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「……い、おい、起きろ」


誰かが私の肩をゆすっている。お日様の香りがする柔らかなものに顔を押し付けた。ああ、まだ寝ていたい。揺する力が強くなる。誰だか知らないがもう少し寝かせてくれ。腕は枕か何かを抱えているようで、それと一緒くたによりぐりぐりと顔をベッドとその間にうずめる。今日の抱き枕、いつもより硬い気がする。硬いうえに細くないか。ん?てか誰の声?埋めたまま、目を瞬かせる。ぼんやりとした網膜に、やっとどこからか光を集めて白いシーツと、浅黒い腕の間の暗い空間で目が覚める、って。


「は!?!?!?!?」


がばりと顔をあげた。私が抱えていたのは抱き枕でもなんでもなく人の腕であった。思わず反射的にその腕をひっつかんで足を胴体の下に突込み梃の原理で投げ飛ばそうとした。しかし、そんな突然の力を相手はなんなく流し翻ってシーツの上に着地する。あっという間にマウントをとられ投げ飛ばそうとした腕を胸の前で押さえつけられ、覆いかぶさる状態になった。
天井を背景として私の視界いっぱいに広がる男の顔はにっこりと笑っている。見る人が見れば綺麗だなんだと目を潤ませて持て囃しそうな整った顔。今の私には恐怖しか感じなかった。目は全く笑っていないし、押さえつけられた手はびくともしない。こんなところで力の差を知りたくなかった。
一気に頭が冷めきる。誤魔化すかのように私も渇いた笑いをもらすしかなかった。


「あ、はは、は、おはようございます」
「おはよう、苗字。朝からとんだ挨拶だな」


うわめっちゃ怒ってやがる。


「いや、つい反射的に体が動いてしまったといいますか……」
「お前は朝から人を投げ飛ばすのが趣味なのか」
「結局投げ飛ばされてないじゃないですか……」
「ああ?」


寧ろ今危険な状況なのは確実に私の方ではないのだろうか。そもそも、警察学校時代から私はあまり体術が得意ではない。そりゃ一般人に比べれば体得しているが、同業者の中では下の下だ。ギリギリアウトな卑怯な手をあの手この手使ってすり抜けてきたのである。スポーツだったらあっという間にレッドカードで退場なことをして乗り切った人間だから、上司のようなできる人間に真正面からぶつかって勝てるわけがない。


「……え、っと、何故このような状況に、って、え、ん?」
「苗字覚えてないのか」


青筋が見えた。怖い。手にまたぐっと力が入った気がする。


「ていうかお前が先だぞ」


そうだ流されて話していたがなんで朝から上司がいて、というかベッド一緒で、というかなんか寒いし、というか、ここはどこって。


「はあーーーーーーーーー」


叫び声なんて出なかった。どすの低い声で溜息を吐いた。顔を覆いたいのに、そうさせてくれない上司の腕が今はほとほと憎い。てか離せ。ぐい、と引っ張ったら、手は意外とあっさり離れた。手で顔を覆う。


「お前ほんと飲み過ぎ。記憶あるか?」
「今日という日ほど飲んでも記憶を飛ばさない自分の頭を殴りたいことはない……って!私だけのせいじゃないでしょうが!全て忘れろ!」
「忘れられるか!そもそもお前のせいだろうが!あんな風に喧嘩売ってきたら買うしかないだろ!」
「そこで止まってくださいよ!所詮酔っ払いの戯言でしょうが!大人げない!」
「お前がい!う!か!」


枕をぶん投げたら弾き返されて顔に直撃する。痛い。
やっと私の上からどく。頭の中はすっかり冴えきって昨日の記憶が鮮明に思い出される。本当、誰か私を記憶喪失にしてくれ。


「あー、ほんと、悪い」
「いや別に、終わったことは仕方ないのでいいんですけど」


一転して冷静になったのか、申し訳なさそうな上司に調子が狂う。
彼は項に手を遣りながら、目を逸らした。


「昨日は俺だって大概酔ってたんだよ」
「いや、今そんなデレいらない」
「デレじゃねえ殴るぞ」
「すでに枕が飛んできてる」


言葉と行動が一致しない上司は置いといて。
なんだかんだ言いながら確かに最初のきっかけを作ったのは私だった。昨日の私ほんと馬鹿。なんでこいつ。なんで上司。最悪だろうが。いつもだったらそんな馬鹿なことしない。確かに強かに酔っぱらっていた私は上司に絡み酒をして、飲ませたのも覚えてる。そして喧嘩をふっかけたのも覚えてる。下世話な話だった。いくら犬猿の中といえども、同世代の性格の良くない人間同士が集まれば何かしらそうなる。会話はとてもじゃないが再現できない。ほんと馬鹿。喧嘩をふっかけて、乗った上司も相当馬鹿。で、気づいたら、朝。クリスマス、ホテル、ワンナイト。どこの大学生だよ。
行為が問題なわけではない。いや後悔は若干しているけど。寧ろ罪悪感。それが問題ではなく、相手とシチュエーションの問題である。いい年した大人が。爛れてやがる。なんだろうな。少しでも好意を持っていた人間同士の行為だったらまだ救われていたかもしれない。いや、それもそれで発展するとも思えないけど。それでも、私たちみたいな人間同士の行為よりは何倍もよいと思う。私たちははっきりと互いにそんなやわやわした感情を一切、一かけらも抱いていない。今後も抱くことなどないだろう。そんな二人の行為なんて何も生産性がない。最低である。そしてなんだかんだ大人だから、あっさりと終わったこととして過ぎて行ってしまうだろう空気を二人とも感じて、なんとなくそれを受け入れている時点で、互いに最低な人間である。こういうとこまで似てなくてもよい。ほんとに。


「あー、ほんと。絶対風見に言えない」
「絶対言うなよ」


私より先にベッドから起き上がってぼりぼりと頭を掻きながら部屋を徘徊し服をかき集めている。ばさりと適当にシャツを羽織った背中が見えた。


「言うわけないでしょう。殺されます、私が」


あいつは根っからの降谷信者である。はたから見ていると気持ち悪いくらいに。そんな風見が、こんな上司の姿を知ったら卒倒して天国に召される。天国に召されたついでに私を殴って地獄に引きずっていくだろう。絶対言えない。
皮肉なものだと思う。降谷と一晩、なんて、数多な女子が喉から手が出る程欲しがってるんだろうな。警察内外で人気の高い的として話題に上る筆頭の上司が、今目の前にいる人間だなんて知ったらどうなるのだろう。意外と顔と人当たりの良さを利用して女の子とか食ってんのかな。いや多分近場で手を出すような馬鹿な真似はしないだろう。手を出すとしても誰にも知られず後腐れない方法を取りそう。でもそれすらも越えて、女関係面倒くさいから手を出すことすらしなさそう。なんだかんだ仕事には真摯だし、基本的には人にも優しい人間であるから、淡々としてそうである。因みに私だって基本的に真面目な人間である。今日が異常なだけ、まじで。
適当に服をひっかけて携帯を見ていた上司がこちらを振り向いた。


「……今失礼なこと考えてなかったか」
「え、降谷さん怖い」
「図星か」


シーツにくるまったまま動く気にもなれなくて枕を抱えてぼーっとしていた。


「苗字そろそろ用意しろよ。一時間後には出るぞ」
「んー」
「二日酔いなら尚更水飲んで動け」
「私二日酔いってなかなかならないんですよねー。昨日って何本飲んだんですかね」


私の言葉に呆れつつも、自身も気になったようで寝室を出て行った。そしてすぐ帰ってきた。


「……少なくともワインボトル5本はあいてたぞ」
「……うわ、それはちょっと引きますね」


私たちが飲んだのはワインだけではない。上司が取り出していたウイスキーの記憶もある。二人でどれだけ飲んだんだよ。幾ら時間をかけて飲んでいたとしても、飲み過ぎである。それは流石に酔う。それでも二人とも二日酔いになっている様子は見られないし、記憶もはっきりしている。失敗と言えば、あの一つくらい。ボトル5本の代償としては、上々すぎて口が引き攣った。


「……東京に帰りましょう」
「……ああ」









無意識に眉間に皺が寄っていた。もう何年前だ。そんな経ってるわけじゃないけど。今は豪奢なスイートじゃなく、無機質な灰色の部屋で、目の前には書類の山。周りにもちらほらと疲れたスーツ姿の人間が背中を丸めている。苦い記憶を思い出してしまった。


「あーーーー、4℃のネックレスとCOACHのクリスマスコレクションのハンドバッグ貢いでくれる人間が欲しい!」
「はいはい、その元気は書類に貢いでください」
「やかましいわ!」


20180311
title by Rachel