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「お疲れ様でしたー!苗字さん!!」
「はいはいありがとう、無事帰還しましたよー」


口々にお疲れ様でしたーと野太い声をかけられる。それに気怠く返しながら自身の席に座った。右端には山積みの書類と左側には差し入れが沢山乗っている。気が利く部下を持って私は幸せだ。早速山の一つからアルフォートを取り出して食べ始めた。美味しい。いつもの如く椅子をぐらぐらさせながら一番上の書類に手を伸ばす。


「苗字さーん、追加の書類届きましたー」
「え、ちょっと待って。これで全部じゃないの」
「まだ別室に山がありまーす」
「もしかして、あといくつ」
「3つです!」
「そんな元気に言うんじゃないっつの」


思わず吐き捨てた。私より1つ下の年齢の彼は律儀に敬語だ。机をよく見ればすみませんと殴り書きされたお菓子や差し入れがちらほらと見受けられる。


「……誰がこんなに溜め込んでたの馬鹿野郎!細山ー!」
「俺だけじゃないすよ!!」
「あんたも入ってんでしょどうせ!」


遠くの机から声が飛ぶ。その近くにいた若者も一緒に首を縮めたのを視界にいれて、もう一人も確保。ため息をついて改めて見れば、確かに彼らの担当ではないものも多数紛れ込んでいるから、恐らく時間と裁量が上手く噛み合わなかったのだろう。完全復帰早々今日は帰れないな、とロッカーにある着替えを記憶に過ぎらせた。








「ねえねえ、高木刑事ー。あの新しい女の人はいないの?」
「ん?ああ、苗字さんのことかい?」


いつもの如く事件に遭遇して思ったこと。最近よく見かけていた新しく移ってきたという警察官を見かけなくなっていた。
初対面、捜査一課に女性というのは佐藤刑事以外見たことがなかったから少し意外だと感じたのを覚えている。佐藤刑事のように男勝りな性格ではないのか、どこか地味で、正直あまり積極性は感じられなかった。与えられた仕事を淡々とこなすような、そんな堅苦しさ。その印象で終わるはずだったものが、黒い染みを残した。安室透を見る瞳と覇気。ただの消極的な女性が、その時だけ酷く濃い念を纏った。その違和感が目についた。一か八かで賭けてみると、案の定こちらに目を向けられる。つつかれるとやばいのはこちらも同じだ。皮肉にも途中入ってきた安室さんのおかげで、追求は途絶えた。へらりと笑った完璧な表情。一瞬ちらつかせた重い殺気。空気に溶け込むのが上手いその雰囲気さえ、今思えばカモフラージュのようにも思えて仕方なかった。


「あの人は短期の研修で来ててね、もう期間が終わったんだ」
「違う部署の刑事さんってこと?」
「そうなんだよ。どこの部署所属か僕も知らないんだけどね」


笑って高木刑事が言った。掻い摘んで内容を聞きながら、今時公務員内で異動ではなく研修があるのかと内心苦笑いする。研修だったから、俯瞰的な立ち位置にいたのだろうか。


「研修って、どこから来たのか知らされないものなの?」
「いや、普通教えて貰えるものなんだけど、彼女は少し特別だったみたいでね」


そう言葉を濁した。仮にも警視庁の警察官にさえ、仲間内にさえも表面上教えないその意味とはなんなのか。その事実が、寧ろ本当の事実を浮き彫りにした。


「ありがとう、高木刑事」


にっこり笑って、後にした。このタイミングでこの事実。こちらは本当に偶然なのかもしれないが、それだとしても思考はどうしても繋がる。
遠巻きにみていた彼に近づいた。


「ねえねえ、沖矢さん」
「どうしました」
「沖矢さん、前に苗字って警察の人に話しかけたよね」


そう、少し前の事件の時に、自らその人物に近付いて名前をきかれていた。俺が注意を向けていた人物だったから、後々不用意にあの人に近づかないでねと注意した覚えがある。


「そうだったかな」
「もしかして、知り合いだった?」


糸目をそのままに彼がしゃがんで自分と目線を合わせた。掴み所のない表情が薄っぺらい。


「いいえ、初めて会いましたよ」


それは沖矢昴としてか。それとも。この姿で聞く事じゃなかったと肩を落とした。








「以上、解散」


地響きのようなお腹に重くのしかかる音が鳴る。三々五々と椅子から立ち上がり自分の部署へと戻っていく。私はぼんやりと突っ立って、その状況を眺める。隣にいた人間も帰ろうと席を立ったので、腕を絡めとった。


「うお、なんだよ」
「休憩行くぞー風見」
「え、お前一人で行ってこればいいだろ」
「固いこと言わずに」


これ、私の机に置いといて、と書類を風見の部下に渡して引きずっていった。


「で、なんだよ。こんな寒い日に外とか」
「来るような物好きなんていないからでしょー?」


風見はホットの缶コーヒーを持ちながら、私はロイヤルミルクティーを弄んだ。風も強い今日、盗聴器が仕掛けられていないことも確認し、塀にもたれる。冬の空は高く、霞んだ雲が薄墨色をした空に流れている。ここから見下ろせば灰色の建物ばかりで、酷く味気ない。刺さる冷たさだけが目に痛かった。


「あんたさ、今回の作戦どう思う」
「……俺が言うことじゃない」
「相変わらずあの人に首ったけね」
「そういう訳じゃない。今回は上からの命令だろう」


苦虫を潰したような顔を向けられ、言葉にはしないが思うところがあることを言外に伝えていた。
上からの命令であるが、うまく唆した一端は上司が担っているのだろう。自分の力で捕まえるのなら、今回を利用しない手はない。だが、それだけであり、その後のことは余り考慮に入れられていない。


「そうだけどねえ。この作戦、上手くいこうがいかなかろうが、結局皺寄せ来るのは現場じゃない」
「いつもの事だろうが」
「それでもよ。上手くいったら米国との関係はさらに悪化、上手くいかなくても今回の感じだと責任とらされて謹慎で済めば万々歳って所かな」


大国が誇る捜査機関の、そのエースを捕まえるのだ。それが上手くいったとして身柄拘束というだけで国際問題であり、唯でさえ良好とは言えないパワーバランスはさらに崩れる。そしてそれが最終的に犯罪組織への生贄まで行ってしまうのであれば、もう実質戦争だ。
かといって、この作戦をわざと失敗させるわけにもいかない。失敗の程度によって、先の会議の雰囲気を見ると良くて謹慎、悪くて左遷のペナルティは課せられそうだ。実質懲戒免職通告。課せられる相手は降谷か、私か。現在の臨時責任者であれば私だが、本来の責任者は彼である。潜入捜査官であるということを考慮に入れられるのならば、最悪の場合切り捨ての可能性も無いとは言いきれない。それだけは避けなければいけない。それ程に大掛かりで、粗雑な今回の作戦。


「………風見、あの人のこと頼んだ」


風見がこちらを見て目を瞬いた。そして深くため息をつく。


「無理はするなよ」
「分かってる」
「どうだか」
「なに?」
「なんでもない」


おらそろそろ帰るぞ、と風見が私を置いて扉へと向かう。


「ちょっと待ってよ」
「降谷さんの件だけどな」


後に続こうと歩き出した途端、こちらを振り返った。


「あの人のことは勿論大事だが、同期のお前も、俺は同じくらい大事だと思ってるぞ」


表情を変えずに、淡々と言い放つ風見に思わず足が止まる。そして駆け出した。


「うおっ、危ないだろ!」
「風見って本当いいやつだねえ」
「コーヒーが少し溢れただろうが」


迷惑そうに首を捩った。


「この作戦終わったらさ、久しぶりに焼肉でも行こうよ」
「いいな」
「よし、そのときは風見の奢りで」
「はあ?!同期だろ」
「えー何聞こえないー」
「フラグだわ横暴だわお前は……」


がっくりと肩を落とした風見を引き摺って、書類の山が待ち受ける部屋へと向かった。


20170127
title by Rachel