「……ねえ、快斗、あそこになんか小さい子たちが集まってない?」 「ん?」
下校時間、校門に向かいながら2人の会話をぼんやりと聞いていたら、そんな言葉が聞こえた。はっとしてあおちゃんが指さした方向をみる。そこには五人くらいの小学生たちがたむろっていた。
「あんなところにいるってことは、江古田に用なのかな」 「そーなんじゃね?」
黒羽くんが興味なさそうにしていたが、ふと目線をそちらに向けたら目を鋭くさせた。
「あー……、あおちゃん達、私を隠して」 「へ?」 「は?」 「いいから!」
ぽかんとする2人の後ろに隠れて、できるだけさっさと歩かせる。なんか見てみるとそっちもそっちで話すのに気をとられているみたいだし。万が一の確率でも。
「あ!なまえねーちゃん!」 「え?」
大きな声が聞こえた。それに2人の足は当然止まって、あおちゃんが首を傾げる。 少し遠くから駆け寄ってくる小さな男の子。
「なまえねーちゃん!約束してたでしょ?忘れちゃったの?」 「……う、うんそうだったね、コナンくん」
私の制服を掴んで笑顔で見上げてくる。たぶん、わざとやってる。 その様子は傍目にはとても可愛らしいだろうが、私にはその後ろの悪魔が見えた。 ですよね、少しでも逃げようとした私が馬鹿でした。
「なんだー!なまえちゃんの知り合い?」 「そうなの!今日会いに行くって約束してたんだー!」
あおちゃんの無邪気な言葉に、コナンくんが負けず無邪気に答える。 ああ、怖いわ。久々に見たけど本当コナンくんモードあざとい。
「コナン先にいくんじゃねーよ!」 「待ってよコナンくん!」 「もういいだろ?オメーらは帰れ」 「えー!せっかく来たのによー!」 「勝手についてきたんだろ」
なるほど多分この子達は新一くんの今のクラスメイトなのだろう。そんな様子を哀ちゃんが面白そうに傍観している。
「ねえ!皆はコナンくんの友達なの?」 「そうなの!」 「俺たち少年探偵団って言うんだぜ!」
純粋な元気さがもう私にはないなー、と思いながら自己紹介をした。 あゆみちゃんと元太くんと光彦くん。いい子達だ。私たちの様子を苦々しげに横で見ていた新一くんのことは気づかない振りをする。
「俺もっと蘭ねえちゃんに似てると思ってたぜ」 「外見じゃなくて性格が似てるんじゃないですか?」 「多分逆に全然違うような人に惹かれたのよ!」 「ちょ、おまえら!」
なんだか新一くんが焦り始めた。
「皆、何の話してるの?」 「コナンくんの好きな人の話!」 「へ?」 「はあ?名探偵の?」 「お前ら黙れって!」
黒羽くんが眉間にしわをよせて言った。 新一くんの制止も聞かず子供たちはしゃべり続ける。
「今日ずーっとなまえさんのこと気にかかってたんですよ?」 「そのせいで授業中当てられても気づかないしよー」 「重症よね」 「っ、灰原まで!!」
赤くなって否定する新一くんがなんだかおかしい。
「だから!コナンくんの好きな人誰か確かめようと思って今日来たの!」
あゆみちゃんの真剣な顔が、どこか小学一年生というよりも女の表情でいくつになっても変わらないんだな、となんだか優しい気持ちになる。
「私、昨日すっごい迷惑かけたからそのことで考えてたんだと思うよ」
だから、あゆみちゃん心配しなくていいよ、と心の中で付け加える。
「…ほんとに?」 「ほんと!私なんかよりもーっと可愛い子好きになるよ、コナンくんは!」 「なまえお姉さんは可愛いよ!」 「……ありがとう」
思わぬ強い返事にびっくりするが、ありがたく受け取っておく。
「ほら!もうオメーら暗くならねーうちに帰れよ」 「えー!せっかくなまえお姉さんと仲良くなったんだからもうちょっと一緒にいる!」
ブーイングを受ける新一くんを苦笑いしながら見ていたら、突然隣にしゃがむ影ができた。
「ようオメーら、ちょっとこっち見てろよ」
何もない彼の手のひらをひらりと見せて、手を空わせる。
「スリー、ツー、ワン!」
ぽん!と音がして黒羽くんの手の中には小さな花のブーケがのっていた。小さな薔薇の丸いブーケはとても可愛らしい。
「うわーっ!すっごーい!!」
皆が目を輝かせて黒羽くんの手を触ったりしている。
「これは可愛いお嬢さんに」
いたずらっ子の顔をしてあゆみちゃんに手渡す。 さっすが、黒羽くん。それを見たあおちゃんは呆れたように笑っていた。
「よし!皆何か食べない?」
ファミレスでも行きませんか?と誘ってみたら、元気な声で賛成した。
「おし!行こーぜ!」
黒羽くんが先頭をきって歩いていく。それにわらわらとついていく三人の様子を見ながら、私は微笑んだ。
「ほら、新一くん達も行こ?」 「……オメー、昨日の約束忘れたわけじゃねーよな?」 「ちゃんと覚えてるよ」
今日初めての新一くんの素だ。声も口調もやっぱりこっちの方が落ち着く。まだ怖いのは変わらないけど。
昨日の夜、詳しい話を言う隙もないままとりあえず散々説教されたため、あまりこうなったキッドの経緯を伝えていない。新一くんがそれに気づいたのはもう夜中も過ぎて大分経った頃。正直眠くて話半分で説教を聞いていたので、あまりダメージはない。そんなことばれたらまた怒られるの確実だから言わないけど。 説教云々別にしても、キッドのことを聞きたいらしい彼に、とにかく今日は寝かせてくれ、と言ったら明日行くから逃げんなよ!と台詞を吐かれて電話が切れた。 よっぽど、自分の知らないところでキッドと会っていたのが気にくわなかったらしい。さすが好敵手。
人数が多いからとファミレス内で分かれて、とりあえず黒羽くんとあおちゃんに子供たちの相手を任せて、私は工藤くんに捕まえられて事情聴取を受けた。 逃れられないと洗いざらい話す私の言葉を、終始不機嫌そうに聞いていたけれど、終わったときにはあっさりと私を解放してくれた。 でも相手は一応犯罪者なのだから、くれぐれも気をつけろときつく言われた。
あおちゃんは家の用事がある、と言って途中で帰ったけれど黒羽くんのおかげでなんとか皆を楽しませてくれたらしい。本当に黒羽くんには感謝だ。
くっそ、なんでこいつと2人になってまったんだ。と嫌な冷や汗をかく。子供たちを送る道すがら、前にいるなまえたちを羨ましく思う。
「ねえ、快斗おにいちゃん」
名探偵にちゃん付けされるの、気持ち悪い。何故か変な悪寒を感じながら答える。
「なんだよ、ボウズ」 「…オメー、キッドだろ」
確信をもって言うその声は、いつもの追われる時のそれで、本気だと悟る。
「なにばかなこといってんだよ」 「もうめんどくせーから早くバラせよ」
んな無茶なこといってんじゃねーよ、と内心ツッコミながらポーカーフェイスを保つ。
「まずは俺を呼んだとき。オメー、最初俺のこと『名探偵』つったんだよ。その時点で名前しか知らねーはずなのにそう呼んだんだ」 「……みょーじから聞いてたかもしんねーだろ?」 「あいつは俺の中身知ってるし、こんな接点は説明が面倒つって自分からはあんま言わねーんだよ。もし言ってたとしても最初から名探偵っておかしいだろ。それに俺のことそんな風に呼ぶのは、キッドにしか言われたことねーんだよ」 「………」 「軽々と日常でできるほどのマジック。あゆみちゃんに対する気障な言動。結構な頻度であいつのベランダに訪れることができるってことは、同じ校区内だと楽だろうなあ? んで、最後に、頬のかすったような傷。丁度、つい昨日キッドにボール当てたばっかなんだけど、その右頬にな」
不敵な笑みを浮かべる彼に、ふっと俺は笑って息を吐く。
「……そうだよ。俺がキッドだよ」 「お、意外とすぐ認めたな」 「オメーがめんどくせーっつったんだろ?で、俺を警察に突き出すか?」 「んなことしたって証拠不十分で釈放だ。俺は現行犯しか興味ねーし」 「名探偵やっさしー」 「っ、頭撫でんじゃねえ!」 「まあこれで、ある意味イーブンだろ。俺もお前の中身知ってんだからよ」 「まあな。お前、幼なじみの親が中森警部とかすげーな。ばれてねえのか?」 「ばれてたらここにいねーよ。まー中森警部だしなー。警部如きに追いつめられる俺じゃねーよ」 「へいへい」 「仲良くしよーぜ?お、た、が、い」 「ハートつけんな気持ち悪い」
(あ、まだ俺あいつに言ってねーからキッドの正体バラすなよ?) (……どーすっかなー) (おい!?名探偵そこはちゃんと約束して!)
20140730
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