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ああもう、なんでこんなことしてんだろう、あたし。

そう心の中でも外でも吐き捨てたのは何万回目だ。


「ほんとあのくそ上司はもう!!なんで1ヶ月でこんなにも汚くなるのよ!」


ぽいぽいと食い散らかったカロリーメイトとウィダーインゼリーの屑をゴミ袋に捨てていく。窓を開け放し空気の入れ替えをしているものの、すでに梅雨に入りつつあるこの時期は湿った空気しか入ってこなくて嫌気がさす。
ゴミ袋をしばって、次は洗濯かごをひっつかみ、また散らばった服を無造作に突っ込んでいく。もう下着が落ちていたってへっちゃらだ。踏んだ靴下に気づいて拾った。
普通はアフターファイブを楽しむはずのこの時間、私は無駄な家事をする。部屋に入って最初にすることは盗聴器のチェックだ。どうせあの人のことだから、私が見つけられるようなものを見逃すはずはないが、念には念を入れろ、という命令。洗濯機が回る音を聞きながら、一段落したところで勝手にデスクの椅子に座りコードを自分のノートパソコンと繋げた。


「もしもしー、風見?」


残業を持ち帰り、メールボックスをざっと見て用件を済ませていく。メールに返信したり、ファイルを作成したり、人に仕事を押し付けるために電話をすることも立派な仕事である。
肩と顔の間に携帯を挟みながら、キーボードを叩いていく。


「私のパソコンにfile16送って欲しいんだけど」


そう言うとぶつくさと文句をいいながらもすぐに届いた。


『そういえば苗字、二課から後始末と報告書の受理申請が来たぞ』
「いつまで」
『明日の16時』
「馬鹿じゃないの嫌がらせじゃん。そもそもなんで定時に出してこないわけ」
『仕方ないだろう、おまえを目の敵にしてるんだから』


正確には、私たちの上司を目の敵にしているのだが。

報告書だけではなく、後始末まで入っているのが問題なのだ。複数枚の書類作成に始まり、色々な部署の判子がいる。


「明日って何かの講演会あるよね?」
『ああ、その警備がある』
「私たちそれに駆り出されてるんじゃなかったっけ」
『朝から夜までびっちりな』
「………あの野郎、いつかぶっ潰してやる」
『物騒なことを言うんじゃない』


講演会なんて、テロ課に任せておけばいいのになぜ私たち公安課まで駆り出されるのか。心底面倒である。その上、私たちを敵視するなどという、無駄な労力を使っている馬鹿野郎からの余計な面倒ごとすら降り掛かってきた。まず今日の定時以降に来た書類の締切が明日で罷り通るはずがないのだ。それもこれも、すべてこの家主のせいである。
適当に真面目な風見と話を切り上げ、次の人物に電話した。


「もしもし、まつもっちゃん?」
『なんだお前か』
「溜息つかないでよー」
『お前からの電話には碌なことがない』


電話越しの溜息は毎度のことだ。file16はすでに完成し、転送する。何重にも巧妙に包まれたそれはまるでミルフィーユのようだ。自分宛ではないメールをゆるゆるダウンロードしながら、携帯を持った。


「えへへー」
『気持ち悪い声を出すな。用件はなんだ』
「判子が欲しいです」
『いつまでに』
「明日の朝八時」
『また難題を』
「難題ってことは出来ないことはないんでしょう?なんてったってまつもっちゃんだもの」


にやりと笑って歌うように言った。パソコンからは黄色いマークが出て、私はスルーしてキーを叩く。


『どうせ一つじゃないんだろう』
「ガイジョーとテロ課、あと外事の管理官かな」
『………明日何があるのか分かってるのか』
「分かってるからこんな朝早い設定なんでしょー?こっちも駆り出されてますから」
『またあいつの嫌がらせか』
「全く嫌になりますよねー。どんだけやっても出し抜けないっていい加減分からないのかしら」
『そういう所が煽ってるんだ』


諭すように言った。ハックしたメールにざっと目を通し、上司の三台目のパソコンに転送し、痕跡を消去した。鞄から複数の書類を取り出し目を通していく。


「そもそもの発端は、上司のせいなんだから、私に当て付けるのはおかしくないですか?」
『その右腕が君なんだから仕方ないだろう』
「あんな横暴上司の右腕なんて、言われたくないですね」


洗濯機の音が鳴り響き終了を知らせる。右腕なんて言葉、まるであの人に心酔しているようではないか。心酔しているのは風見だけで充分だ。


『降谷くんは元気かね』
「ああ……相変わらず忙しくしてるみたいですけど」


だから私の仕事も増えているのだが。
下から上がってきた書類に不備が見つかった。これもまた明日朝一で部下に返さなくてはならない。


「ほどほどにな。あの子は優秀が故に周りが見えなくなることがある」
『あーありますねえ、どれだけ振り回されていることか』
「それをカバーするのが君の役割だがね」
『損な役回りじゃないですか』
「いいコンビじゃないか」
『そんなこと言うのまつもっちゃんだけだからね』


ふっと笑顔で話す私達を想像して、反吐が出そうになった。


「そういえば、先輩チヨダに異動するらしいですね」
『流石、お前の耳の早さには定評があるな』
「いやいや。小耳に挟んだだけで」
『……お前、何かしたか?』
「いいえー。私はお喋りをしただけですよ」


ほんとにちょこっと。
すべての書類を仕分けて鞄に仕舞う。
向こうでため息が聞こえた。


『あまり目立ちすぎるなよ』
「そこは上手くやりますよ」
『……お前らのチームはなんでこうも』
「何か言いました?」
『……まあいい。とりあえず判子の件は了解した』
「やったー!よろしくお願いしますねー」


電話を切った。洗濯物を出して畳んでいく。


よくある1LDK。フローリングにクローゼット。ソファとベッドと机。備え付けのテレビと本棚だけが、殺風景な部屋を少しまともにしている。

おかしなところは、何も無い。


20160514
title by Rachel