教室と違う無機質な匂いと柔軟剤のようなピンクの花の匂いが混ざっている。ワックスが剥がれていない床が明るい。
保健室の扉には「ただいま出張中」とカラフルな字でかかれたプレートが掲げられていたが、鍵は開いていて一つのベッドだけカーテンがひかれていた。
その中に入れば案の定、なまえが寝ていた。その隣に丸椅子を持ってきて座りながら、丸まりながら寝ている彼女の横顔を眺める。 ここには、俺と彼女しかいなくて、あまりにも静かなこの空間が時間さえも忘れて世界がぽっかりと浮いている気になる。昨日のことさえ、忘れてしまえそうだ。
あの密やかな限りない夜の空間のことを。 小さな探偵の影のことを。 白の姿でしかない、俺を。
さらり、と思わず彼女の顔にかかる髪の毛をよける。そのまま、頬に手をあてる。柔らかな体温に掌が溶けそうだ。 両手を顔の横に置いて寝ている彼女の手の上に、自分の掌を重ねる。 白く細い手。脆くみえるそれが、どくん、と跳ねた。 ん、と言いながら彼女が少し動く。 彼女の手がさらに顔に近づけられる。俺の手はそのままなぜか弱々しく握られてしまっていて、その手は彼女の唇につきそうで。あまりのことに脳内がふリーズしてされるがままだ。唇にあたらなくても、規則正しい寝息が、小指にかかる。 右手で目を押さえた。 あどけない表情が、俺の中の感情を余計に煽る。
「……キッド、」
ぴし、と体が締まった。 多分彼女の寝言だろう。少しだけ手が離れたから気持ちがだいぶ楽だ。声で少し頭が覚める。それでも、体はぐらりと熱を帯びている。
「どんな夢、見てんのかねー」
掠れた声で呟いた。この空間は、俺だけのものということ。そして彼女の寝言が、あの探偵ではなく俺だったことに押さえきれない優越感が内で沸き上がる。 どんな関係か知らないが、お互いに名前を呼ぶような仲だというのは事実で、そんな些細なことが何故か異様に心に棘を埋め込んで鈍く苦しませる。 見せる事なんてできない、重い塊。
いっそのこと、このまま2人で、白い世界へ沈んでしまいたい。
不安定なままの自分の感情を、手持ち無沙汰にしたまま、ただ彼女への想いという真っ直ぐさだけで背骨を正した。
20140728
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