しっとりとした空気が、肌をべたつかせる。夏服に移行するかどうかの微妙な時期は、毎日どこかで憂鬱だ。太陽のことを好きなわけでもないけど、こんなふうに灰色の空ばかり見せて眠気を誘う空ばかりだと、青い色が恋しくなる。 雨が降れば髪の毛が広がり、曇りだと雲が脳を包むように働かなくなる。 ぼんやりとしたまま、階段を上がる。
白のカーテンが垂れ下がるのを見ながら、ふとマジシャンのことを思い出す。 最近、あの人のことを考えることが多くなった。考えても仕方ないことばかりだけど。 相変わらず来たり来なかったりする彼に、欲がでているのは事実で、この感情はなんなのだろうと手持ち無沙汰に抱える。 好きか嫌いかと問われれば、嫌いではないと思う。 かといって好きかと問われたら、多分、違う。 友達、という柔らかな関係ではないと思う。話を聞く、話すというコミュニケーションと、マジックを見せてくれる、所謂客と奇術師。
マジック、という言葉は、私の中では黒羽くんの代名詞だった。 またその共通点が、ぐらぐらと二人が揺れて重なっては離れていく。怪盗に対しての無知が、自分の無意識の脳が記憶を乗せていく。 似ている、と最近よく思う。それは私が黒羽くんを意識しすぎているがゆえの気持ち悪い産物かもしれないが。そのせいもあって、怪盗に対して情が湧き始めている気がする。怪盗の優しさに異様に一喜して、この人は違うのだからと後で一憂するのだ。似ているから、という理由で惹かれている自分が酷く情けなくなる。 もしかして同一人物だったり?と頭によぎった時は、馬鹿馬鹿しくて一人部屋で鼻で笑ってしまった。
そういえば、黒羽くんに初めて会ったときも、マジックを見せてくれた気がする。今でも破れた新聞を復活したり、女の子のスカートめくりをしたりするのに使っているのはよく見るけど、私が真正面から見たマジックはその一回きりだ。
優越感、という単語が頭をもたげる。
私はマジックで黒羽くんを好きになったわけではない。それでも、ただ私のためにしてくれたマジックは多分それだけだ。 スカートめくりをするのだって、あおちゃんを中心とした女の子で、私はあおちゃんと仲が良い方だと思うけどされたことはない。されたいとは一切思わないけど、されないというのも複雑、という嫌な感情。
ああ、まただと、そこから抜け出すように足を踏み出す。
そんな感情が嫌で、諦めようと忘れようと思っていたのに、まだだめなのか。 自分の足音が響く。 好きだと気づいたときには、もう遅くて、というか好きだと自覚する前から、出会った時から分かっていたことで、彼にはお似合いの幼なじみがいた。その子は女の私からみてもとっても可愛くて、とっても良い子で、私と仲がよかった。彼とここまで話せる関係になったのも、彼女のおかげだった。 高校までずっと一緒で、何をするでも、言葉を交わさずとも理解しあう夫婦のような二人が、羨ましかった。
そうだ、羨ましかったのだ。 どんなに頑張っても、その二人を引き裂くようなことは誰もできなくて、出来るような勇気もなくて、二人とも大切で、ただの傍観者であるはずの私は、何も出来なかったのだ。
独占欲。 ただ、それだけかもしれないと、思った。怪盗と私の時間は、二人だけの空間で、彼は私のためだけにマジックをしてくれる。そんな好きな人との些細な共通点のせいで、こんなにも繋がりを振り切ることができなかったのかしれない。 どうしても欲を持つこの感情を押さえ込んで、押さえ込んだまま、まさに忽然と姿を現した白い彼に、逃げているのかもしれない。
歩く廊下は平行で真っ直ぐなのに、人を避けるためにじぐざぐと方向を変える。
「やっとあの二人もくっつくみたいだぜ?」 「はあ?あいつら幼なじみで今更だろ」 「今回はガチかもよ。だって中森がデートに誘ってたし」 「へえー、あの二人がね。ま、あいつらつきあってたようなもんだし別になあー」
ぽこり、ぽこり、とフレーズが泡のように弾けて消える。
苦しみばかりを生んでいくこの想いは、ただ重いだけでしかなく、諦めたはずの心は、また焼け付くように擦り切れて、忘れたはずの感情は、目頭を熱くすることもなく、嘲るように鼻の奥をつんとさせただけだった。
title by 花畑心中
20140801
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