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事件は眠りの小五郎によって解決された。幾ら演出の為だと謂えども、トイレの床に直に座る人の気が知れないと思いながら他人事のように推理を聞いていた。実際他人事である。私は犯人ではないのだから。
やっと完璧に容疑が晴れ、美和子に労いの言葉をかけられながらそそくさとその場を後にした。真っ赤なドレスは目に余る。タクシーを呼んで帰る他ないかと、ホテルの外で携帯を取り出した時だった。


「苗字さん」


嫌な声に私は無視を決め込みたかった。というか決め込んだ。聞こえないふりをしたが、近づいてくる足音に私は動くことが出来ない。そして子供は案の定、私のドレスの裾を引っ張って当てつけのように声を大きくした。


「苗字刑事!」
「何かしら、コナンくん」


笑顔を振りまいた。玄関から少し離れた駐車場にはすでに人も殆どおらずコンクリートの上に風に吹かれる。連れはどこに行ったのか、子供のそばには誰もいなかった。


「お姉さんも車待ち?」
「ええ、そんなものかな」
「僕もなんだー」
「皆と一緒に帰らなかったの?」
「沖矢さんが迎えに来てくれるっていうから、僕だけ待ってるの」
「そう」


私の前でわざわざ沖矢昴の名前を口に出す時点で、此奴が何かを企んでいるのは明白だった。にこにこと笑顔を崩さない子供に嫌悪感しか抱かない。


「お姉さん、沖矢さんと知り合いなんでしょう?」
「彼とは知り合いでも何でもないよ」
「そうなの?おっかしーなー、沖矢さん苗字刑事も一緒に送っていってあげるっていってたよ」
「はあ?」


思わず本音が出てしまう。一体この二人は何を企んでいるのか。皆目中身の検討がつかない。


「一人で帰れるから大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないでしょ?わざわざ護身用にナイフ持ち歩いてるくらいなのに」


まだ、怪我治ってないんじゃない?、と朗らかに聞いた。それを敢えて切り込んでくる子供。もうこれは賭けなんだろう。


「何のことかしら」
「高木刑事の鞄に忍ばせたのは良いけど、あれ、見る人が見ればバレバレだよ」


見る人って誰だよ、君は何者なんだよ、という突っ込みが喉まで出かかった。
美和子の身体検査で、外に出る時に高木刑事の鞄に滑り込ませ、そして帰ってきた時に取り戻した。要は掏摸だ。
現役警察官にはばれておらず、こんな子供にばれるなんてその事実の方が異常だ。


「もしかしたらいい事きけるかもしれないよ?何も無いお姉さん」


何もない、無、ゼロ。
回りくどいがまんまだ。まあ、沖矢昴=赤井秀一という予測が事実であり、沖矢昴と江戸川コナンの繋がりは確実な今、赤井秀一と江戸川コナンが情報を共有していても何ら不思議はない。来葉峠の件で赤井秀一は私を認識しているだろうし、降谷の存在がバレているのだから私の正体もバレバレだろう。


「例えばどんなことかしら」


私はにっこりと笑ってしゃがみこんだ。彼と同じ目線になる。突然彼の顔が引きつった。
大人を舐めてかかると痛い目を見る。特に私は赤井秀一や安室透ほどこの子供を甘やかす気はさらさらない。本人は気づいているのだろうか。思った以上に彼は庇護されている存在であるということを。無意識にくるまれた綿の中で優しく強気でいられるということを。
ぴとり、と首筋に手を当てた。脈が早い。顔は引きつったまま、動けないようだった。なんだかんだ子供なのかと内心呆れた。
手も、足も、発展途上で細い。女の私でも簡単に折ってしまいそうだと、軽い音が脳内で鳴った。


「戯れはそこまでにしてもらおうか」


突如鋭い空気が背中に刺さる。手を離さずにゆっくりと声の方へ向けば、その鋭い空気を出したのが嘘のように車の窓から顔を出す短髪の男が見えた。一瞬の鋭さは消え、ただの底知れない貼り付けた笑みを浮かべる。


「あ、沖矢さん」


子供の声がそちらをひきつけた。窓から覗いた顔を私ははたと見つめる。ゆっくりと餓鬼の首から手を離した。


「これはこれは、素敵なお召し物で」
「ありがとうございます」


互いに貼り付けた笑みで攻防だ。嫌味か。中身を知った上で、きちんと話すのは今回が初めてであり、その中身とも真面な状態で話すのは初めてである。真面と言えるかはわからないが。
立ち上がって窓に近寄る。


「坊やから聞きましたか」
「ええ。何故、私を?」
「貴女には断れない理由があるはずだ」


貼り付けた笑みはもう少ししたら罅が入るだろう。会話が成立していない。
下から見上げる子供はよく分かっていないのか、交互にこちらの顔を見ながら話の流れを把握しようとしているように見えた。
少し沈黙して、口を開く。


「……何もお話することはありませんよ」


話もしない代わりに、こちらも話を聞かないという無言の譲歩だった。


「私が、お話したいことがあるのです」
「利などないですよ」
「得がないとしても、損もないかと」


食い下がるこの人の笑みに、選択肢など端からないと知る。
扉が開き彼が出てくる。幾分高い彼は私の方を見向きもしないまま、後ろの扉を開けて促した。それはさながら執事のよう。なんと野蛮な執事だろう。羊の皮を被った狼の思惑など、私の頭では図ることなどできない。










「で、ビユロウのエースである貴方が、何の御用でしょうか」


黒の革張りのソファに沈んだまま正面を見つめた。コーヒーを持ってきたのは赤井秀一、その人である。沖矢昴がどこかに消えたと思ったら、赤井秀一が出てきた。もう隠す気はないのか、おい、FBIよ。
真正面に赤井秀一が座り、その横にちょこんと江戸川コナンが座っている。その目はどこか鋭い。
途中ユニクロに寄って貰い、レッドドレスを着替えた。今は元々すぐに取れるようにして結っていた髪の毛も解き、格好もシャツに黒のパンツと、ラフだ。
コーヒーを飲んで、一息をつく。そう焦るなと、言外に呆れられているようで鬱陶しい。


「単刀直入に言おう。FBIに興味はないか」
「……は?」


何を言っているのだ、この男は。堂々と公安に姿を現しておいて、その上でヘッドハンティングをしようとしているのか。意味がわからない。


「峠での君の銃捌きと機転はなかなかのものだった。大方、俺たちを捕まえる気はなかったんだろうが、カモフラージュには最大限効果を引き出せただろう」


男の言葉の真意を探る。私の目的を知った上で、何をふっかけてくるというのか。隣にいる子供の表情もこちらを窺うばかりで、何もわからない。
FBIに引き抜き、という彼の言葉を馬鹿正直に受け取るならば、恐らくそれは日本の公安警察の情報を握るため。スパイでもやらせる気か。
そして、この話し方と雰囲気で赤井に私が助けられたことをきちんと把握している。そのネタが切り札になるかどうかのその見極めすら、今ここでしようとしているのか。


「褒められているのかどうか、複雑ですね」
「人の言葉は素直に受け取っておいた方が良い」


表情を変えずにこちらを見つめてくる碧の瞳は何を画策しているのか。
私が対峙しているのは、FBIのエースなのだ。蛇に睨まれた蛙とはこのことだ。


「何故日本人の私が、態々米国の調査官に」
「そんなもの、グリーンカードをとればいい」
「馬鹿な」


鼻で笑った。そんな私に反して、至極真面目な顔をして片眉をあげた。


「何も馬鹿ではない。実力のある者を引き抜く。ただそれだけだ」


簡単に言ってくれる、と呆れた。
本気で言っているのかもうよく分からない。いや、多分揺さぶりだろう。
これで万が一乗ってきたら儲けもの、くらいだ。公安警察をFBIにヘッドハンティングなんて聞いたこともないが、米国の基準なんてよく知らない。
もし私が承諾したら、公安の握っている情報をつかめるかもしれない、という霞む程の期待。それくらいだ。メリットが無いくせに簡単に組織を乗り換える人間は、どこの国でも信用されない。win-winな状態でなければならない。その点、外国の方がシビアである。そもそも引き抜きに見合う実力などありはしない。こういう人間程、消費されて捨てられる未来しか見えない。どちらにしろFBIに損害は一切出ない。
嫌になる。


「そもそも、このように姿を晒して、私が上に報告するとは思わなかったのですか」


幾ら、少し前に証拠が掴めなかったとして、赤井が降谷に忠告をしたとして、事実を掴んで黙るようなそんな融通のきく組織ではない。


「君はしないだろう」


そうあっけらかんと言う彼に目が点になる。


「君はあの時点で俺たちを捕まえようとしていなかった。あの銃が何よりもの証拠だ。タイヤをパンクさせるならもっと撃てる時はあった。それをわざわざ、俺に合わせた理由はなんだ」


それは問いかけではなく、ただ事実としての羅列だった。それを隣の餓鬼は子供とは思えない真剣な眼差しできいている。気づいたら飲んでいるものもブラックコーヒーじゃないか。どこまで子どもらしくない餓鬼なんだ。


「あの様子だと、あれは君の独断だったらしい。そして君は彼の右腕とも謂われる程の立場だ。その君があのような行動に出るなんて、どうやら公安は一枚岩ではないようだ」


こちらを見つめる碧の瞳は私を捉えて離さない。口元にあてた白く長い骨ばった指が綺麗だった。


「何も言わないならいい。」


口を開かない私に、赤井はあっさりと手をあげた。


「要件はそれだけだ」


言外にもう帰れと手を払う赤井の錯覚をおこした。狐につままれたような気分だ。


「……は?」


思わず言葉を漏らす。横の子供も私と同様なようで、赤井の方を向いて口をあんぐりとあけている。それに構うこと無く、彼はソファから立ち上がり去ろうとする。


「ちょっと、」
「ああ、そうだな、送るか」


部屋からさっさと出ていこうとしてしまう彼を思わず呼び止めた。振り返って、真顔でそのようなことを言う。会話が成立していない。


「結構です、ってそういう訳ではなくて」
「ああ、いつでもFBIは君を歓迎する」
「だから、」
「言っただろう、得になりえなかったとしても、損にもならないと」


本当に話は終わりのようだった。赤井に駆け寄る子供も適当にあしらわれている。
私は流されるままに、玄関に帰る。


「次こそ、元気な君に会いたいものだな」


段差越しにさらに見下ろされて彼は事も無げに言った。
あの時のことを、覚えている。


「会わないことを願っていますよ」
「そんなことはありえないさ」


少しだけ口角をあげたような気がした。
どこまでも、彼の独壇場から抜け出せなかった。
赤井の隣に立つ子供も、何も言わないが表情は酷く不満げである。
この場で納得しているのは一人だけだ。


「では」


工藤家の敷地から足を踏み出す。少し振り向いてから、苦虫を噛み潰したように眉間に皺が寄っている。ため息をついて駅の方へ歩き始めた。
完全なる牽制だった。命の恩がある上に、それを抜きにしてもそもそもがFBIを捕らえる気がなかったとバレている時点で、今私が赤井の情報を報告するとは考えにくい。相手は何も失うものがないのだ。寧ろ不安定だった私と赤井の繋がりは、今日で確実なものになってしまった、という、現時点ではFBIに優勢な糸。加えてあわよくばそれ以上に何か得られたらという気紛れさ、翻弄されただけのこちら側。そして私は、完全に知ってしまったくせに、見て見ぬ振りをしなければならない。雁字搦めだ。流石上手というところか。圧倒的だった。

暫く歩いたところで鞄を触る。早くハイヒールを脱ぎたい。お目当てのものを見つけ出しそれを掲げた。物を確認してからぐしゃりと爪で潰す。


「まだまだあまちゃんだわ」


おそらく盗聴型発信機だろう。一応科捜研に届けようと、ティッシュでくるんでポケットに入れた。工藤家に入るまでにはなかったものだった。赤井がつけるとは思えないから、恐らく犯人はあの子供である。あの会話で赤井が私に発信機をつける理由がない。
何か聞けやしないかと躍起になってつけたのだろう。あの人が簡単に情報を漏らす訳がない。その部下となれば、上司よりもまだ取り入りやすいと舐められたのか。皺が深くなる。それも含めて、公安の私だったからよかったものの、いや、犯罪としてはしょっぴく案件だけれども(管轄ではない)、危険人物に対して軽率に攻めるのは、自身の安全をも脅かすことになる。このような部分が、まだまだ青い。私も大概青いが、危ない勢いだ。
それもこれも、周りの大人が甘やかすせいだと自分の上司を棚にあげてFBIを恨んだ。


20171020
title by Rachel