きらきらと街が輝いてみえた。スパンコールをまぶしたかのように、日本とはまた違う瞬きを見せる。もう何度目かは知れないが、ここまで大きなワールドツアーを敢行するのは私が知る限り初めてだ。 何度も彼のマジックを近くで見てきたけれど、ここまで大きな舞台で見ることは殆どなかった。 国内を飛び出して、海外までも、彼の腕の中は広くなった。この若さで、世界中で名を轟かせ、たくさんの人を幸せにする。 彼は、既に、自他ともに認める一流マジシャンだった。彼は、笑ってまだまだと、父親のことが頭に浮かんでいるのか、謙遜する。
今回は、珍しく、彼からチケットが届き、過去最大のワールドツアーだから是非来てほしいと国際電話で、やり取りをした。 だから、私はラスベガスにやってきた。彼は仕事の合間を縫って、私の為に時間を作ってくれ、私は久々の旅行として楽しんだ。
快斗くんがとってくれたのは、ワールドツアーの最終日、千秋楽だった。チケットは即日完売、私の席は真ん中の特等席で、様々な国籍の人で満員だった。
彼がみせてくれた世界は、煌びやかで、今まで以上に素晴らしかった。何より、誰もが、彼の魔法に驚き笑い、幸福になれる、そんな姿を見て、私は泣きそうになるほど幸せで、誇らしかった。私の功績でもなんでもないのに、彼が胸を張って、綺麗な笑顔で、魔法をかけていることが、とても素敵で、また私は、何度でも、好きになれると思ったのだ。 魔法の時間はあっという間で、帰り際にもたくさんの余韻を降らせて終了する。スタンディングオベーションで彼は迎えられ、紛れもなく、大成功で終了した。 観客が皆帰っていく中、私は余韻に浸って真ん中の席に座り続ける。 彼から、最後は一緒に帰れるだろうから、終わるまでその席で待っていてほしいと、言伝を受けていた。 最後まで残っていると、スタッフもいなくなり、快斗くんも袖から出てこない。段々と証明も暗くなっていくから、もしかして、最後まで残っているのではなく楽屋に来てでは?と、思い立ち、席から立ちあがったところだった。 バチン、と電気が一斉に消え、一瞬真っ暗になるが、ぼんやりと、ステージが浮かび上がる。 そこには、真っ白なシルクハットを被って真っ白なスーツを着た、彼がいた。 あまりにもびっくりして、目を瞬かせる。その姿は、まるで、あの時期の彼だったからだ。
「束の間の時間を、私にくださいませんか。今宵、あなただけのショーを」
身体を動かせないでいると、彼はそのまま、シルクハットをとって投げる。マントもモノクルもつけていないその姿は、ただの世界に名高いマジシャンである。 彼は、私を見て、少し微笑んで、これまで以上にきらきらと私に魔法を見せる。
「前に出てきてはくれませんか」
彼の言葉のままにステージ近くに行くと、彼は私の手を取ってさらに魔法を降らせる。きらきらした透き通ったキャンディ、花、星、まるで小さな子どもに戻ったみたいに、彼は私に魔法を降り注ぐ。 先程まで、満員だった会場は、私と彼の、たった二人きり。世界に二人だけしかいないみたいだ。 いよいよ、クライマックス。シャワーのように降り注ぐ魔法に、きらきらしながら見ていると、彼は、最後に、彼はこちらを見て、にやりと笑った。
「スリー、ツー、ワン」
ポン、と一輪のばらが、彼の手の中に出現する。いつの間にか、真正面に来ていた彼は、私を見下ろしたまま、手のひらの中にバラを持っている。
「なまえ、今宵のショーは楽しんでくれましたか?」 「勿論だよ。十分すぎるほどに」
先程のショーに、私だけの、ショー。私の好きなマジック、初めて見たマジック、私だけの、私の為だけのショーを彼は、私に魅せてくれた。幸福でしかなかった。 たった、二人だけの世界。 そういうと、彼は、かすかに微笑んで、肩を落とす。また、息を吸った。
「なまえ、ここまで来てくれてありがとう」 「こちらこそ、素敵なショーをみせてくれてありがとう」 「そして、願わくば、これからも、俺は、なまえと、生きていきたい」 「……え?」
流石に、私でも、彼が伝えようとしていることの重さを感じた。一瞬息が止まる。 すると、ポンと音が鳴り、その瞬間、彼が持っていた一輪のバラは、数えきれないほどの大きなバラの花束を彼は抱えていた。キラキラとした中から、彼の顔が見える。 そのまま、快斗くんは跪き、私にバラを捧げる。まるで、あの時の、怪盗さんのようで、これまでのマジックも全てが、走馬灯のように駆け巡る。
「これまでもたくさん心配かけたし、迷惑もかけた。喧嘩もしたし、泣かせたし、それでも、なまえと過ごす日常が、俺にとってはかけがえのない宝物で、これからも隣にいてほしい。ずっと、一緒にいてほしい」
抱えきれないほどのたくさんのバラが、私と彼の間にはあって、私は目を瞬かせ、彼が必死で、まるで緊張しているように伝えてくるその声に、私はなぜか、涙が出てしまう。
「俺と、結婚してくれませんか」
私の視界には、私を真剣な表情で見上げた、彼の顔が映っていた。私は、笑うと同時に、涙が目尻から溢れる。 私は、一歩近づいて、彼が抱えている手にそっと触れる。
「はい。私と一緒に、幸せになってください」
泣きながら、言った言葉は、彼に正確に届いただろう。彼は、一瞬きょとんとした表情をして、その後満面の笑みで、私の手を取って立ち上がった。 すると、パチンと、指を鳴らして、その瞬間、彼が持っていたバラの花束は、一瞬でなくなり、二人の頭上からひらひらと綺麗な花びらが降り注いだ。 まるで、夢のようで、魔法の中のようだった。
「ああ。勿論。二人で、幸せになろう」 「今でも、ずっと幸せだよ」
そう見上げて言えば、彼は親指で私の涙をぬぐい、ぎゅっと抱き締める。強く、抱き締められたその体に、私は全てをあげられる。
「あなたの苦しみも、寂しさも、私が盗んであげましょう」
あの時聞いたフレーズで、思わず、私は笑ってしまう。
「私も、あなたの苦しみも、寂しさも、私が盗んであげましょう」
そういうと、彼は、笑って、額を寄せ合いまた私を抱き締めた。
「愛してるよ」 「私も、ずっと、ずっと愛してる」
ひらひらと、バラの花びらは私たちを祝福するように舞い続ける。
彼の過去も、私たちの過去も、今の私たちも、これからの私たちも、私たちだけのものだ。誰にもあげない、誰にも邪魔させない。すべてが、かけがえない、私たちだけの魔法だ。
これからも、ずっと、ずっと、私たちだけの、
20200804 title by リラン
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