怪盗さんに好きな人がいるということは、黒羽くんに好きな人がいるということで。それは多分黒羽くんといえばあおちゃんで。黒羽くんの好きな人はあおちゃんだということを、改めて認識し直したという、ただそれだけのことで。
そう、私は時間という流れに無理やりのってまた心の奥底でその普遍の理を受け入れたつもりだったのだ。 だから、今目の前で言われた言葉をすんなりと理解することが出来なかった。
「え、ちょ、っと待ってあおちゃん」
目の前でアイスココアを飲んでいるあおちゃんは少しだけ顔を赤くしながらそわそわと落ち着かない。
「……だ、だからっ、服を一緒に選んで欲しいの!」
目の前のあおちゃんは、相変わらず可愛い。そんな当たり前のことを考えて冷静になろうとしている自分がいた。
「え、っと、だから、そのデートの相手っていうのは」 「ただ映画を一緒に見るだけだから!」
それを一般的にはデートと言うのではなかろうか、と頭の中でうんうん唸る。前に置かれたアイスティーは汗をかいて机を濡らしていた。
「そう、その映画の相手って、黒羽くん、じゃない、って言ったんだよね?」 「なんでそこで快斗が出てくるのよ」
今度はあおちゃんの方が混乱した顔を向けてくる。おっけーおっけー、と海外ドラマのように頭と手を大袈裟に振ってわかったふりをしてみたかった。
「い、や、てっきり、あおちゃんは黒羽くんの事好きだと思って、た、から」 「だーかーらー!ただの幼馴染って言ってるでしょ!」
物凄い剣幕で言うあおちゃんのその顔をまじまじと見つめてしまった。目を瞬かせる。赤くなってるでもなく、本気で彼女は私にそう言っているのだ。そうじゃなければ、あおちゃんだって、違う男子とのデートの話を持ってくるわけがない。
「なんでそんな風に思い込んでたのー」
恨み節のように言ってくるあおちゃんに、私の頭はぐちゃぐちゃのまま辛うじて苦笑いを浮かべる。 だってわたしが江古田に来た時には、彼らはすでに有名な幼馴染だったわけだし、それをネタにからかう周りもすでに存在していたし、それを私は当たり前のように受け入れてしまっていたから。 幾ら彼らが、喧嘩しようとも腐れ縁だからと言っても、私は幼馴染の距離感を知らないし、照れ隠しの一環だと、両片思いだと、てっきり私は、二人は、そうだと思っていたのだ。 彼女は根気強く、私の前で、あおちゃんと黒羽くんはタダの幼馴染であって、家族ぐるみの付き合いはあれど、それも幼馴染の範疇であって(あおちゃん曰く)それは黒羽くんも同様で、(少なくともあおちゃんは)黒羽くんのことを恋愛対象になんて入れたことがないと説明した。
「はい、リピート、アフター、ミー」 「あおちゃんと黒羽くんは、ただの幼馴染です」 「もう。分かった?冗談でも照れ隠しでも何でもなく、事実なんだからね!」
彼女は目の前でぷりぷり怒っていた。それすらも可愛いあおちゃんが好きになる男の子なんて、とても幸せだなあと他人事のように思った。 ちゅー、ともうすでに氷が半分ほど溶けて薄まったアイスコーヒーで喉を潤しながら、ひとつの疑問が浮かび上がる。
「そういえば、黒羽くん、は、あおちゃんのこと知ってるの?」
そう聞くと彼女は苦虫を噛み潰したような顔になる。 かくかくしかじか説明をきくと、なんとあおちゃんとその男の子の間の橋渡しをしているのが黒羽くんらしい。所謂キューピッドだ。それをことある事にネタにされて色々と頼まれているらしい。
「ほんっと、腹立つ!!」 「それは、良くないね」 「なまえちゃんもそう思うでしょう!!!」
大層ご立腹であるが、事実が事実だけにそう無碍にもできず、別段無理難題ほどではない絶妙な按配をついてくるからなんとも難しいのだそう。
「まあ、あいつのことだから暫くしたらケロッと忘れると思うけど」
それまでの辛抱だわ、と眉間に皺を寄せた。
「…ということは黒羽くんも知ってるんだ」 「そうだよ。それがどうかしたの?」 「ううん、なんでもない」
少しだけ笑って言った。 黒羽くんがあおちゃんのキューピッドで、あおちゃんが言うには、黒羽くんはあおちゃんのことを好きではないらしい。でも、本当にあおちゃんのことは好きじゃないのだろうか。分からない。これまで心の底から信じてきた根底が崩れ去って今は真面な判断も出来ない。
もし本当に、黒羽くんがあおちゃんのことを好きではないのなら。 怪盗さんのとても大好きな人、って、誰?
20180129 title by リラン
- 36 -
|