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神出鬼没の大泥棒。平成のルパン。月下の奇術師。私が思いつくだけでも様々な呼び名がある。それだけ有名で、紛れもなく彼は世間を揺るがす罪人で、盗むという行為は、人から恨まれることもそりゃあ、あるわけで。
何十年と盗み続ける極悪人なのだ。ゴクアクニン、と不似合いな言葉が浮かんでバラバラになる。
そうやって、必死で私は彼が撃たれた根拠を無理やり見つけようとしていた。私にとっては思いのほか、彼はただのマジシャンだったらしい。なんで、彼が撃たれなくてはいけなかったのだろう、とそんな馬鹿みたいな疑問が浮かんでくる。

私が知っている彼は、ただ人を喜ばせることが好きで、驚かせることが好きで、人の命なんて狙うことすらない。何の目的で盗み続けるのかはわからないけれど、最終的に宝石を返すその行動は、ただ大掛かりなエンターテインメントを本人が楽しんでいるようにしか見えないのだ。
それはそれで、許されるべきことではないけれども、と鳩を撫でながら答えのない議論を続ける。

ごうごうと外では轟音を放っているであろう船は、穏やかに進み続ける。

手当てをされた鳩は、ぐるぐると喉を鳴らした。
キッドのモノクルと一緒にいた彼の忘れ物は、羽を怪我していたけれども治れば元のよう飛ぶことができるらしい。最初は蘭ちゃんに抱えられていたのだけれど、私を見た途端、くるくると音を出して暴れだして、私の方に首を伸ばすものだから、蘭ちゃんが私の方に鳩を預けると、一気におとなしくなった。それから、園子ちゃんに笑われつつ、私が鳩係になった。


「君のご主人様はどこにいるんだろうね」


目の前に鳩を掲げて尋ねてみても、鳩はぱちりと赤い目を瞬いて、眠そうにくるくると喉を鳴らすばかり。

少し息を吐いて、私は鳩を布の上に戻した。
隣のコナンくんがパタン、と本を閉じて私に目を向ける。蘭ちゃんは今ちょうどおじさんのところに行っていていない。


「……お前、無理してないか?」
「へ?」


心配そうに見上げた新一くんと目を合わせる。私は曖昧に笑って目を逸らした。


「無理してないよ」
「嘘言うんじゃ」
「嘘じゃないよ」


彼の言葉を静かに遮る。


「ほんとに、嘘じゃないの」


なんでだろうね。私にも分かんないの。
おそらく他人よりも身近な存在で、独特の関係性を持つ筈であったのに、そんな人が、世界からいなくなった、かもしれないのに、涙一つ流れることはない。


「たぶん私ね、理解できないんだと思う」


戸惑うように、彼がまばたきをした。


「この目で見るまで、私は信じられない」


死んでしまったかもしれない、という仮定すらも。


「だから、意外と元気だよ?」


私の中では、まだ彼はもちろん死んでなくて。
最後に会った、あの密やかな時間は、ただ二人の脆さと、二人の擦れ違った関係性を示していたけれど、それでも。それでも、彼は、彼の縋るような強さは、消えてしまえるわけがない。

新一くんは、そんな私をじっと見つめて、目を逸らした。







私の知らない所で様々な策略が巡る夕食が終わったあと、長閑に蘭ちゃんの部屋にお邪魔していた。


「寒川さんが!寒川さんが部屋で死んでます!!」


必死な形相をした西野さんがかけこんできた。それを聞くやいなや、おじさんと新一くんが駆けていく。流されるままに私は蘭ちゃんについていった。


「なまえ姉ちゃんは見ないで!」


コナンくんの鋭い声に、びくりと体が止まる。部屋の扉越しに感じる澱んだ空気で、一般人の私が見るものではないと悟る。


「……キッドと同じに、右目を撃たれてやがる」


誰かの言葉を、耳が拾う。
ひたりと、水が滴ったように背筋がぴきりとなった。
これで、確実だ。
彼を邪魔しようとか、そんな浅はかな目的ではなく、本気で、命を奪うことを厭わない者に彼は追われているということが。


20150426
title by 降伏
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