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「え?夏風邪?」


浅い眠りで夢と寝返りを繰り返した結果、目映い太陽に目はやられ、脳も半分くらいしか起きていない状態でかかってきた電話で若干起きた。


『馬鹿でしょー?夏風邪は馬鹿しかひかないとかぴったりの言葉だよね!』


呆れたように言うあおちゃんの言葉が耳をよぎる。


「それは大変だね」


この時期の風邪は暑いしだるいし大変だ。ただでさえ脱水症状にも気を付けなくてはいけないのに、この季節だと特にだ。食欲などもなくなっているんじゃないのだろうか。


『それでね?本当に申し訳ないんだけど、なまえちゃんにあいつの様子見てきてもらおうと思って』
「……ん?」
『快斗の様子をね?』
「いやいやちょっと待ってくださいよ、青子さん」
『ん?』


とっても可愛い声で言うあおちゃんの小首をかしげる様子が目に浮かぶようだ。


「……その言い方だとあおちゃんは来ない感じ?」
『うん!なまえちゃん一人で!』
「いやいや黒羽くんは多分私なんかよりあおちゃんの方が」
『それは絶対大丈夫だから!』


必死であおちゃんを誘うも、あおちゃん自身実行委員の用事であいていないらしく、まあそれを抜きにしても、どうしてもあおちゃんは一人で私に行ってきて欲しいらしい。
何故だ。


「私黒羽くんち知らないし」
『住所送るから!ね、なまえちゃんお願い!』


そこまであおちゃんに頼まれれば、断ることなんてできない。


「……わかった」
『ほんと?ならすぐに送るね!』


そう嬉々として言った途端切れる携帯。
暫しぼんやりとベッドの上で微睡んで、のそりと脱出した。













今の時代、スマホとはなんと便利な機器なのだろう。すぐさま送られてきていた住所と、マップで検索してね、とハートマークつきで送られてきたあおちゃんの言葉通り、スマホと睨めっこしながら歩いて十数分。見慣れた名字の表札見比べてインターホンの前に立っていた。
手には申し訳程度のポカリスエットとゼリーが入った袋。それくらいしか差し入れを思いつかなかった。
考えてみれば、男子へのお見舞いなんて、初めてだ。しかも、好きな人の。
逃げ出したい、と思うも、あおちゃんの約束を無下にはできない。
お母さんが出たら、というか普通お母さんだよね、黒羽くん風邪引いてるし。高校の、同じクラスの、みょーじですが、お見舞いに、でいいのかな。うわあ、緊張する。
ふう、と深呼吸して、恐る恐るインターホンに手を伸ばした。
ピンポーン、と音がする。
しばらくして音が消えて、待つも人が出てくる気配はない。
あれ、人いない感じだろうか。そりゃあ出かけることもあるよね、と納得して、もし黒羽くんが家に一人で寝ていたとしたら起こすのも申し訳ないと、2度目のベルは鳴らさずに家に帰ろうとした、その時だった。
がちゃ、と音がしてドアがあく。
踵を返していた体勢から後ろを振り向くと、黒羽くんが扉にもたれ掛かっていた。


「な、んでみょーじが」
「あおちゃんに頼まれて……って黒羽くんごめん起こしたよね!」


外に出させているのも悪いと、急いで袋を渡そうとしたが、あまりにもとろんとした目の、スウェットを着た黒羽くんに気づいて冷静になった。


「……黒羽くん、大丈夫?」
「…ん?大丈夫大丈夫」


へらりと手を振るが力はなく、熱そうに息を吐き出すだけだ。


「そういえばお母さんは?買い物?」
「いや……俺の母さん今ベガスでさー」
「……え?」


聞きなれない単語が頭の中を駆け回る。
ベガスってあの、カタカナのラスベガス?


「……今お母さん海外なの?」
「そうなんだよ。俺の母さん自由人だから」
「てことは黒羽くん一人?」
「ああ」


確かにもう高校生だし、男子だし、少しくらい保護者がいないことも珍しくないけれど、今の黒羽くんの状態を見る限り、大丈夫じゃない気がする。
一人で生活できているかが問題なのだ。


「ご飯食べた?」
「……」
「その沈黙は否定と受け取りますよ」
「普通そこは肯定じゃね」


そうつっこむ黒羽くんの声はいつもより覇気がない。


「ちゃんとご飯食べないと早く治らないよ」
「……だってめんどくせーんだもん」


小さな声で拗ねたように言う黒羽くんに、不覚にも可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
面倒くささを抜きにしても、確かにだるい体でご飯を作る余裕はない。
どうしよう、これだと多分私帰っても食べないな。
立っているのも辛そうな彼を前にして、考えている時間はない。
と、なるとご飯を持ってくるのが一番の最善策か。


「黒羽くん、ちょっと家帰ってご飯持ってくるね」
「……え?」
「家帰ったら私のお母さんいるし、ぱっぱと作って持ってくるから」


とりあえず水分とって寝てて、と言うと、ちょっと待って、と腕をとられた。


「どうしたの?」
「……帰んないで」
「へ」


一瞬何を言われたかわかんなくて棒立ちになると、少しだけゆるい力でひかれて、彼の頭が私の肩に落ちる。


「もうちょっとだけ、」


熱い。触れたところも、黒羽くんも、私も。

どれだけ経ったろう。
熱を帯びたまま頭はくるくると空回りする。
でも、この熱さと、普通でない黒羽くんの言動を考えると、夏風邪はだいぶ酷いらしい。
それに、冷静になるとここは一応外なのだ。早く中に入れて寝かせた方がいい。


「黒羽くん」
「……何」
「寝なくちゃ」
「やだ」


思わぬ返答に一瞬言葉を失う。もしかして、熱で幼児返り的なこと起こしてる?


「やだって言われても…」
「だって離したら、帰っちゃうだろ」


その言葉で顔が熱くなる。相手は病人なのだから、と浮きそうになる心を叱った。


「……ご飯食べないといけないでしょう?」
「…俺んちで作ればいいじゃん」
「キッチン使わせて頂くの申し訳ないし」
「別にいいよ、母さんいねーし」
「……」
「ねえ、作ってよ」


それなら食べるから、と、肩を乗せたまま喋る黒羽くんの手が、若干強くなった。
目眩がする。なんでこんなにも、ここの幼馴染みは断れないような頼み方が上手いんだ。


「……」
「沈黙は肯定と受け取りますよ」
「黒羽くん、」
「ね、お願い」


掠れた声で言う彼に、私の頭は許容量の限界だ。


「……味の保証はしないよ」
「ほんと?」


ぱっと顔をあげて一面で笑った。その顔は緩やかでもいつもの黒羽くんで。
ぐいぐいと腕を掴んだ手を離すことはしないまま、私は家に引きずられてしまった。


20150604
title by 降伏
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