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アルバイトの最中に笑顔を振り撒きながら盗み見た携帯電話。オレンジの光が点灯する。それを確認した途端、自分の名前が呼ばれカウンターの表へと出ていく。頭では様々な思考回路が蠢きながら、営業用笑顔を貼り付けた。







携帯は常に複数持ちだ。もう数年になる潜入捜査、ただでさえ探り屋として潜り込んだものだから、扱う情報量もそれなりに多い。降谷零としての携帯というよりも、仕事のための複数持ち、というところだ。今使っている名前で携帯を区切っている訳では無い。唯一、名義として作ったのは私立探偵もしている安室透としての携帯だけだ。これには、カモフラで使った依頼人や実際毛利探偵事務所の連絡先など、安室透として、入手していて可笑しくない連絡先ばかりだ。かといって、それ以外の携帯の中身が見られて困るようなあからさまな状態でしておくほど馬鹿ではない。
今日は珍しく、ベルモットの使い走りをするでもなく、ポアロの仕事も早番だった。現状維持が続いている。安室透の家へ向かいながら、目を通すべき書類と、作業玉について巡らす。そしてふと、バイト中に点滅していたオレンジ色の光を思い出した。
安室透の部屋は、自分以外が足を踏み入れれば通知がくるようになっている。見られて困るものを置いてある訳がないが、その事実は重宝する。恐らく、今日の日付と時間帯的に、あいつであろう。毎回対策のためにそれは不定期であるが、マンションの駐車場にとめ、エントランスに向かう途中、監視カメラの死角になった赤茶の煉瓦壁下の小さな隙間に、同化するよう小さな破いた紙が挟んであった。どこにでもあるメモ帳の切れ端である。それを回収しながら、自動ドアを抜ける。いつもより少し時間が早い。昨日の深夜報告を受けた事案と関連づけながらカードキーを差し込んだ。

開口一番、俺の前に現れた部下は、直立不動で俺の前に立った。ばたんと、自分の後ろのドアの鍵を閉める。


「今回の件、ご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした」


硬質な声、勢いよく下げられた頭、直角に曲がったその横には、きつく握られた掌が見える。今の彼女の表情は一体どのようなものなのか。
俺は何も声をかけずに、その横を過ぎ廊下を進んだ。
部屋に入り、チェックをしたあとやっと此奴の向き直る。顔を俯かせたままの相手は、珍しい。


「軽い報告は受けているが、お前の口から事の顛末を話せ」


そう腕を組んで言うと、無機質な感情を乗せない声で述べ始めた。
今回は、珍しく班内で収まらずに公安全体に響いた散々なミスである。そもそも、大きな問題というのは連携妨害という、足の引っ張り合いの幼稚なものであるが、それを出し抜くことが出来ず、此方が頭を下げる結果となったのは完璧に今眼前にいる此奴の責任であった。
自班、特に班長代理である此奴が主として受け持っていた案件の最終書類段階の際、後は他の部署と連携して許可を貰い、手続を行えばそれで完了であった行政的な書類業務。元来、あらゆる業務が並行作業で進んでおり、少数精鋭であり万年人不足である。一人一人の責任が重い部署だ、特に班の上の物であれば。俺の次の立ち位置を占めている苗字が、どれだけの案件を抱えているのか俺が把握していないほど、恐らく代理の立場で潜入捜査のサポートをしながら、行っている。
それを重々承知したうえで、内心でそう思っていたとしても、立場は弁えなければならない。
上司は案件をさばきながらも、部下の育成も同時に行わなければいけないのが常である。そして、自身に舞い込んできた業務と天秤にかけて、部下に最終の許可手続を任せた。通常なら何の問題もないはずだが、その最終許可の場所が問題であった。俺たちの班を勝手に目の敵にしている班。書類を滞らせたり、隙を見せたら噂でもなんでも陥れようとする下劣な相手。そんなことは百も承知であり、こちらもいつも手を打っている。だからこそ出し抜かれては沸々と勝手な憎しみを相手が一方的に募らせていたのは知っていた。苗字がそれを忘れているはずがなかったのだが、苗字の部下はそのことを知らなかったらしい。どれだけ狡賢くこちらを貶めるか。上手く自身の反則技をも隠してしまうのだから馬鹿ではないのだろう。それに、今回まんまと嵌ってしまった。気づけば書類は提出されていないことになっており、全ての責任がこちらになすりつけられていた。部下の失敗は上司の責任であり、気づくのも遅かった彼女の責任であるのは間違いでない。昨日から一睡もしてないであろう、夜中など関係なく駆けずり回ったうえ、すでに大事になってしまった後だったから彼女の責任だけで終わらず、上も出てきたと聞く。様々な部署への謝罪回りを係長と済ませ、その係長から酷く叱咤を受けたと聞いた。報告を事前に受けながらも、彼女からもさらに言わせるのは傷口に塩を塗り込むようだと半分の良心で思いながら、半分冷めた感情で事実を補完していた。


「今日は、随分早かったんだな」


何事もないように淡淡と言った。その後の返答の予想をしながらも、応え合わせをする。


「……はい。今日はもう帰れと、係長から言われたので」


自嘲するように呟いた。恐らく、未だ庁内は後始末に追われているだろうし、その他の業務も有り余るほどあるはずだ。それでも、部下がここにいる理由はそれくらいしか思いつかなかった。命令だったのだろう。一際握り締められた手は白を超えて赤くなっていた。俺は目立つように溜息を吐き腕を組んだ。
いつもぎゃんぎゃんと五月蠅い奴が大人しいとこちらまで狂う。大人しいのは見た目だけで、沸々と溢れ出る憤怒と自省は留まるところを知らないところがそれでいて厄介なところだ。
俺が求めるものが厳しい水準だということは自覚しているつもりだ。それでも、この仕事には高い目標と質が求められるものだし、それを目指していかないと些細な欠片が文字通り命取りとなる。互いに容赦しないから、言葉も自然ときつくなっているが、実際に苗字の仕事は評価しているつもりだ。そして、それを奢らず、過小評価も過大評価もせずに、一番冷徹に自身を見つめているのが彼女自身だと思っている。今でも一瞬の隙もなく、此奴の脳内は止まることなく回転を続けているのだろう。


「今回の件はお前の不手際でしかないし、幾ら部下に任せたといっても最終確認をするべき立場だったお前が、ここまで大事にさせたのだから反省は然るべきだ」
「……はい」
「上司である俺も、少しお前に負担をかけすぎたのかもしれない」
「……申し訳御座いません」


失望に近いそれは酷く尊厳を傷つけるが、事実である以上反論の予知を持たない。
此奴はどう思っているか知らないが、負けず嫌いな点は俺も此奴もよく似ている。嫌なほどに。人に頼る、ということを最低限しかしない。良くも悪くも冷徹な人間だからだ。
そんな人間に対し、このような労いともとれるこの言葉は屈辱でしかなかった。それを重々承知した上で吐いている。
何もかもを押し込むように苗字は謝罪の言葉を絞り出す。


「というのが建前だ」
「……は」
「といっても、今お前が抱えている仕事量の上で、今回のミスは防げただろうから重々反省はするべきだ。些細なことが命取りになるんだからな」
「……はい」
「二度目はない。この話はこれで終わりだ」


そう吐き捨てて、リビングから抜け出した。









基本的に、人に怒られることは苦手だ。私はMではない。今回の件は完璧に私が悪いというか、そもそも上司が出来すぎるからという馬鹿げた理由でこちらを目の敵にして対抗してくるあの部署が悪いのである。が、それに出し抜かれたという屈辱は計り知れない。
ひき肉と白菜をぐちゃぐちゃと仇のように粉砕しながら大量の生姜の匂いが家に充満する。どうせ生姜はすぐに消えるし、安室透の家だから別に私には関係ない。
キャベツもいいが白菜もいい。今日は皮肉なことに時間があったから自宅に寄る時間があった。徹夜の体で風呂に入り、服も代えた。自家製味噌も持ち込んだ。漂白剤まで使って洗濯をし、風呂場もカビキラーを噴射した。もう、執念である。ストレスが溜まった時、料理という単純作業は無駄に頭を使わないから良い。


「頼まれていた資料です」


上司がラフな格好をして入ってきた。封筒の方に座り手にとる。私は机の半分にボウルとトレーを置いてひたすらに餃子を包んでいた。
それにしてもやはり腹が立つ。これは時間が必要だ。あいつの勝ち誇った顔をぐちゃぐちゃにしてやりたかった。傷に塩を塗るとはこのことだ。かちかち山の狸のように火をつけて溺れろ。謝罪周りをした時の遠回しに嘲笑うあいつの顔は暫く忘れてやらない。くっそ本当にこんな屈辱は久々だ。


「……おい」
「なんですか」


真正面の上司が突然声をかけてきた。ふと手をとめて顔を上げる。


「作りすぎじゃないか?」


それ、とゆびさしたトレーの上にはいつの間にか大量の餃子。


「そんなことないですよ」
「苗字、俺たち二人で食べるんだぞ」
「冷凍すればいいですから大丈夫です」


ストレス発散で作っていた餃子は想像以上に多かった。


「いざとなったら私が持って帰りますから」
「それにしても作りすぎだろ」


まだ皮もタネもあるし、と呆れた声を出す。それに少しむすっとしながら首を傾げた。多い多いというが、餃子は大量に食べられる。大量に作って大量に食べる、そしてストレスを水に流す。一番の発散法だ。


「そんな言うほどですか?」
「どんな胃してるんだよ」
「降谷さんこそ働き盛りの三十路でしょ」
「三十路は関係ないだろ、それ言ったらお前もだから」
「まだ二十代」
「俺もだ」


釈然としないまま私は作る手を動かし始めた。


「それより、資料はどうでしたか」
「ああ、助かった」


それ以上言葉を紡ぐ気配がないから、恐らく私の仕事は今はない。
餃子の皮を左手に乗せて、タネをスプーンで掬って乗せる。その周りに片栗粉を溶かした水で円を描いて、黙々と餃子の形を作っていく。


「……何見てるんですか」


視線を感じて、手を止めずに言った。


「手際が良いなと思ってな」
「ただの慣れです」


私の家では小さい頃から餃子を包むのは子供の役目だった。小さい頃から包んでいれば嫌でも手際は良くなる。味付けも含めて、餃子という料理は家庭の個性が色濃く出る料理の一つだと思う。私は味噌を隠し味にいれるし、大蒜よりも生姜、韮よりも葱だ。椎茸があれば尚良し。
未だ目線を外さない上司に痺れを切らして顔をあげた。


「なんですか包みたいんですか」
「……いいのか」
「子供ですか。包むなら手を洗ってください」


いそいそと立ち上がる上司を奇異な目で見つめた。
準備をして私の手の動きを見るその視線が擽ったい。純粋な好奇心の視線が、馬の合わない上司からくるものだと思うと本当に複雑な気分である。
見様見真似で動かし始める私より大きくごつい手は器用である。


「餃子包むの初めてですか」
「ああ、初めてだ」


私よりは流石に一つにかける時間は長いが、それにしても初めてにしては圧倒的に綺麗だ。こんな所まで器用を発揮する上司にむかつく。


「こんなものか?」
「……初めてのくせに綺麗なの腹立つ!」


私の言葉に噛み付くこともない少し得意げな様子が余計に腹が立つ。
やがていつの間にか無言で二人で包んでいた。


「……美味いな」
「そりゃそうですよ、私の餃子舐めないで下さい」


焼いて焼いて焼きまくり、あんなに上司が呆れていた大量の餃子は、白米とともに二人の胃の中に消えていった。


20171031
title by Rachel