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「#エロ」のBL小説を読む
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■ ■ ■


1年間、というのは、時間の単位から見れば、意外と短い。
しかし、距離という単位で見れば、どこまでもどこまでも相容れない、遠さばかりある。
たった1年、生まれた時間が違うだけで、世界も、環境も、関わる人々も、まるきり違うものになってしまう。
どれだけ、彼女の世界にいたいと思っても、俺が、彼女の友人、彼女の学生生活、環境、世界に、馴染むことは出来ない。






「はいかんぱーい」
「「かんぱーい!」」


がやがやと人が多くて騒がしい店内、オレンジ色の特徴的な温かい灯りの下、木のテーブルが大きく間に挟まる。皆のグラスがカチンと小気味よい音を立てた。私自身も、右手に持ったシャンディガフを一口飲んで、くじで決めた席でへらへらと作り笑いをする。


「はーい、じゃあ、ひとまず、知り合いも知り合いじゃない人もいるから、自己紹介がてら話そうー」


男子4人と、女子4人。くじで決めてばらばらに座っている私は一番の端っこ。私をこの場に連れてきた張本人は、私とは正反対の場所で、もう一人の男子と一緒に場を回している。私の作りきった笑顔に気づいているくせに、彼女は私に目もくれない。くっそ、早く帰りたい。

前に、ボーダーの仕事が忙しくて(言い訳)、小論文を忘れたことがあった。それに、なんとかしてくれたのが、友人であり、悪友でもある彼女だった。その悪友は、「貸し一つね」と悪い顔をしていたけれど、その時の私は背に腹は代えられなかった。
その「借り」を返せといわれ、引きずられてきたのが、この肉バルであった。どちらが主催で選んだのかは分からないが、酒の味もごはんの味も美味しいのだけは、不幸中の幸いである。
完璧、この飲み会という名の合コンに数合わせとして連れてこられていた。「ただ笑って酒飲んでればいいから」というあけすけなものの言い方をしていたのが、今目の前で、きらきらと笑顔を振りまいている悪友である。そういえば最近彼氏と別れたって言ってたな。
私が求められているのは、ただの数合わせという、空気を壊さない程度のトークと、存在感だけであった。まあ、彼女がわざわざ出る合コンであるのだから、外面も内面もまともな人が揃ってはいるのだろう。彼女は合理的で、無駄なことはしない主義だ。

私の番が回ってきて、差し障りのない自己紹介をする。知っている人もいたのか、私がボーダーに入っているということも知られていた。幸い、つっかってくる面倒な人はいなかった。
あっさりと、私のターンは終わり、その後は肉やアヒージョ、サラダなどをつまみながら適当に相槌を打つ。
普通に店はいいから、今度何か飲み会があったら使おう。20歳組とか。


「ねえ、みょうじさん」


声をかけてきたのは、同じように端っこの席にいた、目の前の男の人だった。てきぱきと目立たないように私は会費分取ってやろうと、残っているフライドポテトをつまんでいた時だった。


「ん?はい、」


えーっと、誰だっけ。うわ、ちゃんと聞いてなかったけど、多分、この人はハルタさんだったと思う。漢字は知らないけど、私の頭の中では春に田んぼだったら、とても綺麗な苗字だなあと、他人事のように思っていたからだ。


「ハルタさん、ですよね」
「うん、よく覚えてたね」


ハルタさんは、私が覚えていたことに驚きながらも、それが失礼な感じに聞こえないのは、彼の人柄だったのだろう。春の風みたいに、ふわふわとした雰囲気の人だった。私の周りにいないタイプだ、と思いながら、なんとなく目を合わせる。地毛に見えるこげ茶色の髪を、申し訳程度にセットしていたけれど、オールバックにしているとか、ワンレンにしているとか、そんなことはなくて、本当に真面目な人なんだろうなあ、という、言ってしまえば、穏やかで目立つタイプの人ではなかった。


「あ、ハルタさんも食べます?」


あと少しですから、と私ばかり食べていた皿を指さすと、また彼はふんわりと笑った。
今回呼ばれている人は、私たちの一個上の先輩だったはずだ。学部も様々で、さすがに、目の前の彼がどこの学部かまでは覚えていなかった。


「みょうじさんって、ボーダー入っているんだよね」
「、はい」


身構えてしまったが、話を聞いたら、彼は風間さんの友人だということだった。
そこからなんとなく話が広がって、気づいたら、いい感じに宴もたけなわで、送ってやれよという他の人の一言で、流れるままに、二人で帰ることになった。悪友も悪友で、きちんと相手はゲットしていたらしく、親指立てて私を見送る姿に笑った。

帰っている最中も、少しだけ気恥ずかしそうにしていたけれど、真摯な様子は変わらなくて、楽しむ反面、どこか変わらずに見定めている自分自身が、酷く冷めているなと嫌悪すらもなかった。
実際に、曝け出すには、私はまだ大人になり切れなくて、子供らしく突っぱねるほどの、純粋さもなかったのだ。

彼は正直な人のように見えた。普通だったら駅までにした方がいいのは分かっているけれども、その後の道筋のことを考えると、心配だから家の近くまで送って言ってもいいか、と本当に申し訳なさそうに、それでいて必死にそんなことを言うものだから、私は思わず笑ってしまう。
なら、家の近くまで、と私が言うと、あからさまにほっとした顔をするからそれもおかしかった。その後もたわいもなく、音楽の話とか、学部の話、サークルの話、趣味の話などざっくばらんに話す。彼とは、映画とか本の話で、少し共通点があった。
彼は、本当に普通の学生で、当たり前だけれども、ずぶずぶにボーダーにいる私にとっては、知らぬ人の話が新鮮だった。


「あ、ここくらいで大丈夫です。もうあのアパートですから」
「、そっか」


私が指さしたアパートはすぐ近くで、彼もそちらの方を見やる。あっという間の道のりだったなあ、と私は少しだけ驚いた。


「じゃ、今日は本当に楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ。ハルタさんのおかげで私も楽しかったです」


本心であった。彼は、何か言うまいか言わないか一瞬逡巡したあと、足を止めて、私の方を向いた。


「みょうじさん、」
「なんですか?」
「えっと、本当に、俺、今日楽しかったんだ」
「?はい」
「だから、その、次、また、誘ってもいいかな」


私は、目を瞬いて、彼を見つめた。


「あ、えっと、二人きりとか、そんなんじゃなくて、大学の昼とかそんなのでも全然かまわないから、好きなことの話が出来たらいいなあって」


そうふわふわの中に、焦りを含めながら言うものだから、相手は先輩だけれど、思わず笑ってしまう。


「ふふ、勿論、いいですよ」
「え、ほんと?!」
「言い出したのハルタさんですよ」
「あ、そうだね、うん、是非。学部違うから、今度は風間とも一緒に」


彼が、少なからず私を悪く思っていないのは分かっていた。そこで、風間さんが出てくるあたり、本当に人が良いのだろうと思う。それか、私にも分からないくらい策士なのか。


「是非」
「じゃあ、また、気を付けて」
「ハルタさんも気を付けて」


私は笑って彼が後ろを向くのをみやる。少し経った後、さっと背を向けて、私は自分の家ではない、先程指さしたアパートへ向かう。






「ったく、お前さあ、来るなら来るって言えよ」
「だから言ったじゃん、ちゃんと」
「最寄りのコンビニで電話かけてこられても遅えよ」


ぼさぼさの頭に、髭面で、真っ白のびろびろのシャツを着て、下はスウェットを来た太刀川がドアを開けて私をじっとりとみる。


「ほら、宿泊料」


ぐい、とコンビニの袋を太刀川に押し付けて、そのまま部屋に入る。彼は、気乗りしない顔をしていたけれど、袋の中の酒とアイスとつまみを見たら、喜んでいたから単純な奴である。


「ねえちょっと換気するわ」
「え、俺臭い」
「太刀川臭い。どうせ一日窓開けてないでしょ」
「まじでひでえ」


臭いというか籠った部屋の中の空気を入れ替えるように、夜の窓を少しだけ開ける。相変わらず汚い部屋で、床に散乱しているものを足でよけながらソファに座る。


「てか、俺が女連れ込んでたらどうするつもりだったんだよ」
「え、太刀川今彼女いないでしょ」
「彼女じゃなくても連れ込んでる可能性もあるだろ」
「えー、今そんな感じなの。ちゃんと避妊しなよ」
「うっせ」
「まあ、今日は一人で爆睡しているだろうと、私の副作用がそう言ってる」
「お前副作用ないだろ」


そういいながらも、なんだかんだ缶酎ハイを2つ持ってきて私に手渡す。


「アイスも食べたい」
「自分でとってこいよ」


仕方がないなあ、と言って、私は片手に缶を持ったままアイスをとってくる。
自分で買ったダッツを食べながら、私は酎ハイを煽った。


「おまえがここに来るなんて、今日飲み会」
「そう合コン」
「へえ、合コン……は?」


太刀川が勝手につまみをごそごそと物色中していたら、私の方へ格子柄の目を向けた。


「何よ」
「俺も行きたかった」
「はあ?やめろ」
「おまえが行くなんてなんだ、雪でも降るのか」
「うっさい、不可抗力だったの」


へえ、と言ったらまた興味が失せたように、買ってきたチーズとサラミの袋を取り出してあけた。


「合コンなんて行ったって、お前には迅がいるだろ」
「だから、迅はそういうんじゃないって何度言ったらわかるのよ」


本当にそういう関係ではない。
ただ、長い時間を一緒に過ごしてきてしまっただけだ。


「良い奴でもいたのかよ」
「……家まで送ってきてもらった」
「まじか。てかお前ん家じゃないぞ」
「あっちは家だと思ってるんだから一緒でしょうよ」


太刀川があけたチーズを私も奪いながら、早々に二缶目のプルタブをあげる。


「どんなやつ」
「……ふわふわしてて、正直そうで、穏やかそうな人」
「地味なやつってことか」
「そんなふうに言わないであげてよ。風間さんの友達だって言ってた」
「へえ、真面目そうだな」


少しだけ、うへえ、という顔をした。


「うん、真面目だと思う」
「何だ、付き合うのか」
「うーん、わかんないけど」


良い人だ。それは分かる。
今回の見送りだって、本当に私を心配していたのだろう。家が見えた途端、彼は当たり前のように去っていった。ボーダーにいると、当然だが私は守る側だから、そんな普通に守ってくれようとするのが、新鮮だな、とも思う。


「やめとけやめとけ、下手に期待させんな」
「下手に期待なんてさせてないよ」
「おまえそんな器用なタイプじゃないだろ。それに、迅が黙ってないだろ」
「なんでそこに迅がでててくるのよ」


そう言うと、お前馬鹿か?と言う顔で太刀川が見てくるから腹が立つ。お前の方が馬鹿だろ。


「迅は、お前のこと好きだろ。そしてお前も好き、ほら何も問題ないだろ」
「……太刀川さあ、まじデリカシーないし、それも違うから」


あまりにもオブラートに包まずに言う彼に、私は溜息をついた。ここが2人の空間で心底良かったと思う。


「違う違うっておまえら2人とも言うけど、なら距離感まじでおかしいぞ」
「……私たちはさあ、もはや多分家族というか、親族みたいな感じなんだよね」
「はあ?それこそ何言ってんだ」


互いに酒も進み、酔っ払っていた。
だからこそ、饒舌だった。
こいつは馬鹿で、怠惰な屑だけれども、無闇矢鱈と言いふらさない分別は持っていた。
そういう意味では、なんだかんだ言いながら、私にとっては大切な友人の1人でもあった。


「それがそうなの。だからさあ、なんか私も、そろそろ迅離れ?というか、このままじゃいけないってことは分かってるんだよ」


太刀川は、私をまじまじと見つめながら、何か言いたげな顔をしていたが、一旦溜息をついて、先を促した。


「……それで?」
「だから、ちゃんと一人でも、というか、迅がいなくても生きていけるよという証明をですね、」
「はあ」
「……なによその顔は」


もう手遅れだ、という猿でもみるような顔で、私を見つめる太刀川に眉間を寄せる。


「そんなことあいつが言ったのかよ」
「……言ってないけどさ。あの子の性格なら言えないでしょ」


近しい全ての人間を、救おうとしてしまうのだから。
私の言葉に、一瞬太刀川も黙る。
窓から風が吹き込んできて、私は流石にそろそろ窓を閉めた。


「悠一は優しいからさ、私がそばにいたら多分ずっと守ろうとしてくれると思う。でも私は、彼の負担になりたくない」


好意を寄せていると、知った後も彼は変わらずに優しい。ずっとそばにいる。
恋人という形でいれないのなら、私は多分昔馴染みとか、そういう形でしかそばにいられない。
もつ失恋したのも同義なのに、私はそれでも、どんな形でもいいから、彼のそばにいたいと思っている。なんて無様で、情けないんだろう。
どこまでも、本当は、諦めきれていない。

そんな彼の負担になりたくない。彼には幸せになって欲しい。私で幸せにできないのなら、せめて他の人と幸せになって欲しい。
私なんか、気にせずに。


「それって、誰でもいいんだろ」


太刀川の言い方は、責めたり蔑んだりするような感情は一切なく、ただ淡々と事実として言ってのけた。
だからこそ、私は太刀川には言えたのだろう。
自分の無言が何よりの肯定でもあった。

結局私は、自分のために、人を利用している。
それでも、私は迅のそばにいたかった。どんな形であっても。そして、迅を少しでも不幸にしたくなかった。


「……もしかしたら、本当にそうなるかもしれないでしょ」


今いる人間は、誰もその言葉を信じていなかった。
私が、太刀川が持っているサラミを取ろうとしたときだった。
急に手を引っ張られて、視界が揺れる。2人分の体重が乗ったソファが傾く。
気づいたら、そのままぐいっと引っ張られた腕は纏められ、体を押されて倒れ込む。
視界に太刀川とクリーム色の天井が映る。
太刀川に押し倒されているのだと、理解した。


「……何してんの」
「なんとなく」
「なんとなくって何」
「誰でもいいんなら、俺と付き合う?」
「……は?」


面倒そうな目をしたまま、彼は何を宣った。
変わらず手はあいての片手に収まっていて身動きが取れない。
近い顔からは何も読み取れなくて、私は呆ける。

そんな時、空気を切り裂くように、私の携帯が音を立てた。

鳴り止まない音から電話だということが分かる。こんな夜更けに鳴らす人間なんて数人しか思い浮かばない。
暫くしても、延々と鳴り止まない音。


「太刀川、電話取りたいんだけど」
「ちっ、タイミング良すぎかよ」


私の言葉は無視して、そのまま太刀川は机に乗っている私のスマホをとって相手を確認し、そのままタップして耳に当てる。


「ちょっと、」
「あー、今取り込み中だから」
「何言ってんの!」
「じゃあな、迅」


目の前の男は、淡々と言葉を吐いて、そのまま電話を切った。
私は相手を知って、慌てて太刀川に詰め寄る。


「ちょっと、何言ってんのよ!」
「別に急用じゃなさそうだったからいいだろ」
「あんな言い方、」
「お前がしようとしてたことだろ」
「……」


太刀川が面倒そうにそう言うから、私は唇を噛む。
少し凹んでしまった事実に、自己嫌悪した。私がしようとしたこと、というよりも、それを知った時の相手の反応が怖かった。


「まあまあ、前途多難だな。お前」
「うっさい、てかいつまでしてんの」
「返事は」
「はあ?」


覆い被さる太刀川に対して、何も恐怖も感じないのもおかしなことだと思う。目の前の人間の気の抜けさが原因なんだろうか。


「ボーダー内で遊ぶのはちょっと」
「だよなあ。俺もだわ」


腕が疲れた、と、やっと私の上からどく彼に目を瞬いた。


「ま、そんなことより、眠いからねよーぜ」
「はあ」
「お前はソファ、俺はベッド」
「え!逆でしょ!」
「どっちが家主だよばーか」
「私か弱い女の子だもん」
「はあ?どこにそんな女いるんだよ」
「次真っ二つにしてやろうか」
「やれるもんならやってみろ」


立ち上がった太刀川になんやかんや言いながら、ついていく。
簡単なスキンケアセットは買ったけど、洗顔買うの忘れた。元カノのものとかないかな。


「ねえ、太刀川ー、化粧落としとかいいやつないの」
「知らねえ」
「……あ、えー!ちゃんとしたやつあるじゃん!女の子これ勿体ない!」


結構いいブランドのものを持ち込んでいるではないか、太刀川の女の子。私だったら取りに来ちゃうな。それすらも嫌になるくらいな別れ方をしたのか、それともまだ現状続いているのか。
心の中で御礼を言いながら、遠慮なく使った。
適当に洗濯物の中から清潔そうなものをより分け、パジャマになりそうなものを拝借する。
明日の朝シャワー浴びよう。もう私も眠い。
そう欠伸を噛み殺して、気づいたら寝てしまっていた。


20200527
title by 依存