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あいつは根っからの馬鹿である。自身の状況を棚に上げてため息をついた。前からそういうやつだった。けして猪突猛進なタイプではないしどちらかというと面倒臭がりな糞餓鬼タイプ。眠そうな目をして、合理的かつ効率的。裏を返せばどれだけ楽に自分が過ごせるかしか考えてない。そういうやつ。そんな人間なくせに、自分のポテンシャルを信じきっているのか、馬鹿なのか。普通の人間なら物怖じする部分で、こいつはストッパーが外れている。今回もそのパターンだ。
状況が状況なだけに、俺は仕方なく指揮を預け逃げていた。結局ベルモットに捕まるのだけど。


「とりあえず、遊園地が鍵だ」


不本意にもFBIに助けられた形で、公衆電話で連絡を取る。最初に風見が応答する時点で、あいつの状況が分かってはいた。


「あいつの様子は」
「命に別状はないそうですが、依然意識が戻りません」


幾ら相手を捕まえなければいけない立場だとしても、自身が厄介になるのなら元も子もない。何故かあいつは生死について頓着がない気がする。


「……そうか」
「……気になると思いますが、貴方は自分の心配をしてください」
「分かっている。あいつの悪運はいかれているからな」
「現在交代で苗字の病室を見張っています。何かありましたら連絡を」
「いや、今の状況だと連絡は避けた方がいい。これが最後の連絡だと思ってくれ」


意識が戻らなくても、俺は任務を遂行しなくてはならない。
たとえ、俺が死んだとしても。


「……降谷さん、」


あいつが使い物にならない今、実質の最後の砦は風見しかいなかった。


「風見、あとは頼んだぞ」


返事をきく前に耳から離す。フラグを自分で立てておいて、俺は電話を切った。







目を瞬かせると、真っ白な天井と、誰かの頭が見えた。五月蝿いな。前にもこんな経験をしたような気がする。既視感。


「……さ、さやま?」
「目が覚めたんですね苗字さん!!良かった!!」


抱きつかんばかりに顔を崩す覗き込んでいる人間は、部下だ。瞬く間に状況を把握する。どうやら脳はしっかりしているらしい。


「……えっと、海に飛び込んで」


話す度に、声はしっかりしているものの頬が痛い。


「そうですよ!無茶しすぎですよ!!幾ら追ってたとしても一緒に海飛び込むやつがありますか!」


珍しく大きな声で切迫している部下に、他人事のように思う。海の藻屑と爆発に巻き込まれて、記憶が無い。体を把握し始めると至る所がずきずきと痛覚も復活する。
今はどれくらいだ。どれくらい私は寝ていて、今はどんな状況で。
腕に力を入れたら意外とすんなりと動いた。私の体は丈夫らしい。
ナースコールを押そうとする部下の腕を掴む。


「その前に、今いつで状況、教えて」


状況が状況だからか、部下はいつもよりも饒舌だった。


「あれから三日目の昼ですよ。一日以上先輩寝てたんですから!」


細山によると、私が追っていた組織の人間は、翌日遊園地で記憶喪失の状態で発見され保護されたらしい。そして風見が今上司の情報を確かめるべく、記憶を取り戻させるために遊園地に向かっているらしい。上司は案の定捕まりなんとか逃げおおせたものの、連絡は取るな、というお達し。状況は良いとは言えない。


「お医者さんによると、意識さえ回復すれば問題はないそうですが、頭を強打しているのと、体中の打撲も目立つそうで、骨折がないだけ奇跡だと」


道理で、体中は痛いが別に特別な痛みはない。筋肉痛のめちゃくちゃ痛いバージョン、みたいな。酸素マスクもつけられていないようだし、点滴は見たところ栄養補助液体。


「もういいですね!念のために頭は検査しないといけないそうなので、今は俺たちに任せてしっかり治してください」


今度こそナースコールを押そうとする彼の腕をちょいちょいと引っ張る。彼とは大学の後輩ということもあり、付き合いも長いが、こういうところがまだまだ優しすぎる。彼のいいところでもあるが。案の定、反射的に私のほうへ体を傾けナースコールから少しだけ手が浮く。


「今度焼肉おごるから」


そう私が言った瞬間、彼のきょとんとした表情のまま、瞼が落ちる。手刀で、首の神経を一打ち。まだまだだな。この私がそんな簡単に人のいうことを聞くわけがないだろう、後輩くんよ。そして、武闘がからきしの私がなぜここまでやってこれたのか、君は話を聞いたことがあるはずだろう。私は小手先の技術はピカイチなのだよ、ワトソンくん。脳内で勝手に繰り広げたホームズ劇場を無理やり閉じる。そもそも私はホームズという柄じゃないし、どうせならアイリーン・アドラーになりたい。
布団に倒れこんだ彼を確認し、ベッドから降りる。体中悲鳴を上げているが、入院着を捲って体中を確認。頭も触って確認。包帯が至るところに巻かれているが、大きな怪我は頭以外なさそう。腕を上にあげ振り回し、ラジオ体操もどきで屈伸する。よし、めっちゃ痛いけど、動けるのは動けるな。めっちゃ痛いけど。
引き出しの上には警察庁に置き去りにしていた私のバッグ。適当に漁って財布からカードを取り出す。免許証とかは海の底だろうなあ。申請めんどくさい。引き出しを開ければぶっ壊れた社用携帯と、萎びた公安証。仕方なくそれは放置して、私用の携帯をバッグから取り出した。うーん。壊れると嫌だな。
あ、と思いついて、そろりと起こさないように細山のスーツを剥ぎ取る。入院着を覆うように腕を通した。下半身は仕方ないが、羽織るだけでも多少ましだろう。ポケットをがさごそすれば、社用の携帯と無線。ラッキー。さすがに彼の財布と公安証はズボンのポケットにさしておいた。

よし、いざいかん。
身体に気合いを入れて、窓から伝って飛び降りた。


20180404
title by Rachel