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その後、数回事件現場に出動したが、その場には常にその少年もいた。もう怖い。小学生怖い。高木に聞いたらこの少年が事件に出くわすのは日常茶飯事だそうで、三度目の出会いでもう、この子は死神なんじゃないかと思った。
ぼんやりと壁の花になりながら、事件の経過を見守る。警視庁に行けば報告書が待ち受けていて、警察庁に帰れば、部下の報告書のチェックと安室透の報告書が積まれていることだろう。それに加え、そこから次の報告書と、私自身の研修報告書もそろそろ提出しなければならない。そういえば、そろそろ1ヶ月が経つということは上司の家事サービスが迫っている。
さすがに、警視庁、公安としての指揮官代理と安室透の補佐、という実質トライアングルな役割をこなすのにも限界が来ていた。元々真面目な性質ではないので、手が抜けるところは最初からとことん抜いている。それでも、だ。睡眠は殆ど取れていないし、気を遣うのも精神を消耗する。研修が始まったときから、それは覚悟して、仕事が出来る体ではいかないと決めた。自意識過剰であるが、相手側の期待も様々であるし、私自身も人間の本能として出来るだけ良く見せたいものである。しかしそんなことをしていたら務まらず、得てして人間の社会というものは、出来る人間に仕事が多く回り忙しくなるのが常である。それならば、笑って貰える範囲内でぼんやりしたキャラクターを作りあげた方が賢明である。
ここにいる私はただの研修に来ている一介の警察官。頭を休めることも時には大切である。


「あの、呼ばれていますよ」


壁の花から壁に溶け込もうとしているくらいに、ぼんやりしていた。本当に限界が近いらしい。慌てて口角をあげ、お粗末な笑顔を作った。


「すみません、ありがとうございます」


あの少年たちと共に事件現場に遭遇した目の細い青年だった。確か、大学院生だと聞いた気がする。


「ええ、構いませんよ。大分お疲れのようですね」


にこやかにそう言われ顔が引き攣る。一般人に気づかれるほどの疲労感はデメリットでしかない。
下から見上げるこの身長差でも見えない細目は珍しい。優しげな風貌に反して、どこか食えない印象を受けるのは気のせいか。


「お気遣いありがとうございます。あの、お名前お聞きしても宜しいですか」


頭か働いていないまま聞いていた。


「沖矢昴と申します。あなたは?」
「苗字です。苗字名前」
「素敵なお名前ですね」


使い古された常套句だが、それでも西洋被れした寒い台詞である。つまり、日本人が軽々しく言えるような台詞ではない。


「おい!苗字!行くぞー!」
「あっ、すみません。では」


千葉の声が遠くから聞こえた。









「はあ?!」
「上司に向かってその態度はなんだ」
「そりゃそうなるでしょうよ、馬鹿ですかあんた。なんでコードネーム言っちゃったんですかそれであの子供にばれてるって」
「煩い、もう終わったことは仕方ないだろ」


今日の献立は豚の生姜焼き、玉葱と揚げのお味噌汁、大根おろしとなめ茸、卵焼きとほうれん草のお浸しである。今回は手抜きだ。疲労が溜まっているお互いのために、特に私自身が食べたいものを最優先した。人間が疲れて食べたいものなど大体わかりやすい家庭料理なことが多い。野菜もいつもよりはたくさん摂れない。その代わりにストックは野菜ふんだんに栄養満点にした。少し気合いを入れればもう栄養士の資格がとれるんじゃないかと最近思う。

白米をかきこみながら、目の前の上司が言った。お互いにトリプルワークをこなしている間に、彼は着々と毛利小五郎の懐に入り込み、パソコンをハッキングし、組織の元研究者である宮野志保を偶然発見したという。そして、それを差し出して組織の中枢に潜り込もうとしたようだが、ベルモットの策略により列車は爆破。それにより宮野志保諸共藻屑となった、らしい。しかし、それよりも何よりも上司にとっては、赤井を確認したことの方が何よりも重要なことであるらしい。


「何はともあれ、赤井が生きていると仮定するならあの焼死体の捏造が必要となる」
「それはもう、調書では証明不可能ですよ」
「その裏が取れた」


上司の話によると、今の部署である警視庁刑事部捜査一課強行犯捜査三係の巡査部長、高木渉が口を滑らしたらしい。あの馬鹿。警察官がそんなに口が軽くてどうする。日本の平和ボケは深刻だ。


「9割9分、赤井は生きている」
「はあ」


上司の顔を見る限り、一応彼には赤井をしょっぴく事で黒の組織の中枢へ潜り込む足掛かりとする大義名分を掲げているみたいだが、第三者から見るとただの私怨にしかみえない。幾らこちらが公安だといえども、相手だって大国の捜査機関の捜査官だ。そう上手くいくとも思えないし。


「それで赤井がなりを潜めている偽者のことだが、」
「降谷さん」


お椀を置いて彼の言葉を遮った。彼の顔が不機嫌そうにこちらを向く。


「なんだ」
「赤井を追うことが結果的に有益になる可能性がある現在はいいですけど、あなたの私利私欲だけになった瞬間、私はあなたを撃ち殺しますからね」


だから安心してください。
冷えた瞳と熱しきった瞳がぶつかる。かっと赤く光ったのを見て私は視線を下に降ろし卵焼きにと手をかける。私は卵焼きが大好きだ。好きな卵料理の中でも3本の指に入る。卵焼きというものはシンプルであり家庭で日常的に作るものだからこそ奥が深くこだわりが出る。ちなみに私は甘い卵焼きは好きではない。それは寿司だけ許される。塩、醤油、砂糖、もしくは出汁汁、百歩譲ってめんつゆだ。今回は醤油と砂糖のオーソドックスな卵焼きだ。上司の好みなど聞く気すらなかったが、甘くない卵焼きに対して何も言わずに平らげている。


「上等だ」
「ならいいですけど」


皮肉に笑った。やっぱり市販の味噌だと味が変わる。自分の家の味噌を持ってこようかしら。そんなことをしたら万が一ここがバレた時に変な鼻のきく奴に、味噌で繋がりを当てられてしまうかもな、と下らないことを考えた。


「で、沖矢昴だ」
「……は?」


思わず手を止めた。ぼんやりとしていたら言葉を逃した気がする。


「少ない脳味噌かき混ぜて聞け!」
「はいはい。沖矢昴がどうしたと」
「だから、赤井の隠れ蓑はそいつの可能性が高いと言ってるんだ」


沖矢昴。東都大学院工学部所属。最近阿笠博士の隣、工藤新一宅に仮住まいしているらしい。あの子供も所属している少年探偵団とも仲が良く、隣家によく鍋を持って現れる。私が前に調べた人物の内容はざっとこんなものである。


「赤井が消え、暫くして江戸川コナンの近くに出現した人間はそいつしかいない」


不思議なことにこれだけ気持ち悪くついてまわっている安室透は沖矢昴と顔を合わせたことが無いらしい。それはただ安室透が気持悪くて避けられてるだけではないか、という冗談はさすがに心の内に留めておく。


「沖矢さんねえ…」
「何、お前は会ったことがあるのか!?」
「事件の時に少し」


そうだ、何故か知り合いになる程の利益を感じない人間に対して、フルネームまで丁寧に自己紹介してしまったんだった。その沖矢昴だ。なぜ、そんなことを私はしてしまったのか。


「何か気になることはあったか!」
「いやー、うーん、好青年でしたよ」
「使えない」


盛大に舌打ちをされた。
強いて言うなら、初めて会った気がしないのと、底知れなさ。


「曖昧すぎる」
「分かってますから」


どうせ私が何を言おうと、自分の推理を確かめるべく乗り込むくらい軽くするだろうから、私の言葉などあってもなくても変わらないのだ。


20170115
title by Rachel