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言い過ぎてしまった。
本当に言いたい事は何も言えなかった。
それなのに言い過ぎたと思った。

何故、貴方は怪盗をしているの
何が目的なの
そこまでしなくちゃいけないの
大丈夫なの
無理しないで
怪我しないで
居なくならないで

私の前から、消えてしまわないで

抑え込んだつもりだった。境界に触れてしまったようだ。鈴がなり、ぐわんぐわんと空気の壁が身を呻る。真っ白な真っ白な空間の中で、透明な境界は音を立てて私を拒絶した。

只の私の為のエゴである。

彼はもう、姿を現してくれないのかもしれない。私の前にはもう立たないのかもしれない。
それは酷く、私にとって悲しいことだった。

だがそれも、只の私の我儘である。

彼が幸せであれば良い。何を想い、何の為に動いているのかは私には知る由もない。それでも、彼が、元気でいてくれたら。

心配は、エゴなのか。エゴなのだろう。どこまでいっても。

彼は私の悲しみと言った。悲しみなんかじゃない。彼が目の前から消えることこそが、私にとっての悲しみだった。
私が眩しいと言った。貴方の方こそ、私にとっては白くて、いつも眩しすぎるのだ。









「何そんな辛気臭い顔してんだよ」


開口一番、そんなことを言われた。慌てて作った顔は、下手な作り笑いと一蹴される。
楽しい北海道旅行のはずだ。私は未だ引きずっている。


「何があったんだよ」
「……まだ大丈夫」
「……無理はすんじゃねーぞ」


少し怒っていたように聞こえたけれど、それでもかける言葉は優しい。そんなところが新一くんの不器用な優しさだった。












遅れて乗り込んだ飛行機で、彼女は顔をしかめた。恋人に対し、散々な女王様である。恭しくお辞儀をし、手に口付けた。皮肉に笑い、表情は完璧だ。
目的はすでに果たされた。宝石は偽物である。自分が盗む計画は白紙に戻り、後は変装したまま優雅に空旅を楽しむだけしかすることはなかった。


「お隣、良いですか」


口先だけの断り文句に、彼女は案の定戸惑うような顔を少ししながら曖昧に頷いた。その押しの弱さに付け込んだのは自分だがそれを棚にあげて少し心配になる。
彼女は俺が隣に座っても、窓の外を見つめて水色を映していた。どこか冷めた拒絶に違和感を感じた。その壁を取り除きたくて気付かないふりをした。


「何か考え事かな?なまえさん」
「……なんで、私の名前を知ってるんですか?」


心底不思議そうに尋ねる彼女に完璧な笑みを見せた。


「前楽屋で呼ばれていたでしょ。改めまして、新庄功と言います」
「私は、みょーじなまえです」
「功と呼んでよ」
「……初対面で名前呼びはちょっと」


少し眉間に皺を寄せた彼女に俺は笑って言った。


「手厳しい女の子だ」


それにどう反応を返せばいいのか、分からないような戸惑う表情をして、違う方を向いた。それが面白くなくて、躍起になった自分もいた。幾ら、自分が頑張ろうとも、彼女の前では、今の俺は俺ではないと言うのに。

飛行機の離陸アナウンスが流れる。かちゃり、とシートベルトをしめた。振動と独特の音を響かせながら飛行機は空に浮かぶ。なんなくと鉄の塊は雲の上になる。その間も、ぺらりぺらりと舌は動いていた。滑らかな口調は彼女に届いているのかいないのか、相槌だけ辛うじて打ってくれるところが、彼女らしい情けだと思う。そういうところが、甘くて、愛しい。
昨日、突然の別れ方をした。彼女はすでに、その時から何か思い詰めたような顔をしていて、そしてこれまでになく俺を心配しているように見えた。正確にいえば、黒羽快斗ではなく、怪盗キッドに対して。
改めて、彼女と怪盗が、近くなりすぎているのだと思い知った。それは、確実に俺のせいだ。俺が手繰り寄せた結果だ。その距離が、近さが、よくないことだと分かっている。何も生まない、何も未来が見えない末路。
あくまで、怪盗は怪盗である。夜にしか姿を見せない、幻だ。
多分、ずっと前からわかっていたことだ。この関係が良くないことだと。それを彼女も気づいていて、目隠しをしたのは俺だ。緩やかに、依存している。そう、理解しているのに、それでもなお、今でも、俺は、この距離を手放したくないと思っている。彼女が見ているのは怪盗だ。それでも、俺に見せてくれるその様を、失くしたくないと思っている。彼女が悪いのではない。怪盗が、彼女を『特別』として囲ってしまっているのだ。


「……なんで、私の隣に座ろうと思ったんですか」


今日初めての、彼女からの会話だった。それは純粋な疑問の音であり、距離は保ったまま。ネイビーのワンピースの膝の上で手を組んでいる。その手は白く、細い。
少しだけ俺の方へ、目線を向けてすぐに目線を下に俯かせた。


「君が浮かない顔をしていたからだよ」


きらきらと歯の浮くような台詞を吐いた。彼女はその言葉に呆れたように溜息を吐く。そこまでの反応を、この短時間でくれるようになっただけでも、ぺらぺらと意味のない話をし続けていた価値はあるというものだ。


「そんなに、変でしたか」


今度は、なまえの方が、へらりとありきたりな愛想笑いを浮かべて前を向いていた。その横顔が幾分淋しく見えたのは、黒羽快斗としてでなくとも、誰もが分かったことだろう。


「そんな顔似合わないよ」
「……新庄さんは、女の人慣れしてそうですね。私みたいな子どもに構わなくてもいいでしょうに」
「女の子のことはほっとけない性分でね」


にっこりと笑って言った俺の言葉に、白けたように視線を外す。
嘘だ。こんなにしつこく、誰にだって声をかける訳じゃない。この変装してる男のことは知らないが。
少なくとも俺は、なまえのことだから、ここまで。
知りたくないけれど、知らない方がもっと嫌だった。矛盾した感情がせめぎ合う。俺は卑怯だ。


「何か、思うことでもあるの」
「なんでですか」
「赤の他人に話す方がすっきりするってこともあるでしょ」


大袈裟に手を広げて肩をすくめた。彼女の顔が、一瞬無表情になった。暫く、無言になったと思ったら何かを決めたかのように深く息を吐いた。


「……踏み入れてはならない、境界に入ってしまったかもしれないんです」


空々しく笑いながら言った。彼女の言葉は、酷く抽象的だった。それをわかっていて尚、それ以上の具体性を彼女は見せない。
その言葉は軽く、へらりへらりと作り笑いをした。


「それはいけないことなの」
「……分かりません。でも、距離が変わるのは、怖い」


彼が、何を考えているのか分からないから。と、口角は上がったまま眉根を寄せて呟いた。
横顔しか見えない。その瞳は、黒くどこか遠くを見つめていた。
それ程までに彼女を悩ますのは、前に言っていた、彼女の好きな人、なのだろう。俺が狡く言いくるめた、俺に似ている、彼女の、好きな人。
知らなければよかった。彼女が絞り出すように落すその塊は、俺には何も関係がない。悲しいほどに、部外者だ。
能面に隠して、心臓はぽっかりと穴が開く。
うまく誘導すれば、彼女はその人を、諦めるのだろうか。
卑しい感情が頭を擡げる。
それでも。


「……君は彼に何を求めているの」
「なんだろう、」


そう、呟くように言って暫し沈黙する。
彼女をここまでにするのは一体どんなやつなのだろうか。酷く焦燥感と苦しみが胸を占める。嫉妬に紛れたいやしさ、それでも、狡くなりきれない、自分の弱さ。
結局、彼女に軽蔑されるのが一番怖いのだ、俺は。



「近くに、いたい」



ぽろり、と呟いた。瞳は空に向いたままだった。
あまりにも無防備な、その横顔に、俺は思わず手を伸ばしそうになってしまった。
こんなにも近いのに、有り得ないほどに遠い。
酷く、虚しい。
手に入れて、しまいたい。


「……って言っても、そんなの無理なんですけどね」


まるで、今の言葉に戸惑い、無かったことにするかのように言葉を重ねて笑った。



20171029
title by メルヘン
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