餓鬼と一緒に白けた笑い声を出していた。多分誰もそれに気づいていないだろう。


「名前は術科がねえ」
「いやいや私は拳銃操法とか部隊、体育は人並みよ」
「本当見事に体術だけ散々だったわよね」


美和子が苦笑いをして私の方を見る。


「体術って」
「被疑者確保の時の素手での攻防が特にね。他が優秀故になんであんなに出来なかったのか不思議だったわ」
「だからギリギリを狙ってすり抜けてたじゃない」
「あれはギリギリアウトよ」


憮然と反論すればすぐに返される。


「力技がからきしでね。でも頭は回る分、時には卑怯にも見える手を使ってすり抜けてたのよ」
「美和子までそんなこというの」
「だって、事実名前がそんな手を使ってなかったら多少向かい風は弱まってたと思うわよ」
「……確かに若気の至りもあるけれど。でも現実問題逮捕術を使う時に、なりふり構ってられないと思うわ。相手はスポーツマンシップを持って挑んでくるわけじゃないんだから。あれくらいで卑怯と言われても、それをあんたはガイシャの前で言えるの?って思う。それに相手も意地悪い奴しかいなかったわよ。そんな相手に花を持たせる義理はないわ」
「確かにわざと負けろとも言わなかったけど」


珈琲を口に含む。
その横で、顎に手をやって無駄に真顔な店員が口を開いた。


「なるほど。だから余計にだったんですね」
「何がなるほどなんですか?」


梓さんの声が素直で可愛い。


「今までの話で、名前さんが少なくとも一部の人間から妬まれていたことは分かります。女性、優秀であるが故、と言ってしまえばそれまでですが、皆さんの口調から特に男性から妬まれていたようなので少し気になったんです。鼻持ちならない人間であれば、男女問わずやっかみを受けるのが普通ですからね」


何故か滔々と語り始め、皆も熱心に聞き始めた。途中軽い悪口が自然に入っていないか?


「確かに」
「ですが、同性からは慕われていたようですし、弱点があったら話は違います。全員とは言いませんが、悲しいことに中には男尊女卑の思想が染み付いている男もいるでしょう。ただでさえ本来の力の格差が開きやすい体術が弱点だとしたら、優秀だが、女性である彼女を、ここぞとばかりに力でねじ伏せようとする人間が表れても不思議ではありません。しかしそれを姑息な手ですり抜けられたら、余計に鬱憤は溜まる一方でしょうね。だからこそ余計に向かい風を受けたのでは、と」
「ほんとあなた凄いわね。当たってるわ」
「さすが探偵ね。でも、それだけじゃないわよ」


由美が少しだけ意地悪い顔をした。もうここまできたら本当に洗いざらい状態である。


「もういいんじゃない」
「ここまで来たら変わらないわよ。安室さんも真相知りたいでしょう?」
「ええ、是非」


はあ、と薄いため息をついた私に反して、由美が少しだけ息を吸った。


「こんなこと、子供の前でいうと夢を壊しそうだけど、昔のことと思って聞いて頂戴。今は大分改革されたし、時代は変化しているから。
事実、名前は色々と言われていたわ。私たちの時は今よりもまだ女の警察官は少ないし、偏見も一部の人間には残っていたの。ただでさえ、警察官になる人間は野心や情熱を持って目指している人も多いから、座学は常にトップ、しかも女性、というだけで目の上の瘤だったんでしょうね。
流石に大人だからあからさまに嫌がらせをするようなことは無かったんだけど、私たちの担当の先生が最悪だったの。男尊女卑の塊みたいな人間だったわ。少しでも女が男より抜きん出ようものなら、ねちねち皮肉を言われたし目をつけられて罰が増えたりした。今思えば教育者として言語道断ね。それでどんどん萎縮していく私たちを、真っ向から的になったのが名前だったの。何を言われても飄々としている名前に益々嫌気がさしたんでしょうね、遂には生徒にまで焚き付け始めた。それで一部の人間が手を出すようになったのよ」
「そんな、酷い」
「こちらが掛け合っても上が諸悪の根源だから状況は悪くなる一方でしょう。下手に手を出して悪化させる訳にもいかないし、名前も大事にしたくないからって言い張るしで……」


美和子が当時を思い出すように、私に目をやる。
私はずるずると珈琲を無意味にかき混ぜる。辛気臭い空気は昔から苦手だ。


「って言っても、私はそんな傷ついた訳でもないし、一部以外は無害だったから言うほど惨めな生活してたわけじゃないよ」
「あんたが私たちに飛び火しないようにしてたのは皆知ってたわよ」
「恥ずかしいからやめて、まじで」


もう全て終わったことである。
上司の顔をわざわざ見る気もしない。


「私も好き勝手してたしどっこいどっこいよ」
「だからって一方的に嫌がらせを受けるのは違いますよ」


蘭ちゃんが心配そうにそう言う。圧倒的な光の発言で私は少し眩しくなる。


「蘭ちゃんは天女だね」
「今そんな話じゃないですよ!」


少し怒った顔しているのも可愛い。可愛い子はなにしていても可愛い。


「いけ好かない人間ほどその鼻へし折ってたからいいの。すばしっこく動く忌々しい猿、ってことで私は猿って言われてたのよ」
「それだけじゃないわよ」
「え、それだけじゃないの」
「バナナブーム来てたでしょ」
「バナナ?」


目を瞬いて、梓さんが鸚鵡返す。


「ハマったらそれをずっと食べ続ける習性があって、当時ことある事にバナナ食べてたのよ。バナナ嫌いな同期からわざわざ貰ったり」
「そういえば、名前が寝てる時にバナナ盛って写真撮らなかったかしら」
「撮った!」


由美が大声を出す。


「え、なにそれ私知らない」
「まだ私持ってると思う」
「いや探さなくていいから!」


手を伸ばすがその手が由美に届くことは無い。ものの数秒で見つけ出し明るい声を上げる。携帯を奪おうとしてもあっさりと跳ね除けられ、いつの間にか蘭ちゃんたちの方へ向けられる。それを見た、女子高生二人は、最初きょとんと目を丸くさせたが、すぐに笑いを堪えきれないように吹き出した。


「これは笑っちゃうわ」
「ごめんなさい、名前さん。これは、ちょっと」


気づけば餓鬼も器用に体を伸ばしていてそれを見た途端肩を震わせて笑っている。由美も美和子も思い出したように笑っているしなんなんだこれ。


「何皆笑ってるの」


じっとりと言っても効果は薄く、やっと由美がその写真を梓さんと私の方へ向けてくれた。食堂の机で寝落ちている私の頭の上に、器用にバナナが積まれている。短い髪のせいで間抜けな寝顔もばっちり写っているし、捧げもののように顔の周りにもバナナが並べられている。よくここまで集めたな。
あまりの光景に、何か一言言ってやろうと口を開いた途端、後ろで堪えきれないように吹き出す音が聞こえた。その後すぐに耳慣れない笑い声がし始める。


「っ、ははっははは、これは、ほんと、バナナっ」


皆が驚いてその声の主を凝視していた。私も思わず振り返ってまじまじとその人物を見つめる。


「安室さんが、爆笑してる……」


梓さんがそう呟いているのをきき、安室透としてもこのような笑い方は珍しいのだと知る。私だって知らない。私の前では、基本的に無表情か疲労顔か顰め面か嫌味な笑い方がデフォルトだけれども。
愛想笑いでもなく、行儀が良い笑みでもなく、心の底から面白いようで素直に笑っている。
女子高生たちは、最初は驚いていたがすぐにレアだと色めきたっていた。


「ははっ、まじでバナナブームとか、猿……っ」


泣きそうなくらいくすくすと笑いが止まらない目の前の上司に流石にひくりと口角が痙攣する。


「……あの、流石に笑いすぎじゃありませんかね」
「いや、すみません」


そう息も絶え絶えに言うが、笑いは止んでいない。この野郎ここぞとばかりに馬鹿にしすぎだろ。
思わず上司の足の脛を蹴ったが、びくともせず痛がる様子も見せない。怖い。


「他にも写真発見したんだけど、見ます?」


由美がそんなことを言い出す。完璧悪ふざけである。


「ちょっと、」
「はい。是非!」


そんなところで爽やかな声を発揮しなくていいんだよ。
同期と上司が嫌なところで馬が合うと発見した。発見したくなかった。


20180612
title by Rachel