私の言葉は最後まで形にならなかった。喉奥に酷く乱暴に飲み込まれる。
粗雑に体を扱われ、どこにそんな力があったのかという程に軽々と体は持ち上げられドアをすり抜けていく。何も抵抗できないまま、私は家の奥の奥。気づけばシーツの上に投げ飛ばされ固定されていた。
目の前の男の顔は、無表情で私を見下ろす。
「……俺の前で、死を懇願するな」
ぶるりと背筋が震えた。この男は誰だ。拗られた手首はてこでも動かない。恐怖が地に這う。
私は払い退けるように口角をあげた。
「……このまま、殺せばいい」
吐き捨てるように言えばまた口を奪われる。優しさの欠片もない。ここまで情け容赦なく行為が出来るものかと思うほど、蹂躙される。顔を歪ませながらも、それでも、こんな行為でも、それでも、この男の口付けは嫌いだ。本当に嫌いだ。どんなに酷くされようとも、痛めつけられようとも、彼の、あの口付けと何故か似ているから。瞼から涙がこぼれた。
「何故泣く。死にたいんだろう」
冷めた声で吐き捨てられるその瞳は、見えない。
「……ないで」
震える指、震える手、何もかも、麻痺して、このまま消えてしまいたい。
溢れる涙で前は定かでない。
「あの人と同じ、キスをしないで、同じ触れ方で、手で、何もかも、一緒なの、やめて、お願い、」
暗がりに浮かび上がる、翠の瞳。
「思い出させないで、秀一」
私の側にいられないのなら、
私の前から消えてしまうのなら、
この世界からいなくなってしまうのなら、
全てを忘れさせて欲しかった。
私の都合などお構い無しに勝手に動いていた目の前の男の動きが、全て止まった。男の肌はどこも酷く冷たくて、動かなくなれば、まるで死人だ。
うっすらと涙は零れて、視界が戻ろうとする。
突然、顔が近づき、私の喉は奪われる。嫌いだと言ったのに。全てを飲み込むような、私に選択肢を与えない。
眩暈。
その後、聞こえた声に、自身の耳を疑った。
「忘れるな。忘れさせてなんかやらない」
目を瞬かせた。
今の声は。幾ら望もうとも、もう一生、聞くはずのなかった、世界の音。
大きな手が顔にやられる。恐らく一瞬だったろう。とてもゆっくりに、レンズが捲れるように、世界が変わった。
「お前が忘れたとしても 、何度でも思い出させてやる。俺を見ろ、ナマエ」
私が、死を断定した、死んだ、男の顔が、目の前に存在している。
20180406
title by 東の僕とサーカス