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また厄介な面倒事だった。耳にはめ込んだ無線から逐一情報は流れていくのを頭の片隅で追う。上司の鋭い声が飛び交う。合間に入る仲間の端的な報告。
矢張り、状況は芳しくない。土台前提条件に無理があるから仕方ない。軽く舌打ちをして左耳を押さえた。


「18階標的突破。追跡不可能」
「3番苗字、ターゲット確認、追跡開始します」


言葉は淡々としつつも、踏み込んだアクセルは唐突すぎてぎりぎりと嫌な音を立てた。
離れた所で指示出しをしていた上司の声が木霊する。







いつだって危機は突然である。
上の指示から私は気に食わなかった。上司が潜入している組織の人間が侵入するらしい。それを報告してきたのも直前だった。単独行動も多い一枚岩ではない組織だ。いくら情報屋として潜り込んでいる上司でさえ、知らされないことは山ほどある。
上司が手に入れてきた情報は、警察庁に組織の人間が侵入する、というだけの端的な情報であった。いつ何の目的の侵入か。それすらも分からない上司にしてはお粗末な情報源。しかしそれを熟考する余裕もなかった。数時間後には侵入されたのだから。
目的が定かでない以上、こちらも確実な方法は取れない。非常事態宣言を発動してもおかしくないくらいだというのに、ただでさえ上層部はこんな時でも無理難題を高見から押し付ける。一番手っ取り早いのは全ての情報を一旦機能停止にしてしまえばよいのだが、期間も未定な上に、あからさまにセキュリティを強化すれば組織の情報流出を組織側に知らせてしまう。そこで上司が情報を入手したことを悟られない上での、セキュリティ強化。そんなもの鼠を見逃したうえで深層部には触れさせるななんて、無理難題も甚だしい。
とりあえず、ガイジ、国テロ課に協力を要請し、これまでの上司含め他公安が入手した組織の情報を分析してめぼしい部署のセキュリティを強化するだけで手いっぱいだった。
上として見れば、出世株であり有能な潜入捜査官である上司にも前線に出てほしかったようであるが、そんなことをして万が一正体がばれたら元も子もない。馬鹿か。他では不満か。こちらも再三骨の髄まで染みているが、上は特に現場の人間を狗としか思っていない。そんな訳で流石に前線には立たせられないということで、遠隔での現場指揮。

特攻隊は、私だ。

車に取り付けられた無線からは混線した報告と状況が伝わってくる。正直、もう目の前の降ってきた人間が乗り込んだ車を追いかけ周囲の状況を把握することで頭はヒートした。黒髪と眼鏡から容姿報告が銀髪で確定した。ぐんぐんとスピードは上がる。速度なんて知らない。


「1番から4番安藤へ指揮移行」
「3番報告。ナンバー1460、濃いグレー、車種……」


標的との間に邪魔が挟まっている。前方見失わないように追い抜かす標的をそのまま追い続ける。こっちだって舐めてもらっちゃ困る。100キロはとうに超えた。タイヤが擦り切れる熱がこちらまで伝わるようだ。
この事態の最善ルートは、特攻隊の私がアクセルを踏まずに終了することだった。つまり、警察庁から標的を出さずに事を収めたら最高。私は大手を振って警察庁に帰れた。
しかし、今私は日本のど真ん中で犯罪級のカーチェイスを起こしている。つまり最善ルートは破棄。
そして侵入された場所は18階。よりにもよって18階。てかそこから落ちてくるって人間じゃないだろ。恐らく今回の目的は、公安が把握している世界規模のNOCリスト。最悪だ。上司が指揮から外れたということは、そういうことだ。

事態は最悪ルートを辿っている。

殆どの車を追い抜かして独壇場になったはずなのに、後ろから赤色の車が追い上げてきている。この速さについてくる人間なんて誰だ。と思ったら隣に並ぶから片手でハンドルを切りながら横を見ると、知っている顔があった。思わず目を見開く。この人が出てくるなんて相当な事態か、それとも馬鹿なのか。一応死んでる設定じゃないの?幾らFBIのエースだとしても。現場主義すぎるだろう。ここに上司がいなくてよ良かった、なんて頭によぎるのだから、まだ余裕があるのかもしれない。私を見てふっと笑ってくるこの人にも余裕がありすぎるだろう。
ぎりぎりと車ごと押し付ける力技で抜きつ抜かれつ相手の車を追う。上司程ではないが、私にも組織として易々とFBIに身柄を渡すわけにはいかない。結局は標的は犯罪者だ。私たちの車以外でも使えるものは何でも使う。一般トラックに車ごとぶつけて道を拓けていた。


「3番、FBIかくにっ……!」


そんな報告をしている場合ではなかった。
接戦のまま赤井秀一の車と追っていたが私たちの車めがけて空から一般乗用車が降ってきていた。考える間もないままアクセルを踏み込んだ。メーターは振り切れている。後ろを確認したらロータリー車にぶつかり玉突き事故だ。嫌な音が聞こえる。赤井秀一の車とはぐれた。


「道路上で玉突き事故発生。至急応援要請」


早口でマイクに吐き捨てる。今は民間に構っている暇はない。そのまま急加速して追い続ける。
次は大型トラックの影に隠れて一瞬見えなくなったと思った途端、そのまま嫌な爆音を立てて高速道路の壁が削れていく。


「うっそでしょ」


崩壊していく壁を突き破ってトラックは海の底へ、ターゲットの車は下の高速道路へとバウンドして跳ねる。ほんと人間じゃない。
私の車もハンドルを切ってぶち抜けた壁をすり抜けて空へと投げ出された。突然かかる重力に一気に身体が持ってかれる。


「ほんと手当倍以上貰わないとやってられないっつのっ……!」


落ちる直前舌を噛み切らないよう歯を食いしばる。跳ねる身体からうまく力を逃しながらアクセルは踏んだままである。しかし前方には工事中の文字。確実にターゲットもその字を見ているはずだ。袋小路か、無理やり突っ切るか。追い込まれた敵は何をするか分からない。一般を巻き込むことにも躊躇しない行動に一瞬アクセルが緩む、と、途端に前方の車が急旋回して向かってきた。ぶつかる寸前でハンドルを切って横に避ける。
ちらりと見えた、オッドアイ。にやりと笑う様は、獣。
減速どころかどんどんと加速している。小さくなりかけるその車に、慌てて私もアクセルを踏んだ。
高速道路で逆走かよ。

擂りぬける技術は敵ながらあっぱれである。二種類のサイレンがひっきりなしに聞こえる。酷い被害だろう。民間の心配をしているようで、それでも私は目の前の人間を捕まえることしか見えていなかった。相手が逆走できるのなら、私にだってできないわけがない、なんて。
アクセルは踏みっぱなしだ。上がり続ける車の速度など、最早気にしていなかった。
逆走すれば、少し前に走っていた場所へと戻るわけである。すでに車が通っていない広い道路へと舞い戻った。遠くに物体がいるのを確認して目を細めた。赤い車の上に黒い人影。赤井秀一が待ち伏せでもしていたのだろうか。それでも目の前の車はスピードを落とさない。
見えづらい視界。
辺りはちらちらと遠くの火災で照らされる。速度は100をまた超えていた。敵は赤井諸共轢き殺すつもりだろうか。
判断する時間はない。そのまま突っ込むだけだ。突然にハンドルを切ったらすぐ切れるように腕を固定する。と、前の車から人影が消えた。赤井が撃つか。いやここまでは飛んでこないだろう。だが前の車が撃たれたら。それこそこちらも玉突きだ。すぐ車から脱出できるようシートベルトを外し窓を開けてロックを外す。一瞬だった。
前の車がクラッシュする。少しだけアクセルを緩め数ミリ右にハンドルを回す。敵の車は事故っている大型トラックに激突して止まった。このままだと、崩れて海に落ちる。逃げられてしまう。
刹那目が瞬いた。
海に落ちるならいっそ、こっちも落ちてしまえばいい。左手でハンドルを切って右手でドアを開けた。屋根に体を移して空を飛んだ。
海に落ちていく相手の車から、敵が抜け出すのが見えた。それに私も標準を定めて屋根をばねに体を投げ出そうとした。
ここまでの私の計算は狂いがなかった。
しかし、いくつか私は見逃していた。
一つは自身が飛び出した高速道路だけではなく、もう一つ上の道路からも車が落下してきていたこと。近くにはガス発電所があったこと。
気付いたときにはすでに遅かった。最後に見た景色は、落ちてきた鉄で海に沈めれらていく敵の姿と、真っ赤に爆発した海の色だけ。


20180315
title by Rachel