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部屋について中に入るとあまりの豪華さに唖然とした。上司も内心びっくりしているようで、この人も私と同じなのだと思うと少し冷静になった。三部屋に風呂場が二つ。何故。トイレも二つだ。恐ろしい。自分が住んでる部屋よりホテルの方が広い。コンシェルジュが丁寧に説明してくれてそれを聞き流していた。
ぱたん、と音静かに閉じた扉を確認して、私と上司は一通りの確認をする。職業病だ。当長期カメラその他諸々のセキュリティを確認して漸くソファに腰を下ろした。


「荷物とかどこに置きますか」
「お前の好きなようにしていい」


二つの小さなキャリーケースが部屋に運び込まれていた。
適当に場所を決めて陣地をとる。早くお風呂に入りたい。部屋を確認しつつ見たが、何故風呂もトイレも二つあるのにベッドは一つなのだ。意味がわからん。キングサイズでも一つは一つだ。広々とした大きなソファもあったが、ソファはソファである。
とりあえずいまは考えるのやめよ。
キャリーケースの中身を整理しながら雑貨を取り出した。


「そういえば降谷さん食事はどうします?」


部屋から顔を出して隣のリビングのような場所にいる上司に問うた。ジャケットを脱いでネクタイに手をかけていた。


「ああ、ルームサービスだと」
「……めちゃくちゃ豪華ですけど、経費で落ちるんですか?」
「手違いの詫びで格安だ」
「どんだけですか」


ルームサービスって普通に食べるより高いんじゃなかったっけ。そういえば小さな二人用のダイニングテーブルがあったような。うわフレンチとかそういうやつ?
状況に陥るほど、何故相手がこの人なんだろうと複雑である。


「……え、ほんとなんで今降谷さんといるんだろう」
「俺の台詞だ」


互いに眉間に皺を寄せた。


「そうだ時間を知らせてほしいって言ってたんだが、何時にする?」
「何時でもいいですよ。あ、ご飯の前にお風呂入ってもいいですか」


臙脂色のパンフレットを見ていた上司が上の空で返事をした。









届けられたフレンチは余りにも豪華すぎて、その豪華すぎて、勿体なかった。一緒に食べる人間によって感じる美味しさ度が違うと言うが、それすらも超えるほどの美味しさだった。そうではないと犬猿の仲の私たちが、美味しい美味しいと我を忘れて会話を最低限しつつ食事を終えられるはずがない。
この仕事柄、人並みに酒も飲める為互いに進む進む。出てくるものも最高級品だ。シャンパンに白に赤。終わる頃にはすでに二人で2本以上空けていた。まだまだ気持ちは序盤だ。予想以上に私たちはこの空間を楽しんでいた。
ワゴンで下げられ、酒だけが残される。小さなワインセラーも常備されているこの部屋には、まだまだ沢山のワインやウイスキーが待っていた。
家にあるテレビより大きなインチのテレビをつける。テレビだけが現実に繋ぎとめてくれている。クリスマスと年末が重なってろくなテレビ番組がしていない。そりゃカップルは相手を見つめることで忙しいだろうし、カップルじゃなくてもテレビを見る余裕がある人間は皆気楽な人と楽しんでいるのだろう。特番ばかりのチャンネルをザッピングしていた。とにかくカベルネ・ソーヴィニヨンとチーズが進んで仕方が無い。炭酸の酒はすぐお腹がいっぱいになってしまうから、無炭酸のワインやウイスキー、日本酒、カクテルが好きだ。裏を返せば、飲みやすい分ついつい飲みすぎてしまう悪癖くらい。
上司は上司で、ソファの後ろにあるテーブルで書類とパソコンを広げていた。部下が何もせずに上司が仕事をしているのも、どうなんだと思うが、こんな時間まで仕事をしているのもどうかと思う(仕事で来ていることを棚にあげて)。
結局NHKのニュースを流していたら、地方のニュースに映った。


「降谷さん、明日の飛行機の時間何時でしたっけ」
「始発だ」


後ろを振り向くとパソコンから目線をあげずにそう言った。


「今すぐHPに繋げて手続きして下さい。午前中全便運行休止ですって」
「まじか」


北海道でも稀に見る大雪らしい。しかもホテルの中にいて分からなかったが、更に酷くなっているらしい。気象予報士が解説しているのをみれば大型台風並である。


「こっちで連絡し直します」
「任せた」


私も顔に出ない人間だが、上司も全然顔に出ない。余りにも淡々と変わらなすぎて怖い。
私は顔に出てないだけで普通に酔っている。

というか、なんでこんなにこの上司と仲が悪いのだっけ。悪いというか、馬が合わないというか。仲が良いね、と皮肉を言われるような犬猿の仲。
年齢はひとつ上。階級も勤務年数もひとつ上、の先輩。
ゆらゆらとワイングラスの中で揺れる葡萄色の苦い液体を敢えて揺らした。脳内も揺れている。
一目見た時から気に食わなかった。
仕事が出来て、容姿も人並み以上。基本的に人当たりも良い。馬鹿らしい偏見で人を判断することもなく常に公平的で冷静。余計に人には好かれるタイプ。要領がよく何事も人よりうまく出来てしまう。その癖に努力も惜しまない謙虚さ。だが、頭も無駄に切れる故に、自身の価値をよく自覚している。他人に合わせた対応も出来るから上司からのウケもいいし、かといって人間臭さもあるから部下からの信頼も篤い。私とは全く違う。あげはじめたら改めて嫌味なやつだな。
恐らく上司がここまであからさまに堂々と貶すのは私以外見たことがない。私も先輩の人間にここまで曝け出して嫌味を言うこともない。
腹が立つ、というより、ただのやっかみであり目につくだけということも互いに分かっている。結局降谷零という存在自体が、いらいらする対象なのだ。離れるより他ないのだが、気づけば内外ともにバディのような立場になっている。嫌だな。
これで本当に性格も糞野郎で、仕事もできない屑だったら、ここまで拗らせることもなかったのだと思う。なんだかんだ、上司の采配、考え方は理解ができてしまうし、仕事ができる上司だということも認めている。
理解ができるそれ以上に、根本の価値観が一緒だと気づいてしまった。これが同族嫌悪というものなのだろう。表面上の問題より根本が同一という方が一番タチが悪い。最悪だ。全てブーメランで飛んできているのは分かっている。
ブルーチーズを口に放り込んで今度は白を流し込んだ。
まるで鏡だ。自分の見たくないところも、全部を一番近くで突きつけられている。変えようとしても変えられない心臓の腑の奥底を抉られている。
多分それは上司も同じなのだろう。だからこそ、互いが鼻につく言動も分かってしまうし、かといって思考回路においては一番の理解者。最悪。堂々巡りだな。
もう何杯目かしれない。いつの間にか空になっていたグラスに片手でどぼどぼと液体を注いだ。


「お前、飲みすぎじゃないのか」
「降谷さん、仕事終わったんですか」


コの字型に置かれているソファに離れて座った。手には氷の入ったグラスと、ウイスキーの瓶を持っている。沈む体を目で追いながらグラスを煽った。


「折角予期せぬ事態でこうなったんですから、楽しまないと損ですよ」
「……お前と楽しんでもな」
「うっさい」


そう言いながらウイスキーを煽るのは変わらない。その様子をみて、にやりと口角があがった。
たわいのない話など、クソ食らえである。
明日の朝、死ぬほど後悔することを、私は知らない。



20180310
title by Rachel