×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -






■ ■ ■


「えー!なまえさん、本部所属に戻って、個人ランク戦も復帰なんすか!?」
「そうなんだよねー、ちょっと上層部に嫌がらせされちゃって」
「へー、でも俺はなまえさんこっちに来てくれて嬉しいっすけどね!」
「単純で可愛いなあ、公平ー」
「何よりすぐ模擬戦出来るのが最高っすね!」
「……あんた、やっぱり太刀川に似てきてんじゃないの」
「いやあんな人と一緒にしないでくださいよ!」


殆どのA級、B級上位は私が元々本部所属だったことを知っているので、不思議そうな顔はされたものの、戻ってきたことは比較的好意を持って受け入れてくれた。
それ以外のB級、C級にとっては、やはり私がふらふらと本部にいるようになったこと、そして上位の奴らに声をかけられていることがどうしても目立つ要因になっているようだった。


「何の話してたんだよ」
「うわっ、」


突然肩に重みがのしかかる。無理矢理後ろに首を捻ると、そこには太刀川がいた。


「げ、太刀川さん」
「なんだよその顔は。というかそんなことより模擬戦しようぜ」
「ほんとあんたそれしかないよね」


出水と一緒に呆れてため息をついた。


「前は玉狛に逃げられてたけど、これからはランク戦復帰だからな、遠慮なく誘えるぜ」
「あんたはランク戦なくても誘ってたでしょうが」


私はいい加減に肩から太刀川の腕を払い落とす。


「ほんとあんた戦闘しか頭にないわね」
「おまえが、どう思ってようが、俺にとっては迅もおまえも戻ってきて最高でしかねーな」


そうあっけらかんと裏表なく言い放つ太刀川に、いっそ清々しさまで覚える。


「……そっか、迅もランク戦復帰か」
「やばいっすねー、それは」


やばいと言いながら、わくわくが止まらない目をしているのは、出水も同じだった。
強い人間は、闘いに貪欲でないと、その地位には居続けられない。


「おまえら、組んじゃえばいいじゃん」


昔みたいに、と本当に口が過ぎる。
出水がその言葉にきょとんとした。


「2人とも個人が性に合ってるの」


そろそろ会話を切り上げねばならない。
じゃ、と私は手を振ってその場を後にする。


「おい、模擬戦ー!」
「私トリガー調整中だから出来ないの」


そそくさと私はそこから離れる。






あれから2週間、私は指示通りすぐさま玉狛を引き払い、本部の簡易部屋を借りた。そこにまずは荷物を置いた。そもそも玉狛に置いている荷物も少ない。
物を持ちすぎたら、動けなくなる。
桐絵にはちょっぴり泣かれ、レイジさんと林藤さん、栞にはいつでも戻ってきていいんだよ、と言われた。
私は力なく微笑んで後にした。
遊真や修くん、千佳ちゃんも、私が何故引き払うのかなど、色々と勘ぐられていただろうが、曖昧に誤魔化した。いざと言う時には、事実は迅や桐絵が言うだろう。
別に言われたところで構わない。自分がいうような事でもなかった。唯一心残りだと言うならば、気にしないで欲しいということだけだ。
誰のせいでもなく、今回の件は、私とあの人の問題だからだ。

あの日から、迅とは会っていなかった。
元々実力派エリートの彼は忙しいし、私も地味にボーダーの仕事はあるし、大学も通っている。その上で今回は移籍作業に引越しと、すれ違ってもおかしくない日々を過ごしていた。
でも、こちらから予定をあわせていないだけで、迅が合わせようと思えばエンカウントできる予定ではあった、と思う。
こちらから予定を合わせなかったのは、ただの意地だった。

今日は、一人暮らしの郊外の部屋へと帰る。あのまま本部の簡易部屋にいても、静まる気もしなかった。
どうしても本部にいると、仕事モードになってしまう。

すでに日が暮れて、明日の大学の時間や、防衛任務の時間を頭で確認しながら、アパートの階段を登っていた時だった。
近くにいかないと気づかなかった。
私の家の前で、誰かが蹲っている。足に顔は伏せられているが、その髪色はよく見知った鳶色をしていた。
カツンという、私の足音で、彼も気づく。
おもむろに顔を上げれば、案の定よく知っている顔で、そして、驚く程に子どもじみた顔をしていた。


「迅、」


思わず、声をかけると、迅は立ち上がり、私に駆け寄る。
そのまま抱きしめられる。


「なまえ、」
「ちょ、っと、迅、待って、」


男と女の差だ。覆い被さるように彼は私を抱き締めて、離さない。私はそのままずるずると、自分の部屋の前につく。


「なまえ、」
「分かったから、ちょっと外は目立つから、ね」


私の肩に顔を埋めたまま、引き摺ってやっとの思いで鍵をあける。そのまま玄関に雪崩込む。
暗がりの中、足元も覚束無いまま、私は玄関の鍵を閉めて、息を吐く。
とん、と背中が壁につく。


「迅、」


迅の腕を軽く叩く。
彼は、なおも私の肩に首を埋めたまま、動かない。


「迅、いい加減に離して欲しいんだけど」


私はため息をついて、だらんと腕を降ろす。
どうせ、彼が離さなければ、私は離れることはできない。
まるで子どもだ。大人になりきれない、私たちは。
暫くして、やっと彼はゆっくりと顔を外して私とまみえる。
久しぶりに見る瞳は、酷く揺れていた。


「迅、どうしたの」
「……なんで怒りに来ないの」
「……へ?」


また、彼は抱きしめ直す。
もごもごと肩に頭を埋めたまま、彼が話すから、首元に息は当たるし耳には彼の髪の毛がさわさわと当たるから擽ったい。
まるで怒って欲しいような、罰の悪い子どものような声で縋るから、私はこれまでの経緯を一瞬忘れた。
再び顔を見たくて、私は彼を無理やり剥がす。


「なんで、迅を怒る必要があるの」


私は、あまりにも目の前の人が弱々しく話すものだから、珍しくて笑ってしまう。
彼は、だって、と言うように目で訴えた。
長くいすぎた、関係だった。彼が言う言葉、私が言う言葉、最大公約数で意思疎通がはかれてしまう。それで、良かったのかは分からないけど。


「別にあなたのせいじゃないでしょ」


瞬間は血が上ってしまったけれど、冷静になってみれば、私が怒れる問題など何一つなかった。
迅が風刃を返したことは、私には関係の無いことであるし、私の所属の問題も、彼の予知がなかったとしても発生していた問題である。
迅が、いくら昨日のあのタイミングで発生するよう、調整したとしても、火のないところに煙は立たない。
どこまでも前者は私とは無関係で、後者は迅と無関係だった。


「……会いに来てくれないから」


本当に、今日はいつにも増してやわやわだ。
彼の表情も、いつものすかした笑顔はどこにいったのだろう。綺麗な空色の瞳が、いつもかけている水色の眼鏡をしていないおかげで、綺麗に見えた。久々に、彼の瞳をきちんと見た気がした。


「……それは、迅もでしょう」


そう言うと、彼は私を責めるように、また私の肩口に顔をうずめる。
確かに、今回は特別私の底意地が悪かった。
少しだけ八つ当たりもしていた。怒ってはいないけれど、どんな顔であえばいいのかわからなかった。

それは怖かったからだ。
彼がこの未来を避けなかったこと。それが怖かった。
私はもういらないんじゃないか。
彼のそばには必要ないんじゃないか。

涼しい顔を見せて、一番怯えているのは、私だ。


「……俺のこと、遠ざけないでよ」
「……うん」


ここで、簡単に謝ってしまうことはよくないと分かっていた。
自分の感情を認めてしまうから。


「悠一、大丈夫だよ。大丈夫だから」


とんとんと、子どもをあやすように私は彼に体を委ねる。
背負いすぎてしまった、彼の背中にそっと手を置く。

無言のまま、彼は落ち着いたように息を吐いた。
私はただ、されるがままになる。

一番ほっとしているのは、迅ではなく私だ。
まだ必要とされていると、安心したのは、卑怯な私だ。


20200519
title by 依存