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強制退去を命じられた。少しの荷物を持ってマンションを出てくる住人たちに混じる自分。戸惑うようにぞろぞろとタクシーを呼ぶものや駐車場へと向かうもの。煙草を吹かしながら私はこれからどうしようかと考えた。
どうやら私の住んでいるマンションの水道がおかしくなり、どこもかしこも水が溢れ出し部屋はずぶ濡れ。血相を変えてまくし立てた大家さんに急かされ、とりあえず物をできるだけ部屋の上に非難させ、持ってこれるものは持って出た。
本棚の下の方に置いてあった蔵書類は全て駄目だろうなあ、とスーツケースの半分以上を占める本類を思い出して溜息をついた。
携帯を取り出し、電話帳を漁る。
友達が多くない私は数少ない日本の友人を探すもなかなかいない。ジョディの家に押しかけるのも悪いし、その前に私が怒られてジョディのストレスも溜まってあっちが倒れそうだ。今日もこっそり吸っていた煙草を見咎められ、腕を捕まれちゃんと食べているのかという説教をされた。自分も痩せて人のこと言えないのに、私ばかりだ。私の身を思って言ってくれているのはわかっているが、それで食べる食べないは別問題だ。
しばらくはホテル住まいか、と最近多くなったと自覚している溜息をまたつきかけて、ふと、ある家族を思い出した。両親はおそらく海外で、一人息子が日本にいるはずだが、諸事情で家には誰も住んでいないはず。図々しいが、昔のよしみで暫く貸してもらえないだろうか。
とりあえず今はLAかNYにでもいるのだろう、母親の方に電話をかけた。










久々に電話をしたにも関わらず、変わらないテンションにどこか救われる。
彼女は意気揚々と即答で了承してくれたものの、何かを思い出したように付け足した。私と同じような理由で住むところがなくなった人を一人住まわせているらしい。正直一部屋貸していただければどこでも良かったし、あの家は豪邸だったからプライバシーも普通の家に比べて守られるだろうし、なにより、どうでも良かった。私も軽く了解して、懐かしいあの家に向かった。

すでに住んでいる人物にも私が行くことは連絡しておくから、インターホンを押せばその人物が対応してくれるらしい。あなたの方があの家のことは良く知ってるでしょう、とからかわれて会話は終わった。
とんとん拍子で進んでいく話に、上手すぎやしないかと頭によぎるが、そういう人だったじゃないかと彼女のことを思い直し向かった。そういえば唯一日本にいるその家の本当の持ち主には何も言っていないけれど、すぐ近くに住んでいるから荷物を置いた後に挨拶すればいいかと楽観的に窓から外を眺めた。からりと晴れた乾燥した日だ。


懐かしい大きな家の前に立ち、インターホンを押した。その後の静かな空白の時間は手持ち無沙汰になる。


「はい」
「有希子さんの方から連絡が言っていると思いますが、」


名前を言おうとしたらぶちりとインターホンが切られる。
聞こえた返事は低いような高いような、穏やかな声をしていた。
ドアが開く。どうしても見下ろされる立ち位置になる玄関から、出てきた人物は、柔らかな髪の色をして眼鏡をかけた長身の男。


「すみません。あなたが彼女のおっしゃっていた方ですね」


見たことも聞いたこともない声。
あったことはない。
分かってる。
知らない男だと頭ではわかっているのに、初対面に思うには、酷く強い感情が心を占める。


「どうかしましたか」


首をかしげたその男の目は細い。
言葉を発さず、ただただ私はその男を見つめていた。
スーツケースの取っ手を握りしめた手は感覚がない。


「ナマエさん!」


息を切らして後ろから駆け込んできた少年に、思わず振り返る。
わたしは口を開いて、言葉を発そうとした。
どこか安堵したのだろう、ふわりと脳が空に舞って、真っ白になって、瞼が突然フェードアウトした。
視界が消える瞬間、耳慣れた声で呼ぶ私の名前が聞こえた気がした。


20150705
title by 東の僕とサーカス