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光の届かない深海を彷徨っていたようだ。泥深い青の色がまとわりついていた。
ゆっくりと目蓋をあげた。灰色に染まった天井。暗いシーツに体が沈み込んでいた。静謐な空間。カーテンから少し漏れる光から、朝が空けてないことを知る。だだっ広い部屋。ゆっくりと起き上がる。電気が付けれられてなくとも、夜闇ではない中途半端な外の世界が、ぼんやりと浮かび上がらせていた。
ベッドの上には、私一人。シャツ一枚の白さが擦り切れる。広すぎるベッドの、微かな凹みと温もりの痕跡に、昨日の出来事が夢物語でないと知る。嫌な夢だ。
喉が渇いた。
床に降り立ち、机を見遣る。一つだけ転がった煙草の箱。灰皿。ここは、あの人の部屋か。痕跡ばかり。隠す必要性がなくなったからかもしれないけれども。
あの中毒者は、別人にすり変わろうとも喫煙の癖は無くせなかったようだ。それに気づかなかった。私が、吸っていたからか。
引っ掴んで、そのままベランダに出た。

雲が低く垂れこめていた。道理で暗いはずだ。慣れたように火をつけ、口に咥える。この銘柄しか、結局私は知らないままだ。苦くて、不味い、この煙しか。
無理やりブラックを飲んでいれば慣れるように、体の順応は驚異的だ。無意識に吸っている。空に向かって吐いても、煙は雲と同じ色をしている。


「ナマエ、」


私の肩をいきなり掴む人間がいる。驚いて振り向いた。そこには必死な形相をした彼がいた。
突然抱き寄せられ、ベランダの手すりから離れる。灰が落ちそうで危ない。


「な、によ、」
「いなくなったのかと思った」


背中から回る手、彼の頭が肩に埋まる。そのまま外から中の部屋へ連れていかれ、開いていたカーテンは閉められた。


「いなくなったのはあなたが先でしょう」
「水を取りに行っただけだ」


自分のことを棚にあげる。悪びれない偏屈者だった。机の上には、先程までなかったグラスとピッチャーが置かれ、見上げれば彼は彼のままであった。
部屋に佇んで、私は彼を真正面から見上げた。彼は私が持っていた煙草を、あっさりと取り上げて灰皿で消す。


「勿体無い」
「お前にはもう必要ないだろう」
「どういうこと」
「俺がいるからだ」


血行の悪い顔はそのまま、黒い癖毛も、黒い眉も、釣り上がった碧眼も、そのままである。
射竦められ見下ろされたと思った途端、また抱き寄せられた。
以前の私たちの関係は、どうだったろうか。
もっとあっさりと、無いようなものだった気がする。
剥き出しにされた感情のせいで、曖昧にぼやけて思い出せない。


「傲慢な男ね」
「そんな男が良いんだろう」


腕の中から顔をあげて、目を眇めた。そんな私を愉快そうに見る男の瞳が不愉快である。
私は口角を上げて、目を細めた。


「そんな女を、離したくないのでしょう」
「ああ、そうだな」


ゆっくりと鼻が当たる。透き通る宝石のように、煌めく。


「そんな女を、愛している。狂おしいほどに」


流れ出た甘やかな言葉に、思わず目が瞬いた。そんな言葉を吐く男ではなかった。少なくとも、私は覚えがない。


「どうやら俺は、自分がいない所でお前が泣くのが我慢ならないらしい」


誰のせいで、そうなっていたのだ。
そう思った心が表情に出ていたようだった。


「だから、そばで笑っていてくれ」
「馬鹿ね。本当に」


腕を首の後ろに回す。滑らかな白い肌に目を閉じる。


「勝手に死ぬなんて、許さないわ」
「ああ、許さないでいてくれ」
「好きよ」
「ああ、俺もだ」



20180407
title by 東の僕とサーカス