■ ■ ■
次の日の朝、諏訪さん家から追い出されたあと、日光が眩しすぎると思った時点でどこまでも終わっていた。
「……風間さん、昨日のこと覚えてる」
「……日本酒飲み始めてから記憶がない」
「……おなじく」
「何の話だよ」
「太刀川も寝てて覚えてないでしょ」
もやもやとマーブル模様の描いた濁った牛乳紅茶のように、その現実は絶対あるのに何があったか本人は知らない。
早々ない失態をお互い受け入れたくないせいか、無言で頭痛とともに重い足を踏み出した。
暫くして風間さんと太刀川は遠征に行った。隊に所属していない私は行かなかった。数度行ったことはあるが、とうの昔の話だ。それは迅も同じだと思い出した。
「なまえ」
大学からの帰り道、自分の一人暮らしの家に戻ろうと黄昏時に歩いていた時だった。
「うわ、迅じゃん」
電信柱に凭れかかっていた彼に、思わず足を止めた。
「うわって酷いな」
「不審者に間違われても仕方ないからね」
止めた足を再開させると、彼は当然のように私の横に並んだ。
「今日、泊まってっていい?」
「聞かなくても未来は決まってるんでしょ」
びくりとした心臓の仕返しにと、わざと素っ気ない態度を取る。それにも彼はへらりと笑ってまっすぐに掠れた夕日を見つめた。
「聞くのはエチケットでしょ」
それに、お前はよく変わるから確定しないの、と何度も聞いた言葉を呟いた。
私は何も言わない。それが肯定として、私はよっぽどのことがなければ彼の申し出を断ることがないと、未来視などなくても積み重ねた年月の層が教えてくれる。
「今日は手抜きだからね」
「………三色丼かあ」
「五月蝿い」
「何も悪いこと言ってないじゃん」
へらりと彼は笑った。その顔が夕焼けに照らされて黒くなった。酷く凪いだ風が、隙間を通り抜ける。
「明日の夜さあ、あけといてね」
「なんで」
「ちょっと手伝ってもらうかも」
もぐもぐと目線は丼のまま、迅は言った。
「そういえば、明日遠征隊帰ってくるよね」
「………なまえに隠し事はできないな」
「隠し事をしようとする魂胆がいけないの」
へらりとようやっと目線を上げた。薄く笑った顔は困ったようで、どことなく私が思ったよりも重大なことのように感じた。
彼はまた、何を企んでいるのだろう。
どうせ聞いても教えてくれないことは、これまでの経験上嫌というほど分かっていた。
「悠一、」
「なに?」
「無理しないで」
彼はその言葉に、さらりと瞳の色を変えた。何を視ているのかは知らない。箸を置いて、頬杖をついた彼は、ただ優しい表情をして私を見つめた。
「大丈夫」
「あんたの大丈夫はあてにならない」
「なまえがいるから、大丈夫」
彼の言葉は、砂糖だ。甘やかして甘やかして、私を駄目にする。蟻地獄のように、どんどん私の行動を制限してもがくしかない。
「なまえが、そうやって言ってくれるから、俺は甘えられるの」
「悠一は卑怯よ」
「知ってる」
そんな俺でも、お前は受け入れてくれるんだろう?、そう目を伏せて言われてしまったら、私は。
20160322
title by へそ