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■ ■ ■


そのまま切れた携帯に、思わず舌打ちをしてしまった。ポケットに携帯を入れて、迫ってきた後ろのバムスターを、スコーピオンで叩き切る。

なまえを引き留めた時に、確度の高い未来が見えた。近い未来、彼女は合コンに行く。それは別にどうでもよかった。飲み会なんて日常茶飯事だったし、彼女がいつも乗り気でないことも見て知っていた。
しかし、その後に見えた未来の分岐が問題だった。合コンで彼女と話している男が、ある分岐では至るところに現れた。この一瞬で様々な未来で姿を現すものだから、確度が高いことを証明していた。彼女が髪の毛が長くなったり、短くなったり、どこまで現実になる未来かは分からないけれど、様々な場面で、彼女の隣にいる未来が見える。
なんで、そこは、俺の場所なのに。言葉にしかけた脳内の文字をすぐに打ち消した。
もう一つの分岐は、その合コンの後、何故か、太刀川さんが覆いかぶさっている未来。至近距離で押し倒されている未来。そんなの、そんなことしかないじゃないか。その後の一瞬の未来の分岐など、一番見たくもなかった光景だった。

咄嗟に俺が未来を変えようと暗躍したところで、その二つの未来の確度は全然低くならずに、知らぬ男を避ければ、太刀川さんが覆いかぶさるし、太刀川さんを避ければ、知らぬ男との仲が早くすすむだけであった。
どうしようもできない。そこに俺の入る隙間が見えないことに、愕然とした。

俺が何も言えない立場だということも分かっている。彼女は別に子どもじゃないし、恋人というわけでもない。
なまえが、誰と付き合おうとか、誰とどうこうなろうとか、俺には止める資格なんてない。



夜番の防衛任務、代わってもらったらよかった。むしゃくしゃしながら、トリオン兵を切っていく。
視える副作用があって、こんな副作用なかったらよかったにと思うこともあったくせに、今は、なんで音だけで状況が視えないんだと、強欲なことを思っている。
電話口だけでは、何が起こっているのか知ることができない。
先のことを考えられないまま、俺はただ、早く終わって太刀川さんの家に向かうことしか考えられなかった。







ピンポーン、ピンポーン、とやけに早い呼び鈴が鳴る。まだベッドの中にいるから、私は無視しようと寝返りをうったら、自分の足ではないものに当たる。
眉間に皺を寄せながら目を瞬かせると、そこにはもしゃもしゃと見慣れているけど、寝起きでは見ることのない他人の髪の毛が映る。


「……は?なんだっけ」


思わず携帯を掴もうと腕を伸ばすが、いつもの定位置に携帯はない。目を擦っているうちに、昨日の記憶が呼び起こされる。結構飲んでいたけれど、記憶を飛ばすほどではない。ああ、喉乾いたな。
普通だったら、隣に他人がいるような状態、すぐに色々と確認するのかもしれない。しかし、私は自分の記憶に自信があったし、そういう意味では、まだ寝ぼけていて頭が働いていなかったんだろう。
そう思っている間も、呼び鈴はなり続けるし、どんどんとドアをたたく音がする。
しつこいな。これ私の一人暮らしだったら、ちょっとした恐怖。


「ねえ、太刀川、ねえ、玄関うるさいからちょっと見てきてよ」
「……んー」


眉間に皺寄せて、多分聞こえているはずなのに、目を擦って、布団にうずくまろうとするから、私は上半身を起こして、ばしばしと太刀川を叩く。


「あんたの部屋でしょ、ちょっと行ってきなよ」


まじでしつこい。まだ鳴らすか。これは確実に住人がいると分かっていないとできないことだ。元カノとかセフレだったら面倒だな。こいつと仲は良いけど、女性関係は詳しくは知らない。緩そうだもんな、後腐れない感じで別れてなかったら、こんな状態見られたら修羅場じゃない。
大きく欠伸をして、もう確実に起きているくせに布団にしがみつこうとしている太刀川を足で蹴って落とした。


「……まじでいってえ」
「これだけしつこく鳴らしてくる女の子だから、めっちゃ恨み買ってんじゃないの」
「俺はそんな面倒な奴相手にしてない」
「どうだか。ちょっと行ってきてよ」


太刀川自身も流石にしつこいと思ったのか、渋々立ち上がって向かう。私も、いざとなったら逃げなければと、トリガーと床に落ちていた携帯を掴んで、そっと身を隠した。


「はい、……は?」
「おはよう、太刀川さん」


がちゃり、という音がしてドアが開く音がする。すると、爽やかな声をした、迅の声がした。


「は?お前何してんの」


太刀川が不思議そうに言った言葉をそのまま私も思っていた。なんでこんなところにいるの?朝っぱらから。時計みたら、まだ7時だった。そりゃ眠い。迅だと分かって、思わず私も部屋から出て姿を見せる。


「迅、なんでいるの」


太刀川が振り返って私を見た。迅は逆光になって、表情が見えない。彼は何も言わずに、私の方を見て、そのまま、太刀川をすり抜けて玄関をあがってこちらに向かう。


「は?え?」


迅は無言で私の手首を掴んで、そのまま引っ張って外に出ようとする。


「え、ちょっと待って、迅!」
「帰るよ」
「は?いや、うん帰るけど、別に迅に来てもらわなくても帰れるよ」
「太刀川さん、なまえは連れて帰るから」
「おー」


太刀川は何も言わないし、有無を言わさない態度で私の腕をつかんで離さない彼の力は強くてどうしようもならない。


「ちょっと待ってよ、荷物とか服とか、」


ずんずん玄関まで引っ張られて、慌ててパンプス履いて無理やり外に出る。私は何が起こってるのか意味が分からなかった。唯一分かっているのは、迅が私の言葉を聞く気はないということだった。
外に出て、太陽の光で照らされる。迅はいつもの春の空の色の上着を着ていて、まともな服装だった。恐らく防衛任務開けだろう。しかし、私といえば、パンプスに太刀川から勝手に借りたロングTシャツ一枚で心許なすぎる。昨日着ていた服は部屋に置きっぱなしだし、鞄もそのままだ。持っているのは、充電が切れた携帯とトリガーだけ。あれ、私ブラしてたっけ。確認するにも明るい場所で胸を触ることもできない。一気に目が冴えた私を目の前に、迅は私を上から下まで一瞥した後、表情を変えないまま、口を開いた。


「太刀川さん、なまえの荷物は後で本部に届けてくれればいいから。なまえはトリオン体になればいいでしょ」
「迅、」
「早く」


そっちの方が帰るのも早いだろ、とにっこり言う彼の口調に逆らわない方がいいと悟った。


「ん、いいこ」


トリオン体になった私に、彼は無表情にそういって、そのまま腕を引っ張って部屋をあとにする。

迅が、何にそんなに怒ってるなんて私には全然分からなかった。







そのまま、彼女の部屋について、俺が鍵を開けて中に入らせる。すぐにトリオン体を解除する彼女に、無意識に眉間に皺が寄った。
なまえが俺の顔を窺っているのは分かっている。それでも、俺の手を振りほどこうとせず、そのまま手首をつかまれたままだったのも、そういうところが、やりきれないと、勝手に八つ当たりする。


「なまえ、シャワー浴びて」
「え?その前に迅がわざわざ来た理由を教えてよ」
「酒臭い、耐えられない」
「えっ、ごめん、それは本当にごめん」


慌てて俺から離れて、そのまま服もって浴室に駆け込む彼女を見た後に、深く溜息をついて、床に座り込んだ。
多分傷ついただろうな。少しだけ見えた彼女の表情に心臓が軋んだ。

酒臭かったわけじゃない。彼女の恰好と、匂いが耐えられなかっただけだ。
あまりにも無防備に、他の男の服を着ている彼女。男物の襟ぐりの深いシャツのせいで、黒のキャミソールの紐がちらちら見えるところだとか、丈が短くて太ももが際どいところだとか、胸の形作られていない心許なさとか。
彼女は、分かっているのだろうか。
むせ返るような太刀川さんの匂いが、彼女の髪からも服からも感じられてしまうことを。
何もかも、耐えられなかった。
さっさと落としてくれないと、気が済まなかった。

さっさと出てきた彼女の姿に、また何も考えてなくて頭を抱えたくなった。何も考えてなかったのは俺だ。どこが先読みして暗躍が趣味だ、全然ではないか。
なまえの匂い、石鹸の匂いに包まれて、濡れた髪があまりにも無防備で、俺は目を逸らす。

なまえは申し訳なさそうに、Tシャツとスウェットという普段の部屋着を着ていた。


「……迅?」


伺うように俺を見遣るその目も、揺れていて吸い込まれてしまいそうだった。
俺は平常心を装って、自分が座っていたなまえのベッドの隣を、ぽんぽんと叩く。
大人しく座ったなまえをそのままに、ドライヤーをとってきて彼女の髪の毛に当てる。


「自分でできるよ」
「いいから」


俺の様子を窺っていた彼女だったが、俺が何も思ってないと知ると、いつものように甘えて頭を動かさなくした。さらさらとほどける指通りに、俺の周りになまえのシャンプーの匂いが舞う。
無防備なのは、俺だけの前でいい。

梳きながら髪の毛を乾かす。細く柔らかい髪は、あっという間に乾いた。


「ありがとう」
「ん、」


少しだけ名残惜しいまま、ドライヤーを片付ける。なまえは俺を真っ直ぐと見つめていた。


「どうしたの、何かあった」


俺をみやるその目は、心配そうに見つめていた。なまえは、俺が何かを視たのかと思ったようだった。

俺は、何も言えなくて、何かを言わねばと思って口を開こうとした途端、また彼女の未来がフラッシュバックして、目を瞬かせる。
なまえの未来は確定しづらい。その分ころころと分岐の数も中身も変わる。また、あの男だ。今度は彼女が笑っていた。そしてそれと同じように、太刀川さんがべったりとくっつく様子。
あの言葉が事実になったかどうか、俺は知らない。
過去も分かればいいのになんて、口が裂けても言えない。

俺は思わず、また手首を引っ張って、彼女の姿勢を崩す。あまりにも呆気ない。俺に対して、本当に無防備。それが嬉しいのか悔しいのかも最早分からなくなってきた。
彼女の驚いた顔を見ながら、そのままくるりと彼女を下にしてベッドへ押し付ける。見下ろせば目を瞬かせた雪がいた。
俺が少し前に視た、なまえと太刀川さんの光景だった。


「ど、うしたの、迅」


手首を押さえつける。彼女は動く気配はなくて、ただただ驚いているようだった。
細くて、ぎゅっと握ったら強く痕が残ってしまいそうな、そんな柔らかくて頼りない腕。


「……俺と付き合う?」
「……は、」


これでもかとばかりに目を開いた彼女は、青ざめていた。


「そう言われた?太刀川さんに」


種明かしをすれば、彼女は理解したのか、ほっと息を吐いた。
なまえが今、何を思ったのか、俺は知る術がない。


「ああなんだ、視えてたのね」


なら言ってくれればいいのに、迅も人が悪いわね。
そうさらさらと言う彼女に、今の状況で何を安心しているんだろうとか、やっぱり言われたんだとか、ぐるぐると肺が回る。息が苦しい。


「太刀川さんと付き合うの?」
「え?」
「もしかして、もうヤっちゃった?」
「は?ちょっと待って、」


俺の表情が、余程切羽詰まっていたのだろう。なまえはいやいやと手を使おうとして、俺に押さえられている事に気づく。


「え、そんな未来が視えてたの?」
「なまえ、こたえて」
「迅こそ、言葉が足りないよ」


その言葉は、俺に嘘を吐かせないものだった。
未来視に関して、なまえは、嘘を吐かれるのを嫌がる。嘘を吐くくらいなら、言わなくていいと言う。言いたくない未来は、知らなくていい。どこまでも不干渉だ。


「これから太刀川と付き合う未来があるの?」
「……」


無言を貫いたところで、それは肯定と同義だった。


「へえ、意外」
「……なまえ」


体を重ねるのと、付き合うのはイコールではないと、俺に教えたのは誰だったか。さっきまでの臭いがフラッシュバックする。


「付き合ってないよ」


ただ泊まり場に使っただけだよ、と言う彼女に、大きく肩で息をした。
何をそんなため息をついているのだろうと、彼女は理解が出来ないらしい。
そのままなまえの体に倒れ込んだ。ぐえ、と言う彼女の色気のない声が聞こえた。


「……太刀川さんは嫌だな」
「心配しなくても付き合わないよ」
「……どうだか」
「え、未来はどうなってるの」
「不確定だから分かんないよ」


嫌そうな声で言う彼女に、少しだけ安心したのは秘密だ。
それでも、違う男の影はちらついて、俺は何も見たくなくて目を閉じる。
なまえが俺の頭に手を乗せた。


「大丈夫だよ、ちゃんとした人選ぶから」
「何それ」
「……多分ね」


だから、悠一は心配しなくてもいいよ。

そう、全てを分かったような静かな声で、言うものだから、俺は何も言えなかった。
さわさわと、俺の頭を撫でる彼女は、遠い。遠くしたのは自分だ。
こんなに近くにいるのに、あまりにも遠い。
なんでこんなことになってしまったんだろう。
自分のこととなると、途端に不器用だ。

何も進まなければいい。時間も年齢も成長も、何もかも。
どうして、俺たちはこのままでいられないんだろう。


20200528
title by Bacca