博士の家について顔を合わせた時の彼女はやっぱり少し緊張していたらしく、軽く噛んでいた。それに灰原がふっと笑った。 そして彼女がリュックを下ろして取り出したのは、キャラメルブレッドだった。チャックを開けるだけで匂いが濃くなる。やっぱり、と合点がいった。彼女の体全体が砂糖を焦がしたようなひたすらに甘い匂いだったのだ。
「……哀ちゃん喜んでくれたのかな」 「喜んでたよ」
あまり変化のなかった表情に見えたのか、俺の家の方に移動しながら呟く。しかし、それは違って、渡されたとき灰原の目が少しだけ大きくなり、そのあと微かに笑っていたのだ。彼女なりの隠しきれなかった感情だろう。
「なにこれ!!一面本じゃないですか!!」
高い天井まで積み上げられた埋め込みの本棚を見ながら叫んでいた。
「いや…これは家にあるレベルの書斎じゃないよ」
移動梯子まであるじゃん!と、まるで遊園地にでも遊びに来たみたいにはしゃいでいる。そんなみょーじを見るのが珍しくて、無意識に頬がゆるんだ。
「俺が物心ついたときからこんなだからなー。そんな言うほどか?」 「工藤くんの贅沢者!普通書斎っていう書斎もない家の方が多いのに!こんなシャレオツな…」
テンションの上がりようについていけないが、とにかく喜んでくれたようでよかった。 暫くいろんな棚を見てははしゃぐそんな後ろ姿を眺めた。すると突然ばっと振り向き俺の方を向くから、どきっとする。
「工藤くん、」 「な、なんだよ」 「私この家に住みたい!」 「はあ!?」 「だって今人住んでないんでしょ?私がここの本読むまでだけでいいから住んでみたいの!」 「んなこと言ったってなあ!」 「あ、ここから江古田通うのは辛いかー。うーん…寧ろ夏休みだけでも…」
なんだか1人で自分の世界に入り込んだから放っておく。 なんだかんだいって、そんな1人で住まわせるなんてさすがに出来ないし、彼女にはちゃんと両親がいて帰るべき場所があるのだ。
(……俺の嫁になったら、なんて)
自分が考えたことがくさすぎて彼女から目を逸らした。
20140724
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