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頬に違和感を感じて、眉間にしわを寄せた。


「おい、いつまで寝ている気だ。起きろ」


こつん、と今度は頭に違和感。何か軽いものが当てられているらしい。ゆっくりと目を開ければソファに寝転がった私の存在に気づく。体を起こせば、少し離れたところにある机から、家主がぐしゃぐしゃに丸めた紙を器用に私に当てていた。ぱちぱちと目を瞬かせればもう一つ結構なスピードで私の方に飛んでくる。それを間一髪で避ければ、「それくらい避けられて当然だろう」という顔をされた。


「私にゴミあてる時間があるなんて随分お暇なんですね」
「人の家でぐーすか寝てられるやつに言われたくないけれどね」


にっこりと笑って私を見た。それに私も笑顔で返す。珍しく時間が合致したらしい二ヶ月ぶりに対面する私の上司は相変わらず嫌な奴だ。


「それはすみませんでした。ここの家主が随分と乱暴に家を汚くするものですから少し疲れてしまって」
「お前の体力不足が問題だろ」
「……簡易食料ばかり食べていると体壊しますよ」


私はソファから立ち上がり携帯を取り出す。事務机の上には黒いノートパソコンが置かれており、彼が仕事をしていたことが窺えた。時間を確認して、自分が長時間寝ていたことを知る。パスコードを入力して携帯を起動させた。


「お前が俺の心配をするとは、明日は吹雪だな」
「あーーー」
「なんだ」


とっくにパソコンの方に向き直った上司は、興味なさげに吐き捨てた。


「いや、なんでもないです」
「そういえばしつこく携帯が鳴っていたが起きないから全て切ったぞ」
「人の携帯勝手に触らないでくださいよ!」
「うるさいから仕方ないだろ。寧ろこっちが害受けてる」


素早く指を動かしながらメールと電話の量をチェックする。ああ、面倒なことになったと頭を抱えたくなった。今日の夜は、断りきれなかった合コンが入っていた。気乗りはしなかったが、誘われた相手が相手であったため、跳ね除ければ後が面倒だと踏み、了承したものの結局私は寝てしまい、今に至る。何件もの連絡がそれを物語る。


「腹が空いた。飯」
「それどころじゃないです今」
「合コンだったんだろう。馬鹿馬鹿しい」
「な、んで、知って」
「誰も電話に出なかったとは言ってないだろう?」


にやりとわざわざこちらを見て口角を上げた。こういう上司だった、そういえば。


「……ほんと嫌な先輩ですね」
「何も言わなくても勝手にあっちが誤解してくれたよ。彼氏がいるならちゃんと言えと怒られたが」
「どこが彼氏ですか。どこが」


こんな奴が彼氏だなんて、今度こそ吐く。


「俺だってお前が恋人など、地獄だね」


私の心を読んだようにそう言った。電話をかけ直して謝ろうと思ったが、発覚した現状ではなかなか離してもらえないだろうと予測できる。私は携帯を放り出して、キッチンに向かった。今日買ってきた食材ですでにある程度作ってある。一緒に作ったストックも1週間ほどは持つはずだ。野菜と鶏肉がふんだんに入ったスープリゾットを温めながら、明日の予定を練った。簡易食品で分かるように、あの人は自身の食事を生命機能の維持としか捉えていない。とにかく時間をとられることが嫌いらしい。だから、定期的に作る固形物も、食べやすいものが大半だ。面倒なものは極力避ける。それでいて、栄養が手っ取り早く取れるもの。いちいち注文が多い上司だ。味を確かめ、器に盛る。
椅子が二つの簡素なテーブルに、素っ気なく置き、買ってきた緑茶のペットボトルも置いた。それが一気に陳腐な風景へと落とす。分厚い書類を持ったまま正面に座った。無言で私も座る。二人分のリゾットだけが暖かい。歪なまま、食べ始める。


「湯川の件ですが上手くいったようです」
「そうか。引き続きそれは対処してくれ。あとこの報告書だが、俺達の管轄じゃない。断れ」
「上からの直々の命令です」
「お前がなんとかしろ」
「はいはい分かりましたよ」


トマトとズッキーニがごろりと奥歯で噛み砕かれた。
嫌悪感を隠すこともなく相槌を打つ。
この人が全てをかけて臨んでいる潜入捜査の報告書を受け取った。食べながらそれをざっと捲っていく。その上で、そこには書かれていない補足情報を延々と口頭で言っていく。それは状況を見て後日私が書式化する。いつもそうだ。


「水無怜奈の件はすでに送った通りです。これを読んだところ上手く戻ったように見受けられますが、実際何者だと」
「おそらくノックだろう」
「……他から上がってきている情報とかけあわせるとCIAかそこらじゃないですか?FBIと取引をしたのは確かでしょう」
「その線が一番濃厚だろうな。あいつのことだ。ただでは返さない」


あいつとは誰か、など、声を聞けばすぐに分かる。
楠田陸道のカルテのコピーが途中に挟まれていた。


「で、私はこの人を調べるだけで今回はいいんですか」
「赤井が昨日死んだ」
「……あのFBIがですか?」


目の前にいる上司が引くくらいに執着しているFBIの切れ者だったはずだ。昔、組織に潜入捜査をしていてバレたものの、生きて帰り代わりに引き入れた組織の女が殺されたと聞いた。


「戻ってきて初めての水無怜奈の仕事さ」
「なるほど」

信用を取り戻すために、誠意を見せろと、そういう魂胆だったのだろう。それで呼び出し撃ち殺したそうだが、そんな簡単に殺せるものだろうか。組織を潰す一番近い人間の1人と言われていた人物であるというのに。


「……まあ、人間呆気なく死にますからね」
「俺は、まだ死んだとは信じていない」
「はあ」
「あいつがみすみすと死ぬわけがない」
「………はあ」


間の抜けた返事をしても、上司は何も気づかないらしい。赤井に関することだと特に周りが見えなくなる。結局、認めているのか認めていないのか、激しく怒りながらスプーンを握りしめていた。


「赤井に関しては俺が調べる」
「はあ」


勝手にしてください、と言外に込めた。
組織の報告書の上にばさりと新しい書類が置かれた。ちらりと目をやると、それは見慣れない書式の書類だった。どうやらなにかの物件の書類らしい。


「なんですか、これ」
「引っ越すことにしたから、手続きしておいてくれ」


場所は決めてあるからと、あとはさっさとここを引き払う後始末と家具などの移動、近隣に怪しまれない程度の身の潔白など、事細かな内容が書いてあった。
なんだこれ、めんどくさい。


「自分でやってくださいよこれくらい!」
「俺は何かと忙しい。それに比べてお前は合コンいくほどの暇があるんだろう?」
「それも仕事を潤滑に進めるための一環です!私が今どこにいるかお忘れでは?」


政府から通達で、他部への研修期間が設けられた。どうやら機関ごとの仕事把握や相互理解のために設けられたらしいが、そもそもなぜ公安にそれが回ってきたのか意味がわからない。公安は機密保持の規律が特に厳しいから交換研修ではなく、公安から警視庁への一方通行的研修。ただの茶番だ。どこもそんなことわかっているから、押し付け合いが始まる。それで、なんだかんだその中では若いチームだから私たちにその厄介ごとが回ってきた。上は降谷に行かせたかったらしいが、生憎彼は潜入捜査中。そこでその次、となったら私に降りてきたのだ。ちなみに、他の私の部下も三人ほど他に飛ばされている。全てにおいて、こいつのせい。


「誰のせいで面倒な茶番に付き合わされてると思ってるんですか」


相互理解と言ったって、キャリア組と違いノンキャリな私たちは元はそっちの出なのだから、今更理解することなどない。だからこそ、わざわざ経験したくない上からたらい回しされてきたのもあるが。


「さあ。苗字が暇だからだろう?」
「本当うざったい」
「かわいそうに、俺の下だからな」
「何かあったらすぐさま引きずり降ろしてやるんだから」
「勝手に吠えていればいいさ」


柔らかい押し麦はすべてなくなった。どこまでいっても、私は部下でこいつは上司。上下関係は絶対である。私の定期的な上司の家事を担当するのも、仕事のうちと言われてしまえば納得せざるを得ない。実際、潜入捜査と公安の仕事をこなし、諜報として動くために伝達は必要不可欠で、かといって大人数に情報を分散させるのは愚かな行為でしかない。だからバディ制度をとっている。二人一組になり、片方の諜報に対し、片方はそのサポートに徹する。その相手にだけは報告をきちんとする。そして上に報告する。公安の仕事は秘密裏なため、チーム外のことは同じ部署だといえども殆ど耳に入ることはない。チームでの指揮官には一応チーム内の情報がいくが、下手をしたらチーム内のことも詳細は知ることが出来ない。それだけ極秘事項をそれぞれが少数であたっているからだ。そして、その二人一組が私とこいつという訳である。
今回は上司が中でも格別に危険な任務にあたっているため、その分私は指揮官代理とその雑務にあたっている。他のメンバーもある程度は知っているが、一番情報を所持しているのはまず私と、さらに上の統轄している人間だけである。もし、その諜報員が死んでも、速やかに後処理を行い、次の策に繋げられるようにするために私がいる。そして万が一、私が死んだ場合は、次の捜査官に情報が行き、引き継げるようにしてある。どちらかが死んだら、確実に一方は生き残らなければならない。一緒に死ぬことは許されない。こいつと共倒れなんて、死んでも嫌だが。


「何する気か知りませんけど、こっちに迷惑はかけないでくださいね」
「俺を誰だと思ってるんだ」
「そういう態度が気に食わないんですよ」


飲み干したグラスが音を立てた。

20150519
title by Rachel