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風見を見つけたと思ったら、小さい餓鬼が一生懸命動かそうと引っ張っていた。代わって私が風見を引きずる。いくら子供から女性に変わったとしても、力はたかが知れている。くそ重いダイエットしろ、と心の中で八つ当たりしながら安全な所まで引きずり放置した。
銃弾がとびかっている。無鉄砲に発射されているのか、あらゆる場所に飛び交って予測がつかない。少し離れたところにいた餓鬼が崩れる地面に落ちかけた。
ふっと腕を振り上げて、間一髪で引きずりあげ、弾を避けて走る。


「苗字さんっ」
「子供は大人に守られてればいいの」


壁を伝いながら弾を避けるが、こんなもの堂々巡りでどうにもならない。動こうにも動けないこの大量の鉄の雨。いつか止むだろうか、いつ止むのかが問題である。抱えながら状況を読もうとした途端、無差別に発砲されていた弾が一点に集中し、波のように過ぎ去る。


「誰かが、」
「狙われてるね」
「苗字さん、」
「君とはここでお別れね。君が行きたいところは上でしょ?」
「、うん」
「上にはうちの上司もFBIもいるはずだから、」


話しながら下に子供を下ろす。私を見上げる子供の瞳は澄んでいた。
私は再びしゃがんで、餓鬼の頬を包んだ。


「いい?無茶はしないこと、ってもう今の状況が無茶だけど。生きて帰るんだよ。あの二人を盾にしてもいいから君は生きるの。そのために私たちがいるんだからね」


きょとん、とした顔で子供は私を見つめていた。少しだけ頬をつまむと、ふに、と柔らかい子供頬が横に伸びる。それに少し笑って言った。


「返事は」
「、うん」
「じゃ、私は行くから」
「苗字さんはどこに、」
「私の担当は2日前から変わってないよ」


瓦礫が崩れる。それに体を寄せるように私は諸共落ちた。








銃弾の波はすぐに移り変わる。それだけのスピードで、この崩れかけている観覧車の上を走り抜けているという証拠だった。飛び跳ねれば落ち、共に崩れると思えば手を伸ばして瓦礫に渡った。必死で繋いでいくが、足は縺れるし肩は軋む。跳ねた拍子でどこかに帽子が飛び去った。髪の毛が邪魔だ。
もっとはやく、はやく。いつの間にか足の感覚も消えた。
銀色の髪を捉えた瞬間、彼女が目の前から落ちていく。
彼女が落ちているのではない、私が転げ落ちたのだ。
デジャヴ。

暗転から目を覚ませば、どこから跳ね飛ばされたのか、観覧車から少し離れている。
どこかの地面に体が投げ出されていた。
見上げれば動いている観覧車。え、何故。どれだけ意識が飛んでいたのかは分からない。
私が必死で目標を追いかけているうちに、まさに乗っていた足場が本気で崩れようとしていたのだ。あの3人は無事だろうか。そういえば風見もどっかに置いてきたな。一瞬頭が真っ白になる。重なる輪が離れ、一つが転がっていく。先はどこ、スタジアム。明かりがついているそこは、轟音に混じって人の悲鳴が聞こえた。
転げる観覧車とスタジアムの間に突然のサッカーボールが出現する。巨大に膨らむが、おそらく間に合わない。それでも止まらない鉄の歯車を、どうしようも出来ない。
足が竦んでいた。どうすればいい。現実味がなかった。
その瞬間、後ろから引っ掻くブレーキ音。振り向くと狂った運転でブルドーザーが向かってきた。思わず目を見開く。その割れたガラス窓から見えたのは銀髪だった。
まさか、あの人が。
突っ込んでいくだろう場所は、観覧車しかない。
まさか。
私は感覚のない足を跳ねさせて、タイヤの上に足を引っ掛ける。そのまま黄色の車体に縋り付きながら窓に手を引っ掛け覗き込む。


「あんたこのまま死ぬつもり!?」
「子供たちが」


私の姿に一瞬驚いた顔をしたがすぐに戻る。歯を食いしばってハンドルを握る彼女の腹は深く刺さった棒があった。
子供たちが、まだ観覧車にいるのか。
目標が記憶喪失の2日間をどう過ごしたのかは知らない。子供たちとはなんなのか。何故、ゴンドラから逃げ出して狙われているのか。
それでも、この目の前に必死な形相で観覧車を止めようとしている人間は、恐らく何かの想いを抱いて、わざわざ飛び込もうとしている。
もう少しでぶつかり、おそらくこの車ごと、ひしゃげるだろう。
踏んで離さないアクセルを視界に入れて、私は窓から上半身を投げ入れロックを解除されていることを確認してドアを開け靴で接合部を思いっきり蹴る。外れた金具の音が溶け込んでしまう。


「何を、」
「あんたをみすみす死なす訳にはいかないのよ!」


挟まりひしゃげるその一瞬。もう時間が無かった。思いっきり彼女の腕を引っ張って、車体を蹴り上げ離れる。間に合ってくれ。
まともな受け身も取れず、私と彼女は爆発に投げ飛ばされる。力の限り引きずり出した彼女の体はそのまま手を離して飛んでいく。
潰れて消える確実な未来よりも、少しでも体が残る可能性を選んだ。
何度も投げ出された私の体は、べしゃりと蛙のように醜くコンクリートの地面に転がる。体が熱い。頭を打ったような気がする。口の中が血の味がする。
急いで体を引きずって立ち上がると、目の前の観覧車は止まっていた。歓喜と涙の叫び声がした。
思わず腰が砕けそうになった。パトカーの赤が聞こえる。私は膝を奮い立たせて彼女を探す。すぐそばに、彼女は投げ出されていた。


「ねえ、しっかりしなさい!」


近くに寄り、体を確認する。血は至る所から出ていた。一番大きな傷は未だ深く刺さっている鉄の棒。滑らかでないそれは、簡単に抜けないことを示していて、それでいて当たりどころが悪かったのか、異様な形に曲がっている。急速な速さで彼女の白い服は赤黒く染まっていった。


「……あ、あなた」
「喋らなくていい!意識があるならそれでいい!早く救急車を呼んで!」


周りに人が増えてきていた。公安の人間もいる。警察官に混じり、救急隊員が走ってくる様子が見えた。
生きてもらわねば困るのだ。生きてもらわねば、なんのために、なんのために貴方が命を救ったのか。誰が、誰があんたを救ってくれる。


「………ぁは」
「喋らないで!」


彼女は私の剣幕に、動じることもせずにただ無気力に微笑んでいた。それが恐ろしかった。


「……こどもたちは、」
「あなたのお陰で観覧車は止まった、無事よ。誰もが、生きてる」
「……そう」


やめてくれ。満足そうな顔で息を吐かないで。全てがおわるのだ。生きていなければ、何もかも。


「諦めたら許さないんだから!生きなさい!まだ間に合う!あんたはまだ、」
「……私についてくる人間なんて、大した者」


救急隊員がやっと到着し、怪我の様子を見ている。


「生きてないと、何も」
「……子供たちに、伝えないで」


救急隊員が手を動かすのをやめた。力が抜けた両腕がぶら下がる。彼女は目を閉じる。微笑んだまま、目を閉じる。
怒鳴ろうとする、触ろうとする、私を押さえつけるのは、部下。私に悲痛な声で叫ぶのも、部下。
声を出そうと、
手を振り払おうと、
拳を握って地面に叩きつけようと。


暗転。



20180415
title by Rachel