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東京に雪が降ってきた。雪だ雪だと騒ぐ気持ちなんてとうに何処かに捨てた。ただ寒いだけである。どこのイルミネーションが綺麗だとか、クリスマスコフレはいつ発売だとか、そんなことを気にする心もなくなった。若さが欲しい。

今より少し前、昔の、曖昧な出来事である。











「……最悪だ」


その日も雪が降っていた。空港で電光掲示板を見ながら少し離れた場所で呟いた言葉を、耳聰く男が聞き取った気がして余計に気が滅入った。相手は濃紺のコートを着て、私はチャコールグレーのコートを着ていた。中には黒のワンピースを着て黒のブーツ。肩から掛けた深い赤のバッグとBURBERRYの赤基調のマフラーでただの女にしか見えないはずだ。相手も相手で、少し色素の薄い茶髪と浅黒い肌が夏みたいだが、それを除けばただの冬の男である。
仕方なく目を合わせて合流した。


「……どうしますか」
「どうしたもこうしたもないだろう。まだ他が帰っただけましだと思うべきか」
「……そうですね。とりあえず明日の件連絡します」


溜息をつきながら携帯を取り出した。東京待機の同僚に電話をかけながら腕を組んだ。相手も携帯を睨みつつ、眉間に皺を寄せていた。

北海道で近年稀に見る大雪だそうだ。数時間前までの景色が見る影がないほど、急激に降雪量が増加し、予測できなかった突然の欠航。殆どの国内便が終日欠航の現実を電光掲示板から通達される。周囲に目を配れば、私達と同じように電話をかけているサラリーマンの姿や、受付へと集まっている人々がいる。私達が空港についた時にはすでに欠航になって暫く経った後だったようで、早々と諦めて帰っていく人も多い。飛行機が動かなければどうしようもないし、自然は仕方が無い。明日の会議は遅刻決定だ。その連絡をしつつ謝ったら仕方ないですよとふわふわ部下に言われた。まあ本当に、仕方がないことである。

出張で北海道に訪れていた。内容はあまり覚えていないが、まだ上司が潜入捜査を初めて暫く経ったか経たないかくらいで、公安の仕事も兼ねて調査か何かをしに来ていたのだろう。後処理を最後私と上司で行い、先に部下を帰らせたのが事の発端である。
そして二人きり北海道に取り残されている。今日はここに滞在するしかない。


「何してたんですか」
「……ホテルを探してたんだがな」
「え、ありますよね」


田舎ならまだしもここは空港である。その近辺なんて探せば幾らでもあるはずだ。渋い顔の男に嫌な予感しかしない。


「もう殆どのホテルが押さえられてる」


もっと早く知れば良かったと、珍しく舌打ちをする上司に、私も慌てて携帯を開いた。すると見ても周辺ホテルは満員である。遅かったのだ。少し遠いホテルも殆ど無いし、外は大雪でなかなかにリスクが高い。
もうここまで来たら自腹でもなんでもいいから高いホテルでも、と探すが、想像以上に埋まっていて疑問が残る。


「なんでこんな無いの」
「……今日何日か覚えてるか」


俺もついさっき知った、と溜息をついて、頭を押さえた上司に携帯の表示を見た。


「クリスマスイブじゃない!」
「だからそもそも予約が多い上に、今回の欠航で止めだ」
「え、安室さんと二人のイブとか最悪」
「俺だって最悪だ」


最近上司が使っている偽名で呼んでも憎たらしさは軽減されないし、売り言葉に買い言葉で喚いてもホテルは降ってこない。二部屋取るどころか、一部屋とることもままならない状態でどうしようか。


「佐々木、どこか当てはあるか」
「あったら今こんなに絶望していないです」


適当な偽名で私を呼んで問うが、血眼でホテルを探している私にそんな余裕はない。寧ろ欲しい。


「安室さんこそないんですか」
「……今そこに電話かけてる」
「さすが!」
「こんな時だけ目を輝かす」


横目で白々しいとでも言うように呆れられた。背に腹は変えられない。部屋はもうどうでもいいからせめて布団で寝たい。あとシャワー。









結果的に万々歳で私は上司の背に続いてタクシーに乗った。こんな天候の中働いている皆さんに頭が下がる。ありがとうございます。口数が少ない運転手さんで別に会話も生まれずに済んだ。互いにケータイを見たり、窓の外を見ていた。雪はどんどん酷くなっていて風が強くなっている。窓に打ち付けられる雪が積もってゆく。飛行機が飛ばないのは雪だけではなくこの強風のせいだろう。
ちらりと上司の方に視線をやれば、窓に肘をついて口を手で覆ってぼーっと外を見ていた。
運転手にはどう見られているんだろう。彼氏と彼女か、上司と部下か、はたまた危うい関係とか。
自分で馬鹿馬鹿しくなって、思考をやめた。

ついたホテルは私でも名前を聞いたことがある高級ホテルだった。何この伝手があるって、何だこの上司。顔面には出さず、彼の少し後ろをついて行った。豪奢なマホガニー色で統一された落ち着いたロビーはだだっ広くて、外がこの雪だというのにまるで異世界の如く静謐だ。客もいるが、それと同数のコンシェルジュの数がこのホテルのランクの高さを表しているようだ。こんなとこ泊まったことないな。彼女とか連れてくるのだろうか、こんなところに。でも様になりそうな上司が憎い。スチャってカード出しちゃったりしてスマートに支払いしそうー。いや腹立つわー。脳内劇場と白んだ心を止めることもしないまま、されるがままについていく。荷物もさりげなくコンシェルジュが持ち、彼一人だけがフロントに通され私は後ろのソファで待たされた。こういうサービスが気遣いなのだろうか。恐ろしいな。ふかふかなソファに座ってぼーっとこの異空間を満喫していた。ここにいる人間はどんな人間なのだろう。少し離れた場所で電話をしている青いスーツの人間が嵌めてる時計はパテックフィリップだ。うわ3大高級メーカーじゃないか。私はヴァシュロンコンスタンタンが欲しいなあ。無理。足を揃えて待ってる妙齢の女性の服は、多分今年の秋冬コレクションのDiorのイブニングドレス。手にあるクラッチバッグはHERMESだ。流石。こうやって人の物を目敏く観察してしまう癖良くない、と思いつつやってしまう。耳年増なおばさんと化してしまうわ。
ぼんやりとして時間を忘れていたが、しばらくした後にコンシェルジュとともに彼がこちらにやってくるのが見えた。その顔はどこか苦虫を噛み潰しているようで私は首を傾げる。


「何か不具合でも」
「……いや」


コンシェルジュは少し離れた場所で待機する。そういうところも気遣い。
立ち上がって彼を見上げた。


「良い知らせと悪い知らせがある」
「どこの海外ドラマですか」


言外に早く言えとせっつけば彼は顔を緩ませることの無いまま、薄くため息をついた。


「泊まる部屋はスイート、最上階だ」
「……は?ここのスイートってスイートですか」


あんぐりと開いた口を慌てて閉じた。ロビーでさえ身分不相応すぎると手持ち無沙汰にしたいたのに、そんな私たちがスイートだと。どんな手を使ったのだ。


「それが良い知らせだ」
「それを上回る悪い知らせなんてなさそうですけど」


スイート自体初めてなのに高級ホテルのスイートってどんな感じなのだろう。きらきらした瞳を隠せていない。嬉しいけどでも泊まるなら一人じゃなくて誰かと泊まりたかった。


「二人で泊まるんだ」
「そりゃあなたと違うホテルがいいとまでは言いませんよ、流石に私も」


この人は何を言っているのだ。



「だから、スイート1部屋に二人。同室。わかったか」
「……は」
「電話では2部屋だったんだが、手違いとこの雪でどうしても1部屋にしてくれという話だ」


仕方ないだろう、と苦々しげに呟かれた。
くるくると頭は回転する。上司と二人、同室。スイート。雪。同室。


「……まあ、でも、仕方ないですしね」
「いいのか」
「え、手を出すようなクズなんですか」
「違うに決まってるだろ」
「別に吹雪の中で野宿でもいいなら、仕方ないので私は一人スイートで過ごしますよ」
「だから出さないって言ってるだろ」
「いい歳した大人ですよ、私たち」


多分公務員として特に、こういうの本当は良くないんだろう。職務上でバレたら懲戒免職物というか、なんというか。まあ無理矢理だったら上司部下職務関係なく犯罪である。
たかが一夜上司と過ごすことに抵抗がない訳では無いが、かといって上司を放り出すわけにもいかない。不可抗力だ。


20180308
title by Rachel