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夕陽が落ちる頃。辺り一面が橙色に染まって少し藍色も混じる。カシスオレンジのグラスの中にいるみたいだ。皆がそれぞれにはしゃぎながら窓を見ていた。怪盗さんが、少年探偵団と馴染んでいる姿を遠くから眺めていると、絶対に新一くんじゃないなと笑う。彼はたぶん、今と変わらず子供たちに対して雑な対応をする気がする。そんなことを思いながら、視線を外へと戻した。幾らビル街でも、上からの景色は圧巻である。私は夏のこの黄昏時が一番好きだ。夏の空は地上からとても遠くて、そして黄昏時でさえ、その藍は濃厚で青い。少しすれば、気づかぬうちに滑らかに空は闇色に変わるのだろう。


「綺麗だな」


気配なく隣に立たれて、その震えた空気に驚いた。隣を見れば、空に目を遣った怪盗さんが隣に立っている。いや、今は新一くんか。皆と少し離れたこの場所で、彼らの喧騒すら遠い。


「何考えてるの」
「何が」
「新一くんになんか変装しちゃって」


別に完璧に変装する気ないんでしょう、とここまでの言動を思いながら笑って言った。良くも悪くも落ち着いた心は、何事もなかったかのように言葉を紡ぐ。


「驚いただろ」


そう言って無邪気に笑った彼の顔はよく知る彼の顔だったことは、私だけの秘密だ。


「こんな所で遊んでていいの?」
「ちゃんとやるべきことはやってるよ」


新一くんの笑い方と、少し似ていた。
恐らく怪盗さんは、いつも余裕だ。


「なんか、あの時みたい」
「何が?」


そう彼が問いかけた。思わず口に出していたらしい。空から見上げるあの時みたいだ。まだ夜にはなっていないが、その空間には差し掛かっていた。彼と、二人、きらきらとした建物の間の風を切ったこと。


「あ、えっと、あの時」
「いつだよ」


吃った私を優しく笑った。
駄目だ、私。
どんどん好きになってる。
悲しくなった。
黒羽くんも、怪盗さんも、好きだ。
二人とも、手に入らないのに。そんな顔を見せないでよ。


「空から、夜を、見せてくれたことあったでしょう」


ああ、あの時。
私の抽象的な言葉で理解をしてくれた彼は、そう呟いて目を細めた。


「いつか、」
「ん?」


そこで言葉を止めた彼に、言葉だけ、寄り添ったふりをした。


「いつか、星を見に行こうぜ」
「相変わらず、気障」


笑えた。笑えてよかった。


「そもそも、いつも見てるじゃない、一緒に」
「空で見る星はまた違うだろ」
「いつか、ね」


いつか、なんて来るのだろうか。それと同時に、いつまで、という言葉が頭を過ぎった。
私はいつまで、この関係を続けるのだろうか。


「約束な」


思わず彼の方を見た。彼はただただ、素直な顔をしていた。


「約束ね」


私は笑って言った。
多分、お互いに守れない約束をした。










その後すぐに彼は蘭ちゃんの元へと帰っていった。元いた場所へと。私は手持ち無沙汰になりなんとなく哀ちゃんの近くに行った。


「随分、楽しげに話してたわね」
「え、そう見えた?」


こちらに目線をやることもなく、淡々と彼女は言った。この場で新一くんが怪盗さんだと知っているのは、コナンくんのことを知っている私と阿笠博士と哀ちゃんと本人達だけだ。


「見えたわよ」
「まあ、怪盗さんだって分かってるし」


彼も隠す気はなかったし。


「いつもの彼と殆ど同じ姿だものね」
「そうだ、ね……、え?」


当たり前のように続けられた言葉に思わず肯定しかけて、固まる。今、彼女はなんて言った。


「やっぱり、貴女気づいているのね」
「……何のことかな」
「私にまでしらばくれるつもり?最初、彼が登場したときの表情、顔面蒼白だったわよ」


もう決まりきったように言葉を発した。私は頭が真っ白になった。私のミスだ。けれども、そこに辿り着くまでにそもそも哀ちゃんがこの事実を知っていなければならない。


「………哀ちゃんは知ってたの?」
「私が知ってるのは、顔が同じってことくらいよ」


それでも、その言葉で、恐らく彼女は怪盗さんの素性を知っている。


「そしたら、新一くんは、」
「知ってるわよ。そして知っているという事実を彼も共有している」


代名詞ばかりの言葉が、彼女の視線で補われる。正しく噛み砕けたならば、新一くんは怪盗さんの正体を知っており、その事実を怪盗さんも知っている。考えてみれば、怪盗さんもコナンくんの正体を何故か知っているのだから、おあいこなのか。

だが、私と新一くんは決定的に立場が違う。


「けれど、恐らく彼はそのことを」
「哀ちゃん、」


彼女の言葉を遮った。珍しく、私を見上げた。


「お願い、誰にも言わないで」


彼女は私の目を見つめた。何か言いたげに口を開いたが、そっと何も言わずに閉じた。彼女の瞳は何を感じたのだろう。最後に彼女は目を逸らし、伏せた。


20170423
title by 花畑心中
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