×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



やってしまった。

広い芝生が敷き詰められている公園のベンチに一人座りながら、頭を抱えている。握りしめた保証書と領収書を見て改めてやっちまったと頭を抱える。横に置いたそこそこ大きな紙袋。シックな茶色い光沢のある高そうなショッピングバックに刻印されているロゴは、私の大好きなブランドのひとつ。撫でたいくらいに嬉しいが、それと同じくらい、現実が領収書で数字として突きつけられる。組んだ足をもう一方にに変える。
遠くの方でどこかの子供たちがサッカーをしていた。
楽しそうだな。
買い物というものは、等価交換である。対価に見合った料金を払う。それは正当なビジネスで、対価を得ているのだから別に後悔することはないはずだ。なのに今の私は心から喜べない。所謂ハイになっていた。だが手に入れてしまった以上、返品するのも屈辱的だ。ああ、来月のカード決済。生きて。


「こんなとこで頭抱えてどうしたの」


突然の声に頭が跳ねる。気づいたら目の前にあの生意気な餓鬼と茶髪の女の子が立っているではないか。
おい気配なかったぞ。


「え、なんで君が」
「それはこっちの台詞だよ」


そう生意気な餓鬼が私のことを白んだ目で見ている。
ぱちん、と手に何かが当たったと思ったらあっさりと隣の女の子に保証書と領収書が挟まったカードがとられていた。


「あ、ちょっと」
「フサエブランドじゃない」
「フサエ?」


小さな細い手がなんなくカードを開く。それを横から顔を覗き込むようにして餓鬼が見ようとしていた。


「駄目っ」


ばっ、と思わず反射的にカードを取り上げる。目の前で私を見上げる二人の子どもの眼は呆れている。


「……そんな目で見ないで」
「大方、衝動で大きな買い物をして悔恨に苛まれてるってとこかしら」
「ははははは」


冷めた声で笑うな。わかってる。わかっているのだ。いくら時々危険手当がついて、ほぼ休みなんてない残業どころかどっちが残業か?というくらいひっくり返った長時間労働。全時間出ている訳はないが、それでも人並み以上には貰っている。それだけもらっても割に合わないと思うくらいには働いている。休みがなければ使う機会も少なくなる。それでもだ。今回はやりすぎた。


「わかってる。大きすぎる買い物をしたって分かってるのよ……」
「うっわ、遠い目」
「でもこのブランド選ぶなんて、あなた見る目あるわね」


その言葉で目が生き返る。正面の小さな女の子がフサエの紙袋を眺めていた。


「わっかる?!そうフサエ最高に綺麗で可愛いのよ!普段使いから冠婚葬祭もいけるし、種類も豊富だし、何より実用性も伴う見た目の可愛さ!見た目がいくら良くたって使いづらければ元も子もないんだよ。そう、フサエは最高な女なの……」
「そうね」
「めちゃくちゃ分かるわねお嬢さん!」


きらきらした目で女の子を見た。その様子を、苦笑いしている餓鬼はスルーする。
色素の薄い猫っ毛が、風に吹かれてそよんだ。
え、めっちゃ美少女。


「貴女とても綺麗だね……」


将来が楽しみすぎる美人さんである。え、何この糞餓鬼こんな可愛い子と友達なの。ねえ。私にも紹介して。
心の声が駄々漏れだったのか、渋々というような感じで少年が紹介してくれた。
灰原哀と言うらしい。小学校一年生の女の子。どこか海外の血でも入っているのか、色素の薄い髪と綺麗な薄い瞳。可愛い。


「彼の知り合いということは、そういうことかしら」
「彼の知り合いって?」
「江戸川くんの知り合い、ということは何か抱えている人ばっかりよ」
「ああ、名前さんは、善い人だよ」
「良い鴨の間違いでしょ」
「自覚あったの」
「オイコラ」
「どうでも良いけど、この人には気をつけなさいね。人を容赦なくこき使うから」
「あんた、こんな美人さんもこき使ってるの」
「た、頼りにしてるだけだよ」
「どうだか」


二人の仲はどうやら相方のような相棒のような感じだった。


「振り回される方の気持ちも考えなさいよ」
「そうだそうだ!」
「、名前さんは違うだろ!」
「ど!こ!が!」


思わず出た声の大きさに、餓鬼は目を瞬いた。


「やれ書類だ、やれ代理しろだ、やれ責任はお前がとれだ、と思ったら全部預けていいだ……、どれだけ無理難題を言いつければ気が済むんだあの鬼上司……」


地を這うような声が出て、少し彼らが後ずさりしたことに私は気づいていなかった。
言葉に出したら色々と鬱憤が噴出する。無意識に止めていた蓋が溢れかえりそうになった。


「あなたも苦労してるのね」
「わかってくれる、お嬢さん……」
「あなたとは気が合いそうだわ」


目をきらきらさせながら目の前のお嬢さんが天使に見えた。泣きそうだ。気づいたら連絡先を交換していた。嬉しい。あれ、この子どっかで、と思いつつ考えないことにした。
今日はオフ!数ヶ月ぶりのまるまるオフ!!!何もかも忘れるのだ。仕事のことも上司のことも領収書も。


「あー!コナンくんたちだけずるーい!」
「苗字刑事じゃないですかー!」
「姉ちゃん久しぶりだなー!」


遠くから走ってくる子供たちがいた。そうか、私は短期研修で一課にいたから、刑事の認識になっているのか。そういえば、少し前に事件現場で会ったな。その時に毛利蘭や鈴木園子もいた気がする。子供の記憶力は怖い。
顔を引き攣らせる。


「久しぶりだね、皆」
「哀ちゃんたちだけずるーい!」


途端に賑やかになる。
私がいなくてもいいんではなかろうか、というくらいに目の前で話が勝手に繰り広げられているのを、ぼんやりと見ていた。


「ね、苗字刑事も行こーよ!」
「そうだな!!」
「うんうん、行こうか、ん?」


手を引っ張られ、ベンチから立ち上がる。容赦なくぐんぐんと手を引っ張られ、公園から出ようとする。私のフサエちょっと待って。今日は高めのヒールだから少し危なっかしいのだ。


「って、どこ行くの?」
「名前さんいいの」
「え?」


どこか諦めた顔をして私の少し後ろに餓鬼と女の子がいた。


「あいつらが連れていこうとしてる場所、ポアロだぜ」
「私はパス」
「、は?はあ?無理、え、ちょっと、歩美ちゃん、止まって、あそこは駄目!」


私の声なんて全然届いてないし、元太お前は力が加減がないぞ。ぐんぐん引っ張られる。
ちょっとまじで、は?何故ポアロ?そんな話してた?もし上司がいたらどうしよう。絶対怒られる。私も好きで会いたくない。折角の休日に何故あの鬼の顔を拝まなければならん。
子供の声に混じって、やいやい叫んでいたら突然子どもたちが止まる。そして後ろを振り返って私を見た。


「名前お姉ちゃん、私のこと嫌い……?哀ちゃんいないから嫌なの……?」


きゅるんきゅるん。2次元でしか見たことない大きな瞳でしゅん、とした顔で見上げられたら私は何も言えなかった。


「……歩美ちゃんのこと嫌いな訳ないじゃない。行こう、どこでも行こう!地獄でもどこでも行ってやるわよ!」
「地獄ってどこのことですか?」


首を傾げている光彦くんはスルーする。
その言葉を聞いた瞬間、歩美ちゃんの顔は先程の顔が嘘のように満面の笑みになる。


「よし、行こー!」


将来小悪魔になるタイプだな。

完璧引きずられている形で道を歩く。コールハーンのハイハールはどんなふうに歩こうがぴったりとついてきてくれる。どっと疲れが出ている顔を隠そうとしないまま、ポアロへの道を歩いていく。皆楽しみにしていて私の顔など見ていない。
今日上司がいませんように。本当にいませんように。シフト入っていませんように。
人生で一番レベルで願っている。
流石にシフトまではは把握していない。あのにこやかな上司の顔なんてゲテモノだし、多分関わり持たないに越したことないし、相手は働いているのに私はオフの身というのも気まずすぎる。さっと行ってさっと帰ろう。そうしよう。聞くと早退や欠勤も多いらしいし、会わないだろう。
そういえばポアロに入るのは初めてだな。


「ついたよー!」


ご機嫌な皆がガラスのドアを開け、ベルが鳴る。いらっしゃいませ、という女性の声がして、途端に希望が満ちる。
本当に今日バイトじゃありませんように。
祈りながら入る私は内心汗だらだらだ。胃が痛い。迎えに出てくれたのは案の定かわいい長髪の女の人。

やった、


「いらっしゃいませ、」


奥から気配なく、にょき、と茶髪の男の頭。


「こ、こんにちは」


声を振り絞っただけ大目に見てほしい。顔は引き攣って頬が痛い。
ジーザス。
私の顔を見た男の頬が、ぴきりとしたのが見えた。私には見えた。にっこりと微笑む完璧な表情が私には氷点下に感じて悪寒が走る。


「安室さんこんにちはー!」
「こんにちは、この女の人はどうしたの?」
「公園で偶然あったの!」
「前に事件現場でお世話になった刑事さんです!」
「へえ、そうなんだ」


どこでゴミを拾ってきた、的な口調に聞こえた、私には。
素直に答える子供たちが痛い。


「あ、蘭お姉さんに園子お姉さん!」
「ガキンチョ共じゃない」
「刑事って……、え」


上司で隠れていたが、声に嫌な予感がした。
これは、顔をあげてはいけない。


「佐藤刑事もミニパトの姉ちゃんもいっぞ!」
「あ、私やっぱり用事が」


これは駄目、最悪。何が起こったらこうなるの。
後ろを向き外に駆け出そうとしたその瞬間。


「なーに、逃げようとしてるのかしら??ん???」
「……これはこれは、麗しき由美様、お久しぶりです、」


一瞬で私の背後に移動し肩にしっかり手を置かれる。ちらりと見えた顔が怖い。その隙間の遠くには、苦笑いして机に座る美和子がいた。


「あんた、連絡してもいつもいつも仕事仕事っていってるくせに、子供たちと遊ぶ余裕はあるんだー」
「いや、たまたま、偶然」
「ここで会ったのも何かの縁よ。大人しく捕まりなさい」


にっこり笑う由美に勝てないことは昔からよく知っている。

ここはどこかの魔物の洞窟ですか。


20180506
title by Rachel