馬鹿みたいだ。
身体中の血が消えた。
初めて、呼ばれた名前。死んだあとに呼ばれるなど。
馬鹿みたいだ。
「ふっ、あははははっ」
目の前の男は、泣きながら嗤う私の酷い顔を見つめているのか。
「死んだあなたが、見えるなんて、とうとう私も死ねるのね」
「ナマエ、」
「名前を呼ばないで」
押さえつけられていた手首は、いつの間にか放されていた。
彼の首に手を伸ばす。少しだけ色が異なる異様な首を、惨めな私の手が包む。力を入れても、何もならない。何も。
「さぞかし愉快だったでしょう、死んだ男に囚われて、体すら壊して、そして、今も尚、惨めに喚く私を見て、楽しかったでしょう」
「違う、」
「どんな思いで、私が、生きてたなんて、貴方には」
「ナマエ、」
酷く眉間に皺を寄せて、私が伸ばした腕を片手で掴む。私の声を打ち切るかのように、名を呼ぶ。
惨めな姿を見せていた。
絶対に理解などしてやらないと思う反面、どこかあっさりと同一人物だと受け入れてしまっている私もいた。そんな私を、気づかれたくなかった。
悲しかった。
悔しかった。
もう、会いたくなどなかった。
心から欲していた。
もう、ここで、生きてしまったら。
私はもう、
「知りたくなかった……あんたが死んだから、死んでから、こんなに囚われているなんて知りたくなかったのよ」
再び涙が零れる。
「ナマエ、すまなかった」
「聞きたくない。何も聞きたくないわ」
それは何に対しての謝罪なのだろう。
身体的なことか、惨めな姿なことか、憐れな女だということか。何に対しての罪悪感なのだろう。
目的のためならどんな手段でも厭わない男だ。その男が、感情論で謝るなど、同情にも程がある。
一転して、全てが憎らしい。
憎悪の対象だ。
「復讐してやる。私を、こんなにしておいて、平然とあなたは高見から見ていたのよ」
例え、死の偽装が必要に迫られてのことだったとしても。
私と偽物の接触を、どれだけでも、この男は阻止できたはずだ。
女は感情的だと揶揄されても仕方ない。
「どうすれば、あなたは苦しむかしら。許さない、許さないわ」
この男は愛されてばかりいる。
心に昔の女を忘れられずにいながら、忘れることを許さないという。なんて強欲な男。
「私がいなくなれば、少しはあなたの顔が歪むかしら」
たったそれだけ、それだけしか。
ぐっと掴まれていたままの腕に力が籠った。私の手は首から呆気なく外され、体ごと飲み込まれる。動く隙間すら与えず、男は体を丸め込む。
「復讐したければすればいい。許したくなければ許さずにいろ」
死にそうな程に、私を潰そうとする。藻掻こうとしても、それすらも許されない。
「ただ、俺から離れようとするな」
ぼんやりと空を見つめた。視界には何も映っていなかった。
抵抗する力すら、消えていく。
されるがままの私を、解放する気は毛頭無いようで、腕の力は強くなっていくばかりだ。
「最低ね」
「ああ、知っている」
その言葉すら、憎らしくて仕方なかった。
一筋の涙が落ちた。
20180407
title by 東の僕とサーカス