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■ ■ ■


私には、三つの居場所がある。小さい頃に住み始めた場所と、一人暮らしのアパートと、玉狛支部の一部屋。贅沢なことだ、と分かっているけれど、いずれどこも無くなると私は知っている。

今は殆どを玉狛少しアパートの割合で過ごしている。
とんとんとキャベツを切りながら目玉焼きの様子を気にした。


「おはよう」


木崎さんが一番にやってくる。ついで時々泊まる烏丸か栞ちゃんと陽太郎、そして早いか遅いか極端な桐絵。基本遅いのは林藤さんと迅と私。当番の時しか早起きはしない。
段々と揃っていく彼らに朝ごはんを準備をする。朝皆が揃うことはまずない。それぞれの生活に合わせて、出たり入ったり来なかったりだ。
殆どがでっぱらって、別段急ぐこともなかった私が最後の後片付けまでする。
今更眠気が襲う。冷えた手を撫でながら自分の部屋に戻った。寝よう。眠い。ハンドクリームをつけながらすでに頭は朦朧とする。朝も昼も夜も関係なく寝られるというか、いつでも寝られるのは怠惰な大学生の象徴だろうかと、毎朝決まった時間に出なくてはいけない下の学生たちに怒られそうだと思った。




昼に携帯のアラームが鳴った。いつから目覚まし時計は使わなくなったんだろう、と瞼を薄く開けて時間を確認する。昼前くらい。行きたくないな、と思いつつもあいつになってはいけないと髭面を思い出して布団からはいでた。すでに開いたカーテンからは白い光がぼんやりと差し込んでいる。


「あ、木崎さん」
「今からか」
「うんそう昼からー。木崎さんは午前だけ?」
「ああ。そういえば迅が昼までに起きてこなかったら起こして欲しいって言ってたぞ」
「……あの人は」


ちゃんと伝言は届けたからな、とそういって木崎さんは去っていった。入れ替わりになった洗面台で歯を磨いて溜息をついた。

彼の部屋は、私の隣だ。形だけのノックをして返事など期待せずにドアノブを回した。
ぼんち揚げの段ボールを避けながら奥に進む。簡素なベッドと机が姿を表した。相変わらず彼の部屋は物自体は殺風景で無駄なものが無い。こんもりと盛り上がるそこに近づけば、かろうじて三毛猫みたいな茶色い髪の毛がみえた。


「迅、迅」


軽く揺すってみるも起きない。顔半分まで埋まっていた布団を少しどけた。こうしていれば、年相応なのに、とセットされていない柔らかな髪を梳いた。


「悠一」


ゆっくりと、彼の瞼があいた。焦点の合わない目が私を捉える。へらりと、いつもの笑みを浮かべた。彼の髪の毛に置いていた手が、ぐいと突き出た腕に絡めとられる。バランスを崩してお互いの顔が急接近した。目を見開く私に対して、彼はただ殊勝な笑みを浮かべるだけ。


「おはよう、なまえ」


ゆるりと動いた口元から幾分か掠れた音が零れ落ちた。その声は静かだけれど、とても嬉しそうに安堵するように目を細める。私を静かに見つめる露草色の彼の瞳が透き通るようだった。そんな瞳で見られたら、どうしたらいいのか分からない。


「おはよう、悠一」


辛うじて返した言葉はありきたりだ。それでも、彼は満足そうに微笑む。とられた掌に彼の掌が緩く絡まる。大きな、温かい骨ばった手。
おそらく、私に起こしてもらうがために寝過ごしていたんだろうと。そんな自意識過剰な塊がぽとりと体内に落ちる。何度も、何度もこの行動は行われたこと。この距離が、私の判断力を鈍らせ、自身の首を絞める。

私たちの関係は、違う。

そう言い聞かせることしか、できなかった。


20160111
title by へそ