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久しぶりに会った彼女は白かった。そして、小さく見えた。常に眠そうな目は相変わらず、それにしても生気のない、どこか遠くを見ているような目をしていた。真っ黒なシャツとパンツスタイルで現れた彼女は、白衣で見慣れた自分にとって真新しく、さらにそれが酷く彼女の異常な細さを強調していた。

元から細かったのか。いや、そんなことはない、と表情を変えず思う。
少年の母親から一方的に連絡がきていたが、まさかその人物が女で、しこりのように心臓にごろごろと厄介なものを生み出していった奴だったから、顔を見た一瞬反応が遅れてしまった。しかしその遅れはきっと気取られていなかったのだろうと後から分かった。その以前に、彼女は彼女で精一杯だっただろうから。
気づかれてしまったのかと思った。それくらいに、彼女の顔は初対面の人物に出会った表情ではなくて。まるで死人でも見たかのようにぞっと青ざめ、透き通っていた。






工藤家は、相変わらず広い。客室の一室をあてがわれたが、客室とは思えないほどの充分な大きさだった。ベランダもついたそこは、一人住まうのに何の問題もない。
流されに流されて、もうすべてを考えることを放棄した私は、ただソファに座らされ彼の読めない表情を見ることになった。てきぱきと私より先に住んでいた居候は住むためのルールを取り決め始める。それを私は耳から耳へと横へ流していた。


「ナマエさん、聞いてください」
「……名前で呼ばないで」
「すみません。生憎私はこれしか貴女を表す言葉を知らないもので」


確かにそうだが、婉曲に穏やかに言う彼も性質が悪い。


「………ミョージナマエよ」
「そうですか。ではナマエさん」
「ちょっと待って私今名乗ったわよね?」
「そうですね。ですが、フルネームを知ったからと言って名字で呼ぶと了承した訳ではありません」
「名前で呼ばれたくないって言ってるの」
「私も名字で呼びたくはありません。もう私の中ではあなたは『ナマエさん』なので」


じっと睨むも、彼はどこ吹く風で瞳は見えない。とんだひねくれ者と一緒に住むことになったと、私は頭を抱えたくなった。


「……少し、休憩させて頂戴」


そういって私は立ち上がった。部屋の外ではなく中に進む私をみて、不思議そうに彼が見やる。


「どこに」
「ベランダよ」


身投げする訳じゃないから安心して、と背を向けて外に出た。

緩やかに風が吹いて繊維を通り抜けて肌にまとわりつく。他の家より天井が高いからか、2階でも幾分か目線が高く思えた。見慣れない街に見慣れない空気。平和だ、と表面的なその風景を眺める。いつから、風景というものを見ていなかっただろうと逡巡する。

ポケットから箱を取り出し、慣れた手つきで火をつけて咥えた。大して美味しいと感じないまま、苦い煙を不健康に吸い込む。不味いと嫌悪していたのに、それに慣れてきた自分と無意識に求める体が気持ち悪い。
自分が吸い込むのと、他人が吸っているのとでは、感じる匂いが違うと知った。そんなこと知りたくなかったと思う自分自身が嫌になる。
口から離した煙草は、ベランダの手すりで煙を揺らす。新鮮な空気を吸って、吐いた。

彼の顔を、私は忘れていない。忘れたいと思うほど、鮮明にそれは脳内にこびりつく。いつになっても彼は厄介だと、内臓が蠢いた。肌も、髪も、声も、立場も、話し方も、全てが違う人間を前にして、何故これほどまでに心を揺さぶられなくてはならないのかと。
倒れる寸前、あまり定かではない記憶を必死に掠め取ろうとする。
私は、あの時何を思ったのだろう。
別人だと理性ではわかっていた。それなのに、ほんの一瞬心臓は彼だと叫んだのだ。死んだ人間を生きた人間にみるという、馬鹿げたことが私に起こるなんて。根拠なんて何もなく、ただ一直線にその答えは出て、瞬きをする度に私はそれを否定せざるをえない。
落ち着いて接するようになった今、それはさらに顕著だ。

あの感情は、私の間違いだったのだろうか。

燻らすそれは、街の空気を曖昧にさせた。


20160118
title by 東の僕とサーカス