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■ ■ ■


皆は、なまえの方が俺に頼っているのだと思っている。俺が彼女に振り回して、甘やかしているような感じに見えるのだろう。本当は真逆だ。俺の方が、なまえを振り回して、何もかもすべてに甘えている。そして、それを雪は何も言わずに、受け入れてくれている。
風刃を俺が手離しても、彼女が怒ってくれるから、俺は安心して生きていられる。そんなことも彼女は知らない。
彼女を玉狛から本部に戻したことも、氷山の一角で、これまでも何度も何度も、彼女が気づいていないこともいれたら、彼女の未来を変えたなんてことは数えきれないほどある。俺がなまえのそばにいる限り、今後もそれは変わらないだろう。
彼女の告白を、俺がなかったことにしたみたいに。これからも。

俺は、ボーダーにいないと生きていけないけれど、なまえは、ボーダーにいなくても、生きていける。








「、ちょっと、待って、なまえ」


ぱしり、と思わず、すれ違いそうになった彼女の腕をとる。それにひっぱられる形で、なまえは歩いていた足を止めて、少しだけ驚いたように俺を振り返った。その隣にいた、風間さんも振り返る。


「どうしたの」


ただならぬ気配を感じたのか、彼女は目を開いたまま、俺に問いかけた。俺は、視界を駆け巡る映像、その分岐による数多の映像がフラッシュバックする。


「迅、」


風間さんの声で、我に返った。知らぬ間に、結構な力を入れて雪の手首を握ってしまっていた。彼女は不思議そうに見ながらも、慣れたように俺の言葉を待っていた。
未来をみていることは分かっていた。その澄んだ瞳に目を逸らしたくなる。
彼女の未来は、いつも確定しづらい。その代わりに周囲の人間を見て、彼女の様子を見ていた。玉狛にいた時には、殆ど一緒に住んでいたようなものであったから、嫌でも顔は見るし、見なくても、一緒に暮らしている人間の様子を介して大まかな未来は見ていた。それが本当の現実になったかは置いておいて。
なまえが本部に異動してからは、そんなわけにもいかない。そう仕向けたのは自分だ。
久々にきちんと会った彼女の未来が、流れ込んできた。未来はいつものようにいくつかの未来、そこからの分岐、数多の数が出てくる。確度の高い未来、頭を回転させて未来を操作しても、変わりそうにない未来。なんで。


「迅、どうしたの」


再度同じ言葉を繰り返した。
今思えば、俺の表情は焦っていたのだろう。
そう問われても、俺はなんていえばいいのか分からなかった。


「誰かの命にかかわること?」


直球で聞いてきたその言葉にも、俺は答えられない。
だって、この未来は、彼女にとってはたわいもない、俺自身にとって、都合が悪いだけだからだ。
彼女たちを引き留めている時間もなかった。この後は隊長の会議だったはずだ。その未来も見えていた。


「……いや、生死に、関わることではない、けど」


けど、なんて、俺にしか関係のない都合の悪い未来。
彼女は目を瞬いたまま、多分俺がいわんとしていることも、いくつかは想像できてしまっただろう。でも、彼女は俺に頼らないから。そう昔から、決めていたから。


「なら、大丈夫。迅もその未来忘れていいよ」


ひらひらと、ほっと胸をなでおろした顔をして、早く急ごうとそう言う現実と確定した未来。風間さんの方が、なまえのことを気遣っていた。


「いいのか」
「いいよいいよ。私生活の喜怒哀楽なんて放っておいていいから」


俺の負担にならないように未来を知ろうとしない。彼女はあるがままの未来を受け入れようとする。俺が、これまでにそれで傷ついてきてしまった子ども時代を知っているから。
俺は神様じゃないって、知っているから。
彼女は、俺のことを子どもみたいに甘やかす。それは何年たっても変わらなかった。
他人が軽率に言った希望、未来、それに応えられなかったときの心無い言葉を、彼女は俺の隣で聞いていた。誰よりも傷ついて、誰よりも怒っていた。
だからこそ、せめて自分だけは、俺の負担にならないように、と欲を持たない。ただ、凪のようにそこに在る。
その関係が、今更仇になるなんて、言えなかった。
どれだけ俺が言葉を尽くしても、介入しても、確度の高い彼女の未来は消えそうになかった。

離れていってしまうなまえを、俺は止める術がなくて、俺は、副作用とは関係なく、無様に言葉をかける。


「なまえ、」
「ん?」
「……なんか、最近影響されることでもあった?」


我ながら、なんて馬鹿な質問の仕方なんだろう。もっとうまく、さりげなく、センス良く聞けるような言葉が、世界には存在しているだろうに。
彼女は、案の定、俺を見て、少し瞬きをして、次の瞬間にはあっけらかんと笑って言った。


「生きてるんだから、人は毎日変わるでしょ」


俺は、なまえがいないと生きていけないけれど、なまえは、俺がいなくても、生きていける。


20200524
title by リラン