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恐ろしい程に私の生活は管理されていた。決まった時間に起き、朝御飯を食べ、出勤し、買い物をし、家に帰り、晩御飯を食べて、寝る。ここまでのルーチンはいつぶりだろう。もしかして学生時代以来か、と自分の怠惰に情けなくそれでいてどこか気持ち悪い。
そんな生活を続けていれば体型は戻るのは当たり前で、着実に私は太った。


「おや、ご飯が少なくありませんか」
「これ以上太る必要はないわ」
「私はもう少し肉付きが良い方が好きなんですけどね」


行きずりの暮らしで分かったことは、年下である筈の学生の彼は、無意識か意識的にか、人をたらすという悪癖があるらしい。本音かどうか分からないから質が悪い。


「口説くなら他の人にしなさい」
「つれない人だ」
「年下には興味はないの」
「年齢で判断するのは良くないですよ」
「ただの断り文句よ」


大袈裟にため息をついて手を合わせた。食器を片付け、自室に戻る。
見た目は戻ったとしても、煙草は未だやめられなかった。

彼があの人と重なるのは変わらない。もはや輪郭などどこにいったのか。それか、私があの人を忘れかけているのか。
全てが曖昧に私に溶け込んでしまう。別物だったことすら、忘れて。


「はい、」


ノックの音がした。扉を開ければ、ごとりと液体の鈍い音をさせて瓶を鳴らした彼がいた。


「一杯、どうです」
「バーボン、」
「はい。洋酒はお好きですか」
「………ええ、バーボン、好きよ」


彼の顔が一瞬違う顔に見えた。それは目の錯覚か、すぐに元に戻って彼は背を向けた。
扉を閉めて彼の後ろをついて下に降りていった。


「煙草、吸ってもいいかしら」
「ええどうぞ」


欧米式のキッチンのカウンターで、私は黒の灰皿近くに陣取る。ライターで新しい煙草に火をつけた。からんと氷が擦れる音がする。机をはさんで、彼が2つのグラスを作っていた。琥珀色の液体はとろりとして独特の匂いを放つ。


「どうぞ」
「ありがとう。あなたは座らないの?」
「ええ、ここの方があなたの表情が良く見えますから」
「今日は特に酷いわね」


彼の言葉を流して、私たちは軽く乾杯をした。少し強めの濃さが喉をじんわりと熱くさせる。煙草の灰を軽く灰皿に落とした。


「ねえ、なんでここまで私に構ってくれるの」


頬杖をついて、彼を見遣る。ふと、静かに飲んでいた彼の目がこちらに向いた。見下ろされる感覚は年齢を感じさせない。


「なんのことでしょう」
「わかってるくせに」
「寧ろ構ってもらってるのは私の方ではないかと」


馬鹿なことを言う。
一口飲んだ。ちびりちびりと、それは胃に落下していく。
気を許す気は毛頭無かった。いや、他人だからか、気を許す以前の問題として、私と目の前にいる彼にはあまりにも接点がなかったから。
目を伏せて、煙草を潰した。


「なら、詰まらない話でも付き合ってくれる?」


立場も、髪の色も、年齢も、瞳も、声も、全て、違う彼に、それでも何故か重ねてしまう彼に、違う彼だからこそ、お互いの存在自体が、夢物語のようだった。
だから、夢だったのだ。何を話そうとも、何が起ころうとも、それはただの一瞬の。
無言を肯定として、私は目を逸らしたままつぶやき始めた。


「よくある男と女の話よ。二人ともが面倒臭がりで、言葉を発する大切さを知らなかった」


付き合いは長くてね、いつの間にか家を知る仲になった。男と女だもの、下らないきっかけで関係を持った。けれど恋愛からは程遠かったわ。話すことなんて、馬鹿みたいな話ばかり。皮肉をぶつけ合うような、そんな仲よ。


「そんな人が、呆気なく死んでね」


いつ死んでもおかしくない奴だったけれど、それでも、私は、彼を想っていたのかもしれない。
そんな単純ではない、だけど、ただの独り善がりだったんだと、初めて知ったの。私は彼のことを何も、知らなかった。
馬鹿みたいでしょう。そんなやつのために、どうしようもない感情のために、体を壊すところだったなんて。それでも、簡単に割り切れないの。今も。
だって、あいつは、私のことなんて、ただの身代わりでしかなかったのよ。ずっと彼の心にあったのは昔死んだ恋人のこと。あいつとおんなじように、私も、ずっと覚えているのかしら。恋人でもなかった、あんなやつのために。
そこまでわかって、忘れかけているのか、忘れられないのか、それすら分からないほど、私は、


「あの人なんて、大嫌い」


グラスを持ったまま、言葉が浮いた。いつの間にか、ただの独り言になっていた。呟くように吐いた言葉はすぐさま消えてしまいそうだった。


「ごめんなさいね、こんな話、つい話過ぎたわ」


そう言って、彼の方へ顔を向けようとしたら突然手を取られた。ぐい、と引っ張られグラスは自然とカウンターに戻る。
空いている左手で、顎を持ち上げられた。片方の手は取られたまま近づいた顔。
その表情は読めず、まるで別人のよう。


「え、どうしたのよ」
「なにも、」


さらに近づく顔。相手の吐息さえもわかるほど、それでも逃げることが出来なかった。射すくめられたまま力は強い。
彼の瞳はまた、あの時と同じ、出会ったときと同じ瞳をしている。切なげで、悲しそうで。何かを押し殺しているような、そんな衝動を抱えている。


「何も言うな」


その声が、悲しげでなかったら、腕を掴む力が少しでも弱かったら、私は、振り払ったのだろうか。

瞳すらも、何もかも私から隠すように、消すように、彼は私の唇を塞いだ。

それがまるで、あのひとのようで。

私の閉じた瞼から流れ落ちた涙を、彼が見ていたことなど知らないまま。


title by へそ
20160505