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「#幼馴染」のBL小説を読む
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■ ■ ■


朝起きたら彼はもうどこにもいなかった。
私は寝ぼけたまま薬缶を火にかけて湯を沸かす。カーテンを開ければ、今日は曇りだった。
彼は合鍵を持っている。それは私がこの部屋を借りてからずっとのことだ。
迅は、その鍵をただ閉めることだけに使う。








夜まで雲は晴れることは無かった。
迅に言われるがままに、私は少し離れた屋根に乗っかり、足を空中にさ迷わせた。


「ねえ迅、私本当に必要?」
「なまえは保険。だけどいてもらわなきゃ困るんだ」


迅には嵐山隊が集合しており、何よりも迅には風刃がある。待機させられた場所は、駆けつけようと思えば駆けつけられるが、戦いを見ることすら不可能ではないのかと思うほどに遠い。これは見るからに私は保険の保険。最後の手段ということを表していた。相手には私の存在を知らしめるらしいが、実際の所出番はないし、相手も風間さんや太刀川だからそんな陽動など機能するのだろうか。


「そう」
「……ごめんね」


迅は何に謝ってるんだろう。私を些細な保険のために呼び出したこと。それとも。
何を見ているのかなんて考えることは、とうの昔にやめた。だって、迅の世界を私がみることはぜ帯にできないから。どれだけ祈っても、できないから。
私は、迅の静かな声を聞こえないふりをして、春の空を見上げる。
もうすぐ、日が沈む。






結局のところ、私の出番はないも同然だった。最初に布陣を確認した時、当然のように迅の方に私は着くのだと思ったのに、迅の指示は、嵐山隊の援護だった。その指示に、木虎は訝し気に眉根を寄せて遠くの私を睨んでいた。そんな顔しないでほしいなあ、と思いつつ、嵐山が木虎をきちんと諫めたようだった。「迅に何か考えがあるんだろう」そう嵐山が言っているのが唇の動きでわかる。
彼は、その一言で全ての行動にが納得される。







私は置いていかれてばかりだ。
結局、迅側の勝利となったが、そのまま、遠征終わりの風間さんと太刀川、迅と嵐山に連れられて本部を歩いていた。

私だけ、会議に参加することは許されなくて、会議室の近くのソファに座ってぼんやりとする。
どうせ、迅と帰る場所は一緒だ。

今回の騒動は、恐らく迅が拾ってきた近界民に関わることだろう。まだ一回しかあっていないその白い髪の小さな子供を思い浮かべる。
そっと私は目を閉じて、自販機で買ったミルクティーを飲む。
迅は何も言っていなかったけれど、一応城戸派の風間隊と太刀川隊、当真、それに反して忍田派の嵐山隊に、玉狛の迅と私。
厄介な派閥だ、と頭をもたげた。


「なまえ、おまえも来い」


そんな言葉で呼びに来たのは、風見さんだった。
私はミルクティーを飲み干して、ゴミ箱に捨てる。
会議室までの短い道すがら、風見さんに私が呼ばれた理由を聞いても、彼は応えてくれなかった。風見さんは優しい人だから、いつもの真顔で何を考えているのか分からない。
私が、良いことで彼らに呼ばれることは殆どなかった。


部屋に入れば、そこは思いの外重苦しい雰囲気で、私は憮然と前を見据える。
正面の少し上には、司令官と、その周りにも上層部ばかりが座る。
私は真ん中に立っていた迅の近くに佇んだ。盗み見た迅の横顔は、いつもの飄々とした表情を讃えてはいたが、瞳の感情は削がれていた。


「なまえ、」
「なんですか」


名前で呼ばれるのは久方ぶりだった。それは私が避けていたからだ。彼から呼ばれると、どこか逆らえない気持ちがして苦手だった。
私は再びちらりと迅を見るが、彼は異様な程に私を見なかった。


「今回の件が、迅が入れた近界民を捕らえることだったことは分かっているな」
「……はい」


何も知らされていなかったけど、玉狛を目指している時点でそれしか理由はなかった。それで、わざわざ直接攻撃してくるとは思っていなかったけれども。そういう所も、好きになれない。


「近界民を玉狛に入れることを飲む代わりに交換条件を飲んでもらうことにした」
「……まさか、」


私はざっと、隣の迅を見る。彼は変わらず私を見ることはなくて、飄々と司令官の方を向いていた。
交渉で交換条件を提示することは王道中の王道の交渉術だ。
しかし、今の状況で、黒トリガーを持つ近界民と同等の、迅が出せる交渉材料は、私が知る限り一つしかなかった。


「ちょっと待って、あれは最上さんの、!」
「他ならぬ迅が言い出したことだ。我々が無理強いしたわけではない」


静かに言い放つ司令官の表情は変わらず読めず、そんな冷めた表情に虫唾が走る。
どんな思いで、彼が手離すのか。それを受け入れる上層部に、それを差し出す迅に、何もできない自分自身に、誰に対して怒っているのかも分からなかった。


「迅っ」
「城戸さんが言うように、俺が言い出したことだから。俺は十分助けてもらったからね」


淡泊に言う彼の横顔を見つめた。私の方が余程動揺していた。
私は、きっ、と正面を見据える。司令官の表情は何も変わらない。


「お前に来てもらったのはこのことを伝えるためではない。本題はここからだ」
「どういうこと、」


彼は組んだ腕をそのままに、私を見返した。


「黒トリガー持ちの近界民と迅の黒トリガーだけでは、こちらの方が不利だ」
「何を言って……!」
「近界民以外に玉狛支部は人員を増やしただろう。お前が一番分かっていたはずだ」


嫌な予感と、迅が私を今回の件に関わらせた理由がやっとわかった。ここまできて、やっと保険だったのだ、私は。


「……ちょっと待ってよ」
「みょうじなまえを本日付で、玉狛支部から本部所属に戻す」
「だから、ちょっと待ってって言ってるでしょ!」
「なまえ、元々お前の我儘を一時的に容認していただけだ。上の指令に従うのがボーダーだ」
「何が嫌で出ていったと思ってるの、あまりにも横暴だわ!」
「既に決定したことだ。玉狛支部の試用トリガーも今後原則禁止。今の玉狛支部も一週間以内に引き払いなさい」


こうなった司令官に対抗する術など、一介の人間が持っているはずもなかった。
本当に、全てが決まっていたのだろう。
隣にいる迅を見るも、私の方を見ようとしない。
全てが、私が入室する前に決まっていたのだ。そして、迅もまた、この決定を飲んだということだった。私が嫌がることを、一番分かっているはずの迅が、避けなかった未来だ。
私は、全ての感情が抜けていくようだった。


「……承知いたしました、司令官。もう話は終わりでしょう」
「……ああ」


何も感じない。私は礼儀などそこそこに踵を返して、部屋から出ていった。
迅が追ってくることはないと知っていた。



20200518
title by へそ