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がんがんと鳴り響く頭痛に舌打ちをする。どんどんと悪くなっていく視界のせいで、何度も瞬きを繰り返しても朦朧となる。蒸し暑い熱帯夜は酷く息苦しい。

大切、奇術師、一番、白

白を纏いし今の身で、陰鬱とした夜を飛んでも軽やかどころか鉛のように体は重い。揺れる羽が白から薄汚れた雨に濡れていく。
土砂降りの雨の中、仕事を終えて帰る道すがら、頭の中を渦巻くのはそんな単語ばかり。

心配、自身、二番、黒

ぐるぐる回るそれを追い払おうとも出ていく気配はなくて、すっきりしないこの循環が頭痛を悪化させているのかもしれない。そのせいもあるのか、今日の仕事は完璧には程遠くて。捕まるようなへまはありえないが、それでも、いつもより手際が悪かった。
濡れた身体が気持ち悪い。深海をもがく様に必死で息をする。

邂逅。宝石のような夜。盗んで空を飛んだ夜。突き放された夜。消えかけた夜。偽者の格好をして聞いてしまった存在理由の夜。泣きながら濡れた夜。
どれだけになったろう。
知らぬ間に幾度となく重ねた逢瀬は、思いのほか白と彼女を繋ぐ糸が縒れていたらしい。
白の快盗は、夜にしか現れず、月に照らされながら完璧なままに幻と化す。
そんな私と、俺と、彼女の関係が、大きくなっている。そう仕向けたのは俺で、私で、喜ぶべきことであるはずなのに、なぜ俺の中には、素直に喜ぶ感情だけではないのだろう。まるで、俺との距離がむしろ離れていくみたいで。遠ざかるようで。

私は、怪盗キッドで。
俺は、黒羽快斗で。
どちらも、本物の、俺で。
でも、彼女にとっては、別人物で。

むしゃくしゃと、割れるように痛む頭を掴む。

キッドに対してなら、彼女はあんなふうに、大切なマジシャンだと、遠く柔く微笑むのだ。
それが酷く苦しくて、嬉しくて、悔しくて、意味がわからない。

ふと気づくと、視界が朦朧とするまま捉えたのは、いつものあのベランダで。
土砂降りの雨の中、今日のこんな精神では、会わない方がいいと理性では分かっているのに、身体は言うことを聞かない。
どうせ、こんな日にはいないだろう。
そう祈って、焦がれて、降り立つのだ。

会いたい、会いたくない。
触れたい。

降り立って、いないのならほっとするのだ。
それを確かめるためだけに、向かって。

ベランダに降り立てば、さすがにいない。前みたいに窓が開くことも、いつものようにベランダのひさしにいることもない。
良かった。
残念な気持ちの中、少しだけ安堵する自分の心臓を潰したい。
再び、飛び立って外に姿を表した途端、下界には鮮やかな水色が見えた。
黒灰色の視界に、それだけが鮮やかに輝きを放つ。
頭が認識する前に、急降下していた。


「……キッド?」


水色の傘をさして、何かのビニール袋を持って、無防備な格好で俺を見る。
同じ地で、対等になるのは、難しい。


「って、ずぶ濡れじゃない!」


そういって俯いたままの俺に近づく。
触れようとして、何を思ったのか、手を引っ込めて家に駆けようとする。


「タオルすぐとってくるから!」


そう後ろを振り返る彼女の腕を、思わず引っ張った。
ずぶ濡れの体のまま、怪盗も何もなく、ただただ抱き締めた。
感覚がなくなった布越しでも、彼女の存在が俺を圧迫させる。


「……キッド?」


不安げに言う彼女の声が、地面に転がる水色に吸収される。


「なまえ、」

なまえ、なまえ。
名前を呼ぶ。
ほら、ここでも、俺と、私は違って、この姿でしか、呼ぶことができないなんて。

馬鹿みたいだ。

縋るように込めた切望と諦観は、ただ熱となって力となって彼女を苦しめただけだった。

虚しいだけの距離を、先は闇だけと知りながら抱いた。


20150604
title by 喘息
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