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銀色に光るステンレスの前に立って、勝手にお米をとぎ始める。白く濁った水を数回捨てて、とりあえず炊飯器にセットした。
今の時代、炊飯器で美味しいおかゆが作れるのは本当に便利だと思う。
その間に私は、冷蔵庫に一礼してから人参やら玉ねぎやら使ってもよさそうな野菜を少し取り出した。使いかけの野菜なんてキャベツくらいしかなくて、他は全て袋に入ってテープが巻かれたものが多い。多いといっても、種類自体少なくて日持ちがするものしか入ってないけれども。
消化のいいものを少し貰ってまな板で切っていく。作るのは久々で、慣れない調理場はいちいち緊張感を伴う。

部屋にいてと言ったのに、黒羽くんは部屋には戻らず、キッチンと繋がっているリビングのソファに座っている。寝て欲しいと引き下がってもそこは譲らなかった。
鍋でそれらを適当に炒めて、片栗粉とつゆなどの調味料で味付けをしあんかけを作る。
混ぜているときにとさっと音がして顔をそちらの方に向くと、後ろから見えていた彼の頭が消えていた。


あんかけも出来て、暫く手持ち無沙汰にふらふらしていたら、チロリン、と炊飯器が音をたて出来上がりを知らせた。
盛り付けていいものかと、寝たはずの彼の顔を伺いにソファを回り込んだ。肘掛けの盛り上がった部分に丁度頭を預けてすやすやと眠っている。前髪に少し隠された冷えピタが可愛い。わざわざ起こすのも悪いと、近くにあったタオルケットをそっとかけて、私は床に座った。冷たいフローリングの床はじんわりと足を冷やす。
ほう、と息を一つついたら思いの外肩の力が抜ける。目線と平行線上にある彼の顔をふと見つめた。熱があって辛いはずなのにその寝顔はあどけなく、穏やかだ。
その寝顔がとても可愛くて、でもそれを見ている自分がどこか恥ずかしくて背徳感があって、すぐに目を逸らす。
ソファに背中をもたれて、反対方向を見れば真っ白な壁が目に入った。

この白に、彼はよく似ていると思う。
柔らかな誰をも受け入れるような丸い色をして、それでいて、拒絶するくらいにはっきりとした強さを持っている。そこに一滴ずつ原色を垂らしていくような。その色はすぐに溶けてなくなってしまうけれど、その溶ける様は美しい。その色は決して消えるわけではなく、彼の奥底に一部として残っている気がする。でも、他の色に塗り潰されることは、一生ない。
どこまでもどこまでも、透明ではない、眩しい色。

そんなことを考えているうちに、いつの間にか意識が遠のいていた。








目が覚めた。
真っ白だった壁は、夕日を溶かして曖昧なベージュになる。
どれだけ経ったのだろう。
目を瞬かせて若干焦る内心を隠して周りを見回した。ソファには変わらない彼の姿。音をたてないように立ち上がれば、すとんと落ちるタオルケット。よく見れば、彼にかけたタオルケットだった。
キッチンに行けば、少しだけ減った鍋に、増えたのは流しに突っ込まれた丼。
どうやら私が寝てしまった間に彼が一度起きて食べたみたいだ。多めに作ったあんかけと、炊飯器に残ったお粥を確認して、もう一度ソファの方に戻った。
お見舞いに来たはずの人間が寝てしまったなんて申し訳ない。しかも、彼のタオルケットをとってしまっていた。自分の為に使えばいいのに、と思うも、それをしないのが彼だと納得する。
結局、一番の失敗は私が寝てしまったことなのだ。
もう一度、そっと彼にタオルケットをかける。弱く効いた冷房は、おそらく彼を異様に冷やすことはないだろうけれども、体を冷やさないに越したことはない。
洗い場の食器をできるだけ音を出さずに洗い、鍋や残ったお粥を皿に移し替えて冷蔵庫に入れていると、布がこすれる音がして気配が増えた。


「……みょーじ?」
「あ、ごめんね、起こしちゃったよね」


濡れた手をタオルで拭いて黒羽くんの方に近寄った。
まだ少しとろんとした顔をして、まばたきしている。


「調子、どう?」
「だいぶ楽になったぜ」


へらりと笑う彼の様子に、未だ違和感を覚える。
とれかけた冷えピタの固さが、彼の熱の吸収を伝えていた。


「ちょっと待ってて」


そう言って離れ、冷蔵庫にあったのを確認した冷えピタを新しく手に取る。


「おでこあげて」


黒羽くんに近づき、それに素直に従う彼の古い冷えピタを取り、新しく貼り直した。
未だすこし顔が赤い。ぺたりと冷えピタの上からしっかり手で押さえた。彼はされるがままに、ただ目を瞬いて大きな瞳が私を捉えた。


「これでいいね」
「……あ、ああ。ありがとう」
「どういたしまして。まだ熱あるでしょう?ちゃんと自分の部屋で寝てね」


そろそろ私はお暇しようかな、と呟きながら立ち上がる。


「いろいろごめんな。まじで助かった」
「全然大丈夫だよ。こちらこそ、長い時間ごめんね」
「俺が引き止めたんだし、みょーじが謝ることじゃねえよ」


彼の少しだけ熱でふやけた声を聞きながら玄関まで送ってもらった。


「では、お邪魔しました」
「いえいえこちらこそ」


お互いぺこりと丁寧なお辞儀をおどけてした。
少しだけ段差のある玄関で、私は彼を見上げる。


「じゃ、またね」
「おう」


片手を上げる彼に私も手を上げて、扉の方をくるりと向いてドアに手をかける。かかっている鍵を開けようと触ってみるが、自分の家と勝手が違うらしく、なかなか上手くあかない。


「……あれ、あかない」
「ああそれは、」


私が後ろを振り向いて苦笑いした。
そう言って土間に黒羽くんが降りてきたと思った途端、彼が一瞬揺れた。


「あわっ」


変な声を上げた彼がバランスを崩した、と思った瞬間思わず目を瞑った。
ばん、と私の顔の近くでドアを叩く音がした。ふわりと、突然近くなる人の気配。目を閉じた真っ暗闇の中で、私はふと何かの既視感を覚えた気がした。
恐る恐る目を開けてみると彼の顔が至近距離にあって、大きな瞳が真正面に私を見下ろしていた。思わずお互い固まる。


「う、わっ、ごめんな!」
「え、ううん、私は大丈夫!」


ぐい、と彼が離れた。変に手を顔の前に動かして必死に取り繕った。


「あ、鍵はこうだから」


慣れた手つきで鍵を開けて、ドアを押した。外の空気が一瞬で入ってきて、空間を濁す。


「あ、ありがとう」
「、おう」
「……それじゃ、また」
「また、な」


壁に凭れた彼に、再び手を振って外に出た。



すでにみかん色に変わった街の色が、夏の夕方の温度も相まって自分の輪郭を曖昧にしてしまいそうだ。
ぽとり、と歩き続けていた足を止めて、振り返る。黒羽くんの家はもう見えない。住宅街のコンクリートの道路は、滑らかな灰色をしていて、たった独りで佇む夕暮れ時の静けさが身に沁みた。

このまま、私は何かを忘れてしまいそうに思えた。
何かを感じたのに、彼に感じるはずのない何かを感じたのに、このままだとぼやけて分からなくなりそうだと思った。
いつ、私は何を思ったんだろう。
今日の出来事がフラッシュバックする。
ふっと、息が詰まった。
それは最後。
彼がふらついた時。
唐突に、彼との距離が縮んだ時。
あの雰囲気、あの空気、あの、香り。
私は、彼に何を思った。

正確には、彼を、誰だと。


「………まさか、ね」


体を前に戻す。みかん色が消えていく。暗闇になるのはいつの季節でも早い。
私は、暑さのせいにした。

20151125
title by 花畑心中
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