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「こんばんは。お嬢さん」


満月の下、今夜も白の怪盗が降り立つ。
……私の部屋のベランダに。

あれから何故か、家を知っていた怪盗さんは(もう何も言うまい)、私の部屋のベランダを良い羽休め場所とでも考えたのか、ちょくちょく来るようになった。宝石を取った後、何もないとき、などその時は様々だけれど、一週間に一回あるかないかの結構な頻度で、来る。
そしていつの間にか、マジックを見せてもらったり、他愛ない話をして、暫くしたら帰っていくというのが日課になった。

いくらそこそこの高さの壁があって屋根があるベランダだといっても、白ずくめのまま居座るのだから周りにばれるのではないかと思ったが、彼曰く丁度ここは周りから死角になっていて、よっぽどのことがなければ見つからないらしい。
いいんだか悪いんだか。


「相変わらず気障な怪盗さん。お疲れさま」
「一言余計だぜ、お嬢さん」


うまく手摺りに乗っかって足を投げ出している。その横で手摺りに腕を乗せた。

この習慣を重ねるにつれ、多少色々と変化した。
例えば、彼の口調。最初は会った当時の隙のない紳士口調だったけれど、今では砕けた言葉遣いの方が大半だ。時々気取った口調に戻るけれど、それは殆どからかうときかかっこつけるときだ。会った時から若い気はしていたけれど、口調を聞いて私と同じくらいかもしれないな、と何となく思った。

また、変わらないこともある。
隣にいるときの距離。これは、最初と同じだ。基本、間に一人分空いている。この距離感が一番心地が良いし、なんとなく、お互い境界線を引いているのだろう。特に、彼が。これ以上干渉しない、という暗黙の牽制。
考えれば、正体を知ろうと思えば私の立場はとてもお得な立ち位置だ。隣にいる彼のシルクハットを取りさえすればいいのだから。けれどもそれはしない。できない。これも、なんとなく直感的にしてはいけないと感じるのだ。


「ここにいるってことは、今日もあの子を出し抜いたんだね」
「まあな。まだまだ俺を捕まえるのは早いぜ」


新一くんの悔しがる顔が容易に想像できる。反対にキッドの方はにやにやと笑っている。


「毎回毎回、愚痴を聞かされるのは私なんだからね」


びゅう、と少し強い風が吹く。キッドのマントが音を立て、私の髪がなびく。


「それはお疲れさまなことで」


むはは、と笑っている。意地悪い人だ。


「つか、なんでなまえはあいつの正体知ってんだよ?」
「あー、それは色々あってね。ほんと舐めてちゃだめだよ?」
「分かってますよ、お嬢さま」
「その言い方イラってするって言ったでしょ」


わざわざ声を作って言うから、ぐい、と肘でお腹をこづいた。
最初お嬢さんからなぜかさや嬢とか言い出すから、それは嫌ですと敬語で返したらいつの間にか名前になっていた。家もそうだけど名乗ってないのに名前知ってるとか。泥棒怖い。
私が嫌な顔をすると分かっていて、色々呼ぶからむっとする。多分キッドの中の人はいい性格しすぎていると思う。

沸々とキッドのストレスが溜まっていってるから、新一くんいつかとんでもない手に出そうで怖い。あ、その捌け口が私なのか。


「なんだか私よりも仲良さそうなので、小さな名探偵に嫉妬したんですよ」
「心にもないことを」


私が呆れて笑うと、シルクハットをくるりとかぶりなおした。

突然、音楽が流れ出す。音のしない外の夜に溶け込まない音に少しびっくりしながら、ポケットから携帯を取り出した。


「お、噂をすれば名探偵」


こそりと覗き込んだ彼が呟く。音楽が流れるのを断ち切るように通話ボタンを押した。
いつもは次の日とかが多いのに。よっぽど何かあったのか。多分原因であろうにこにこしている隣の人物を睨みながら電話に出る。


「もしもし、」
「おい!今日キッドの予告の日だったんだけどさ!」


やっぱりこの人が原因か、と思いながら、口パクで静かにしてて、と訴える。キッドがここにいることがばれたら相当厄介なことになる。
うんうん、と相槌を打ちながら話を聞く。横にキッドがいる状態で聞くのは、なんだか新一くんに対して申し訳ない気がする。気まずい。
そんな事を考えていたら、ふっと耳元から声が離れた。
あ、と思う間に携帯はキッドの手の中で。


「ばかっ!」


取り上げようと手を伸ばしても、時すでに遅し。


「よう、名探偵。さっきぶりだな」


ハートをつけるくらい声がにやにやと跳ねている。これは、やばい。


『は!?なんでキッドの声がすんだよ!!』
「お、ちゃんと分かってくれんだなさすが名探偵」
『んなこと言ってる場合じゃねー!なんでオメーがなまえの携帯に、』
「んー?それはなまえと俺が秘密の関係だから、かな?」
「なにデタラメ言ってんの!!?」


馬鹿なことを言い出すキッドに、さっと血の気が引いた。


『……今の声って、なまえだよな?』
「おう。詳しくは、なまえ嬢に聞いてみたらどうだ?んじゃ、良い夢を」


そしてぽち、と勝手に携帯を切った。


「よし、そろそろ帰るか。なまえ嬢も、良い夢を」
「……あんたは一回空から落ちればいいのに!!!」


ハンググライダーで飛び立つ瞬間、近所の事など関係なく叫んだ。そんな私にお構いなく、ゆるりと旋回して白が小さくなる。

一度切れた携帯は、また鳴り始めた。

ああもう、全てを私に押しつけるなんてどこが紳士な怪盗なの。
これからのことを思うと、携帯を放り出したくなった。
本当に今日は電源を切って寝ようかしら。そう頭の中に過ぎりながら、部屋へ一歩踏み出せば、なんだか違和感。ふと下を見たら、見たこともない大振りなネックレスがかけられていて。きらきらと赤く光る重量感が首元にある。

これは嫌でも、今すぐあの小さな名探偵と話す運命にあるようだ。


(どーいうことだよ!!)
(……ごめん新一くん、その前にあの泥棒ネックレス置いてったんだけどどうすればいいの)


20140728

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