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授業間の休み時間、思わず俺は「はあ?!」と大きな声を上げてしまった。教室に響き渡る声に、皆が一同に振り向く。「わり、」とへらりと笑えば、皆何事も無かったかのように喧騒を取り戻す。ざわつくクラスは、すでに自分たちの話に夢中で、俺の声なんて忘れている。
俺の席の真ん前にこちらをむくようにして、クラスメイトの席に座っている青子は、眉間に皺を寄せて、うんうん唸っていた。


「嘘だろ、今更?」
「今更も何も、本当に信じてたみたいなの……」
「俺が青子を?ないない」
「こっちだってお断りよ」
「で、ちゃんと否定してくれただろーな」
「否定はしたけど……なんか、おかしいんだよね」
「何がだよ」


俺たちが話している声は、クラスの声に掻き消されて誰にも聞こえない。ちらりと、遠くの方で女子と話している安藤を視界に入れた。他愛なく微笑んでいる彼女は、何も変わっているように見えない。


「わかんないけど、なんかそれ聞いて引っかかってた感じだったの」
「ただの幼馴染って言った後にか?」
「そう。まるで、快斗が私のことを好きじゃないなんて、ありえない、みたいな感じ」
「うげえ」
「うげえ、じゃないわよ。失礼な」
「で?」
「……で、終わったけど」
「終わったのかよ」


肝心なところがないではないか。俺の表情を見て察したのか、青子はむすっとした顔になる。


「どうせ快斗が何か勘違いでもさせたんじゃないのー?」
「んなわけねーだろ、なんで俺がそんなことしなきゃならねーんだよ」
「分かってるけど、快斗無意識に馬鹿なことしてそうだから」
「うっせ」


じっとりとこちらを見てくる彼女に俺も負けじと返す。なんで好きな奴に、自分に不利な誤解をさせなければならないのだ。


「とーにーかーく、快斗からもちゃんと言っておいた方がいいと思うよ」
「あ?何を」
「私はただの幼馴染ですーって」
「青子が言ってくれたんだろ?」
「分かってないわね。私が言うのと、快斗が言うのとでは信憑性が違うでしょ!」
「……そういうものか?」
「そういうものだよ。だって、私が言ったって結局私は快斗のことなんとも思ってないけど、快斗がどう思ってるかを私が言っても、何の根拠もないでしょ」









ぐるぐるぐるぐる思考回路は回る。ちらりと視界に入った黒羽くんは自分の椅子に座っていて、その前にはあおちゃんが黒羽くんの方を向いて座っていた。黒羽くんの顔はかろうじて見えるが、あおちゃんは背しか見えない。百面相のようにころころ変わる黒羽くんの顔が少しだけ見えた。違う子に話しかけられて、私はそちらに集中する。
仲睦まじい彼らは日常である。それはずっと前から知っていて、私が彼を好きになる前から変わらない日常なのだ。
彼が好きなのは誰なのだろう。あれ以来、その疑問ばかりが頭から離れない。怪盗さんの戯れなのかとも考えたが、それにしてはあまりにも、現実すぎた。人の心なんて制御しようとも抑えられるものでもない。あおちゃんに聞いてみようとも思ったけれども、それもそれで気が引ける。あおちゃんにきちんと私の想いを言ったことがない。それも目下もやもやの種でもある。二人が両片思いだと思っていたし、黒羽くんのことが好きだけど、あおちゃんも大切な友達で、私はこの関係が壊れるくらいなら、とある意味臆病な選択をした。
その選択の根底が揺らいだから。どうすればいいのか分からない。
あおちゃんが黒羽くんのことを好きではないのなら、黒羽くんがあおちゃんのことを好きではないのなら。
私は何に臆病になれるだろう。勝手に取り繕った大義名分を、私はすぐに取り繕えない。
別に私がこの想いを底に閉まった理由が、彼が好きな人との関係を壊したくない、ということなら、別にいまだって大して状況は変わってないとも思う。黒羽くんに好きな人がいるという事実は変わらずに、その対象があおちゃんじゃない、というだけなのだから。
でも、あおちゃんじゃないのに、なぜ私は引く理由があるのだろう。そう思う心は確実にあるのに、自分のどす黒い気持ちが嫌で忘れたくなる。

彼の好きな人を知りたいというのは、たぶん、ただの私のエゴなだけだ。

少しでも私だったら、と思う気持ちもあるから嫌だ。逆にあおちゃんだったら心の底から安心するのかもしれない。
もし誰でもない人だったら。私はそれを受け入れられるのだろうか。

私はただただ臆病だ。臆病なくせに、知りたいという欲は消えない。

好きな気持ちなんて、いらない。
私を好きになって欲しい、なんて、捨てたい。












ふと温かさを感じてぬるま湯に浸った。顔は机に伏せていて体が熱い。目を開けることもせず身体が覚醒するのを待っていた。腕を枕にして寝ていたせいか、力を入れようとしても固まっていて動かない。意識は起きても身体が起きてない証拠だ。
夢と現実の狭間を、暗闇のなか整理する。今何時だろう。
記憶を辿れば、多分図書室。中間テストが近くなりつつあったのと、なんとなく家に帰りたくなくて、図書室にこもった。けれども結局頭の中は、あの問題がぐるぐるしていてあまり捗らなかった気がする。気づいたら寝てしまっていたのだろう。
もうそろそろ体も動くかな。ぐっと力を入れて起き上がった。すとん、と何か肩から落ちる音。そのまま伸びをしようと腕を途中まであげて気がついた。


「……え、黒羽くん、」


上げかけた途中の腕はそのままに、私は横を向いていた。そこには頬杖をついてこちらを見ているまんまるの目をした黒羽くんがいた。


「えっ、えっ!なんでいるの!」


思わず広げていたノートで顔半分を隠す。横着に寝ていたから顔に跡が残っているかもしれないし、タ前髪もぼさぼさだ。恥ずかしくて逃げ出したい。というか、いつから彼はいたの。


「いやっ、偶然用あって図書室来たら、図書委員に頼まれて」


両手を広げてひらひら取り繕う彼をジト目で見つめる。


「……いつからいたの?」
「ついさっきだよ」
「ほんと?」
「ほんとだって」


私たち以外に人はいなくて、閉められていないカーテンからはすでに濃い朱色は無くなりつつあり、紺色に変化していた。


「ほら、そろそろ帰ろーぜ。時間過ぎそうだから」


部活以外での施設利用の時間がすぐに迫っていた。彼いわく、図書委員が用事で戸締りが出来ないから黒羽くんに頼んでいったらしい。黒羽くんが図書室なんて、珍しいなと思う。



「……うんそうだね」


他愛のない話をしながら昇降口に着くと、外を見れば雨が降っていた。中にいたから音が聞こえなかったのか。今日降るって言っていただろうか。空はあまり色が雨っぽくないから、夕立なのかな。結構な量が降っている雨を、やむのを待つ時間はもうない。でもおそらく折り畳みがあるはずだ。


「雨降ってるね」
「だな」


鞄の奥底をがさがさして折り畳み傘を探す。中身を見ずに探しているから効率が悪いのか、筆箱や教科書ばかり触る。あれ、これはもしかしてないのか。鞄を覗き込めば、見たところ確かに鮮やかなはずの爽やかな黄緑色の折り畳み傘がない。


「うわ、」
「もしかして、傘ないのか?」
「んー、忘れたみたい」


へらりと笑って黒羽くんに返す。彼は彼で手をポケットに突っ込んだままだった。


「ちょっと職員室で借りてくるよ」
「ちょっと待って」


踵を返しかける私を制して、彼は手を出して細長い指で数字を作る。


「ワン、ツー、スリー!」


ぽん、っと指を打ち鳴らせば、一瞬で彼の手に黒の折り畳み傘が出現する。


「凄い!」


思わず、手を叩いて喜ぶ。一瞬で心は萎んだ。
彼は怪盗さんだった。
また様々な思惑と感情がよぎる。
彼は口だけで笑って傘をさした。


「入れよ」
「え、いいの?」
「濡れるだろ」


彼は事も無げに言った。

二人で入る傘は、少し狭かった。
校門までの道をゆっくりと歩く。肩が濡れないから、多分気にかけてくれているのだろう。そのさり気ない優しさに泣きそうになる。隣にいる黒羽くんを盗み見る。


「なあ、」
「、何?」


気づかれた気がして咄嗟に顔を逸らした。


「青子のこと、聞いた?」
「、ああ、好きな人のこと?」
「そう」


いつもより言葉少なな気がした。


「あいつもやるよな」
「黒羽くんのおかげってきいたよ」
「そんな大層なことしてねえよ」


彼と他愛もない二人の話をした。
私はふと、このときしか、聞くことができないように思ったのだ。


「私てっきり、」
「てっきり?」
「黒羽くんはあおちゃんのことが好きなのかと思ってた」


私はまた、彼の横顔を盗み見る。
彼はそれを聞いて驚いたように目を見開いた。それが図星かどうなのか、私には分からなかった。


「ちげえよ。あいつと俺はただの幼馴染だっての」


彼は慌てるように、何かを伝えるように私に言った。


「仲良いじゃない」
「腐れ縁なだけ。青子もそう言うだろ?」


黒羽くんは肩を竦める仕草までして、この話は終わり、というように口を開いた。
それを意地悪く邪魔したのは、私だ。


「いやよいやよも好きのうちだと思ってた」
「みょーじ、」
「それにあおちゃんと黒羽くんお似合いだし、」
「みょーじ」


はっと息を飲んだ。彼が足を止めて、わたしを見ていた。その瞳は笑っていなかった。声は煉瓦を落とすような堅さだった。
私は口を噤む。


「俺は青子のこと、そういうんじゃないから」


私は、多分、言いすぎた。
最近、言いすぎてばかりだ。
目を逸らしたのは彼の方だった。
歩くのを再開する。雨音ばかり、大きくなる。


「俺は寧ろ、」


思わず息を止めた。
何が続くかは分からなかった。
結局知ることはなかった。
いつの間にか校門までついていた。土砂降りの雨が傘を突き刺す。目の前を、車が音を立てて通り過ぎていく。


「えっと、なんて?」


口を開いていた彼は、逡巡して閉じる。
へらり、と笑った顔は、いつもの黒羽くんだった。


「えっと、なんでもない」
「そっか」


それから私達は、何事も無かったように話を続けた。
この時に、ちゃんと言っておけばよかったのだ。聞けば良かった。
その勇気さえなかった私のせい。


20181213
title by 花畑心中
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