「なぜ私はここにいるんだろう」
空は近く水色に冴え、大きなガラスから溢れるばかりの光が丸い部屋を照らしている。 窓枠の手摺で空を眺めながら呟いたら、知らぬ間に横にいた新一くんが鼻で笑った。
「オメーが行くって言ったんだろ」 「言った。言ったけど殆ど決定事項だったんでしょ」
正論をぶつける新一くんにぐうの音も出ない。 きらきらとした青色の宝石。数々の対抗策を思い出す。 わたしのせいだってことも分かってる。私はため息をついた。
「次郎吉さんそろそろ忘れてくれないかな」 「無理だろ」
キッドキラーの新一くんは、隣で乾いた笑みを漏らした。
鈴木財閥の飛行船お披露目会、兼怪盗さんへの挑戦。 そんな名目の今日に、私まで呼ばれた訳。 次郎吉さんのたっての希望でのことだった。キッドキラーと「クイーン」。 結構前の怪盗さんの発言を、彼は忘れることなく寧ろ記憶は目覚ましい。園子ちゃんに話を持ってこられた時、正直今回私は断るつもりだった。これまでも色々あったし、園子ちゃんに何回も申し訳ないし、黒羽くんのこともあるし、私が近づいてもいい事なんてない。それでもとんとん拍子に話が進むから慌てて聞いたら、怪盗キッドへの挑戦にキッドキラーとクイーンを呼ばずしてどうする、と次郎吉さんの言葉そのままに言われた。目を瞬かせた。余計に渋る。申し訳ない。キッドキラーの新一くんは分かるけど、私がいたってどうしようもない。何も技術もない。多分怪盗さんは忘れてるし、どんな気で言ったのか私も分からない。 そもそも怪盗さんのクイーンって、何。 そんな渋る私が道を踏み外したのは、蘭ちゃんのお言葉。蘭ちゃんが渋る私を見て困ったように言ったのだ。飛行船の目的地は大阪。大阪では平次くんたちと会うらしく、平次くん、イコール和葉ちゃんに会えるということ。多分私も行くということを言ってしまったらしく、めちゃくちゃ和葉ちゃんが会いたいって言ってたと、お世辞も上手く入れてくれただろうけど、その言葉に私の心は単純だった。びば和葉ちゃん。私も和葉ちゃんに会いたい。 その顔をした私の一瞬を、園子ちゃんが逃すはずもない。 呆気なく私は、気づいたら空の上にいた。
「新一くんの有利になるようなことは何一つ知らないからね」 「何も聞いてねーだろ」
新一くんが呆れて言った。
「まだ会ってるのかよ」
少し拗ねたように口を尖らせた。
「うーん、最近はそんなに、かな」 「ふーん」 「そういえばコナンくんよ」 「なんだよ」 「怪盗さんの好きな人って知ってる?」 「は?!」
隣で大きな声で吹き出すものだから、遠くの人までこちらをちらりと見た。慌てて平静を保とうとする新一くんを心配しながらのぞき込んだ。ぶっきらぼうに手でつっかえす。
「な、んでそんな話になるんだよ!」 「キッドキラーのコナンくんなら知ってるかもと思って」 「知らねーよ!」 「そっか」
普通そういうものか。あわよくばと思って聞いてしまった。最近口がゆるゆるしている。気をつけなければ。
「そもそもなんでお前が気にするんだよ」 「わ、たしは、そう、怪盗さんが言うから」 「あいつが?」 「前に少しね」
曖昧に笑って誤魔化した。なんだか詳しく説明するのは恥ずかしかった。 鼻をこする。
「くしゅんっ」 「なんだ、風邪か?」 「誰か噂でもしてるのかな」 「気をつけろよ。てかそれよりもあいつの好きな奴って――」 「蘭ちゃん遅いから見てくるね」
私はへらりと笑って新一くんの隣から逃げる。
蘭ちゃんを探してふらふらしていたら、変な所に迷い込んだ。どこも綺麗だから全然分からない。もしやと思って開けてみた部屋からは煙の匂いがして、喫煙所だということを知った。すぐに閉めた。そこからまたふらふらして船内を歩き回っていたら、突如後ろから左腕をつかまれた。びくり、として後ろを振り返れば、藤岡さんだった。背が高く大柄な彼は、何を考えているか分からなくて苦手だ。
「な、んですか」 「ああ、すまない。人違いをしてしまった」 「そうですか、」
がははと笑って去っていく彼に少しだけ不気味に思う。 私と人違いするような人っていただろうか。 そもそも腕触らなくていいのにね。 触られた腕を擦りながら歩き出す。
「くしゅんっ」
空にも花粉症ってあるのかしら。
蘭ちゃんと無事に合流した。女子トイレで見つけたのであった。
「あ、蘭ちゃんだ」 「なまえちゃん?」 「園子ちゃんが一緒にランチどう?って」 「あ、もうそんな時間なんだね。ごめんね」
携帯にきていた連絡を見て謝る蘭ちゃんに気にしないでと手を振る。ついでに用を済ませて軽く髪を直していた時だった。
「ねえ、なまえちゃん」 「ん?」 「なまえちゃんってキッドと関わること多いわよね」 「うーーーーん、不本意ながらというか、なんというか、うん、」 「ちょっと聞きたいことがあって」 「え?」
思わず蘭ちゃんの方を向いた。そこには戸惑ったような、何かを抱えてしまったような、それでもそれを誰にも見せまいと覚悟するような、彼女の強さも感じるような瞳をしていた。 思わず目を瞬いた。
「……なまえちゃんは、キッドの正体は知らないのよね?」 「……え?」
思わず声が高くなってしまった。彼女は何を言っているのだ。
「ううん、やっぱり気にしないで。ごめんね、こんな事聞いて」
彼女ははっと取り繕ったように笑顔を見せて私に、園子と合流しましょう、と声音を明るくして背を向けてしまう。 何も聞けなかった。 なんで、蘭ちゃんが、そんなことを聞くんだろう。 なんで、どうして。 蘭ちゃんが、黒羽くんのことを知ってるというの。
何も言えないままに、ランチが始まってしまった。 和気あいあいと園子ちゃんたちの話を聞いて相槌を打つ。頭の中では申し訳ないけど気が気ではなくてパニックだった。 あの時、私が強引に話を終わらせずに続ければよかったのだろうか。なんでそんなことを聞くの?と聞けばよかったのだろうか。でもそのまま、私に振られて私は上手く答えられただろうか。 私は彼の正体を知っている。でもそれは、知ってはいけないのに知っている、所謂タブーの人間だ。私が正体を知っていることを、彼ですら知らないのに。私のただの自己満足でそれを蘭ちゃんから聞き出せるというのか。 それを聞いてどうすればいい。 もし蘭ちゃんが怪盗さんの正体を知ってしまって、それがもし本当でも、間違いでも、それを正す術を私は持っていないフリをしなければいけない。 ぐるぐる頭の中で考えていたら、気づけば最後のデザートまで来ていた。
「はーー早くキッド様に会いたい!そして願わくばキッド様の唇に重ねて……」
園子ちゃんのいつものキッド様愛のはずだった。
「そんなのダメよ!!」
ばたん、と音を立てて立ち上がる蘭ちゃんに皆が注目した。それに気づいた蘭ちゃんがハッとした顔をして座る。
「蘭ちゃん、どうしたの」 「あっ、えっと、キッドは犯罪者でしょ!そんなの不謹慎よ」 「何ムキになってんのよ」
園子ちゃんが怪しげに蘭ちゃんを覗き込んでいた。 私も驚いて蘭ちゃんを見つめていた。 蘭ちゃんがこんなふうにキッドに関して取り乱すことなんてこれまで1回もなかった。 園子ちゃんが怪盗さんに対して言うのはいつもの事だったし、いつも蘭ちゃんは呆れた様子で取りなすのが通常だった。 なんで、どうして。 まるで、怪盗さんのことが、好き、みたいな。
嫌な方向に思考が繋がってしまう。 蘭ちゃんの好きな人がもし新一くんじゃなかったら? なんらかの形で怪盗さんの正体を黒羽くんだと知ってしまったら? あおちゃんの言葉が蘇る。 幼馴染だからといってその人を好きになる訳では無いと。 ざわざわと心が揺らぐ。 蘭ちゃんみたいな素敵で完璧な人に、好きになられてしまったら、 私なんて。
20180430 title by 喘息
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