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「名前さん、元気そうだね」


開口一番、私の病室に入ってきた糞餓鬼は臆面も無く言った。その後から背が高い男が入ってくる。


「どこをどう見たら元気に見えるのよ」


看護師に採血をされながら、顔を歪めた。大きく頬に貼られた絆創膏が引き攣って痛い。


「元気じゃん」
「君の目は節穴か」


勝手に入ってきた2人はもう何も隠す気がないのだろうか。

気づけば病室で、医者と看護師と部下に仁王立ちに覗き込まれ、まず初めに長々と説教をされた。それの方が体調が悪くなると思った。
無茶をしたお陰で、1ヶ月は強制軟禁状態だということだった。結構上から本格的な文書が風見から渡され、これはリアルなやつだ、と他人事のように感じた。細山は泣くやら怒るやらでなんともみっともない状態を晒したが、泣き止まそうとすると余計に私のせいでと恨み言を口にして散々だった。
頭の傷はさらに酷くなり、頬も掠って痛々しい。両足、背中ともに打撲が酷く、切り傷も多い。そして一番酷かったのが掌だった。様々なものを躊躇なく握ったために、裂傷で無残な手になっていた。ぐるぐる巻きにされた両手は、まともに物すら持てない。


「はい、これお見舞いのお菓子」
「……ありがとう」


淡々と棚に置かれる。というかいつの間に私は下の名前で呼ばれているのだ。


「僕、この花生けてくるね」


棚に置いてあった空っぽの花瓶を、彼は両手で抱え、背が高い男が持っていた花を腕に挟んで外に出ていった。体良く二人きりにされる。
薄い色素の髪と、碧眼を隠した眼鏡、背の高さくらいしか共通点がなく、淡く讃えた笑みが気持ち悪い。


「流石にあなたも大人しくしているようですね」


何事も無かったように、彼は近くの丸椅子に座り私を見つめる。苦虫を噛み潰した。


「よく来ましたね」


彼の度胸には少し引く。外には見張りの公安が立っているし、そもそもここは警察病院だ。私はただの入院なので、完璧に隔離されている訳では無いが、個室で見張りが24時間体制でついている時点で殆ど軟禁である。


「私は一介の大学院生ですから」


口調を崩さない彼に気が狂う。こういうときだけ、皮の面を厚くする。


「で、何しに来たんですか」
「ただの見舞いですよ。健闘したあなたに労いでも、と」


私はため息をついて背もたれに体を預ける。
情報など、漏らすはずはないと知っていた。


「私から、何か盗もうったって無理ですよ。余程見張りから聞き出す方が得」
「ええ、そのようですね。私たちもしっかり釘を刺されました」


薄く息を吐き出した。
今回、私が部下すらも騙し無理やり脱走したことで、見張りをつけた上での軟禁状態に加え、情報すら一切私に教えないという箝口令が敷かれた。状況を聞いて飛び出した私が悪い、自業自得だ。後始末はどう行っているのか、意識を失った後、何が起こったのか私は一切知らない。喋らないことをいいことに、ぺらぺらと来る部下や看護師にまでぶつくさと愚痴を言い煽ってみたが、徹底して誰も欠片すら漏らさない。まあ、公安が簡単に漏らされても困るが。


「貴方こそ元気そうで何よりです。生きていたんですね。私には何も知らされていないもので」


わかり易くにっこりと笑ってみせる。また頬のガーゼのことを忘れていた。退化した表情筋はきっとただ歪んだ顔を作っていることだろう。


「ええまあ。自分の力は把握していますから」


さらりと言ってのける。流石FBIのエースというところか。自己認識の正確さと、能力の高さが綯い交ぜになる。
凡人との差。


「左様で」
「貴女こそ、きちんと自覚した方がいい」


それは、言外に私の能力の低さを指摘しているのか。当たり前のように発された言葉に返す言葉もなく、私は肯定する他ない。


「……知ってますよ」


私の逸らした目を、目敏く彼は眼鏡越しに見つめ続けている。変装をしていたとしても、今の視線は射抜くようだ。全てが見透かされるようで居心地が悪い。背骨が軋む。


「いや、分かってないでしょう」
「私の能力の問題ということは分かっていますよ」


私の判断能力、最小限で留める能力、目標を、生かす能力、何もかもが足りなかった。だからこそ、限界をぶち壊していかなければならないのだ。


「なにか勘違いをなさっているようだ」
「……何のことです」


彼の細い瞳は、言われなければ、絶対に分からないだろう。よく、上司はこの人に辿り着いたものだ。
貼り付けたような表情で、彼は明朗に言葉を紡ぐ。


「人は、傷つく人間を黙って見ていられるものではない」


それが仲間なら尚更、と静かな言葉で言った。


「私たちの仕事は」
「そうだとしても、理屈と感情は相容れないものですよ。もう少し、周囲の感情を汲み取って見るのも良いのでは」


私は開いた口を閉じ、沈黙する。
動かない指。上がらない体。立つことすら、やっとな私の足。
他人に頼って生かされている、今の私。


「……貴方に、言われたくないですけどね」


現在進行形であるはずの彼はただ貼り付けた笑みをこぼした。
タイミングを見計らったように、花瓶をそっと持った餓鬼がドアから入ってくる。見覚えのないスーツを着た人間が、ドアを開けている。


「お話終わった?」
「ええ」


私を介さずに、目の前で会話がされる。


「君は何しに来たの」
「お見舞いだよ」
「それだけな訳ないでしょ」
「本当にそれだけだよ」


花瓶を隣の男に渡し、机に置かれる。爽やかな匂いが鼻を擽る。ちょこん、と男の隣に丸椅子を持ってきて子どもも座った。


「名前さん、僕に言うより自分が無茶しすぎでしょ」
「もう説教は十分受けたー」


子供は呆れたように溜息をついた。前からだが、こいつは本当に子供か。頭の回転が大人以上で、くそ生意気に対等に口をきける。


「今度こそきちんと治してね、心配したんだから」
「心配」
「そりゃするでしょ」


足をぶらぶらさせて私の方を見る。


「そういうもの、?」
「そういうものだよ」


空っぽな花瓶が、重い。置かれたお菓子の箱。白い光が差し込むカーテン。担当の看護師が窓を開けていった。


「、君こそ怪我しなかったの?」
「若いから治りが早いんだ」
「喧嘩売ってるのかな」
「事実だもん」


そんな時だけ笑ってあざとく首を傾げる。今更猫を被っても遅いんだぞ。


「今日はお見舞いと御礼を言いに来たんだ」
「御礼?」
「あの時、僕を守ってくれたでしょう」


あの時、とは、あの観覧車のとき、のこと全てを言っているのか。記憶が曖昧で、特別なことをしたのかと脳内はふわふわ動いている。


「守ってくれてありがとう」


目の前で、逸らさずにはっきりと口をする子どもを見つめた。瞳は変わらずに澄んでいた。


「……子供は大人に守られるもんだよ」
「名前さん、意外と優しいよね」
「意外とってなんだ、意外とって」
「そのままの意味ー」


また笑った。


「今度事務所に遊びにきてよ」
「嫌行かないし、なんで餓鬼に誘われてるの私」
「あ、これ名前さんのスマホ?連絡先教えて?」
「いや教えたくない、ってちょっと!人が手を使えないからって勝手に触るな!」


腕をあげても真面に動きやしない。自分のスマホと私のスマホを両手にもち、ぽんぽんとなにかをしたらピコン、と私のパスワードを解除した。


「え、なんであっさり解除してるの、えっ」
「前ちょっとね」
「何それ!前って何!そんなに会ってないでしょ」
「プライベート用だからって、パス簡単なのにしてたら危ないよ」
「お前が危ない筆頭だよ」


あっと言う間に終わらせて私の携帯を戻す。それを呆然と見ていた。


「僕のも登録しておいてあげたから」
「いらんわ」


会話が通じない。その様子を愉快そうに男が見ていた。気まずい。


「それでは、そろそろお暇しますか」
「帰れ帰れ」
「きちんとお医者さんのいうこと聞くんだよ」
「うっさい」


完璧に舐められている。舐められる要素どこにあった。
立ち上がりドアに手をかけようとする二人を眺めて、思い出した。


「ねえ、」
「なに?」


子供が振り返る。窓から入る光で明るく照らされていた。


「こどもたちは、元気?」
「、元気だよ。何も知らないまま、」
「そう、良かった」


じっと見つめる子供から、何を私は見られているのだろう。自分の視界がどこも向いていないことは知っていた。大人を舐めてもらっては困るのだ。子どもは探るような目をして、すぐに諦めて目を逸らす。


「じゃあね」


赤い夕焼けが、白い部屋を染めていた。


20180415
title by Rachel