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「#エロ」のBL小説を読む
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ごった返す人の波に揉まれながら目的地へと流される。パトカーがサイレンを鳴らして通り過ぎていった。ざわざわと噂する人と、上を見上げれば大きく張り出された電光掲示板。ピンク色のスーツを着た若い女が、深刻そうな顔を作ってデパートの爆弾事件の話をしていた。今まさに起こっていたようで、伝えられる時間と切迫感のヘリコプターからの見下ろした映像は直近をさしていた。確か近くのデパートだったはずである。どうりで人がざわつくはずだと、周囲と切り離し横断歩道を渡ろうとした。
ぼんやりとしていた私も悪かった。
他人に興味を向けることを、忘れていた。とうの昔に置き忘れた気がする。あの時から、私は何も進んでいないのだ。容姿や環境が変わろうとも、纏う香りは変わっていないのだから。

一瞬は突然訪れた。
スローモーションとはこのことか。気づけば彼のことを追っていた。


「あ、、なた、は……!」


ひゅうひゅうと食道が嫌な音を立てた。
私の方を一瞬、確実に見たのに、その冷えた目はまるでその時間がなかったかのように通り過ぎて消えていく。
そんなはずはない。
せめぎ合う心が軋んで痛い。
誰だ。
あれは誰だ。何者だ。
未確認生物もいるし、霊もいるだろう。だが見えるかどうかは別。
あんなに堂々と歩いている生き物は、何。
心臓がばくばくと鳴り打つ。
五月蝿い。
五月蝿い。、
追いかけようとしたが人混みに紛れてしまう。
なぜ、どうして、あれは、何。
誰が死亡を確定したか。
私だ。
私が、診断書を書いたのだ。
骨も拾った。
誰が。
今追いかけている生き物は何。
生きているわけがない。
そんなはずはない。
死んだ人間を、忘れたのは、誰。

わたしだ。わたし、だ。


















視界が真っ暗だった。ゆっくりと目を開ける。底抜けに遠い天井が見えた。ここはどこだ。体を少し動かすとふわふわな生地に隠れて骨ばった塊が背中にあたる。


「気が付きましたか」


その声に目がかっと見開く。覗き込んだ彼の瞳は、どこまでも見えない。
とっさに起き上がろうとした体を、易々と捩じ伏せられた。


「ここは、どこ」
「私たちの今の、家ですよ」


久々の再会なはずなのにあっさりとした顔をしているのが憎らしい。何が、私たちの、だ。今は私は逃げてた、のに。


「なんで、あなたが」
「あなたが道端で倒れるからですよ」


偶然私が近くにいたから良かったものの、何かあったらどうするつもりだったのか、と淡々と言われる。
額に腕をやった。
何故ここにいるのか。倒れることになったのか。記憶を辿った。



「、あの人がっ」


全てを思い出し青ざめた。こんなところにいる場合ではないのだ。


「貴女は安静にしているべきだ。どこに行こうというのです」


マグを机においてまた私を阻む。今はこの目の前の得体の知れない人間と向かい合っている暇はないのだ。あの死者を、生者を、突き止めなければいけない。


「あなたの言うことを聞かねばならない筋合いはないわ」


すり抜けようとした腕を簡単に取られる。所詮男と女の差だ。しかし、今はそれどころではない。
完全なる他人だ。


「離しなさい」
「倒れた貴女を介抱したのは私です。理由を知る義務がある」
「そんな暇はないのよ、あの人が、」


早く探さなければ。あの人が消えてしまう前に。
腕を握る彼の力にかかれば、私の骨など簡単に折れてしまうだろう。


「……あなたの死んだ恋人でも、見ましたか」


その言葉に思わず彼の瞳を見つめた。
彼の顔は歪んで嘲っていた。軽蔑だった。


「……見たらどうだって言うの」
「死者は蘇らない」


事実を突きつけられる。そんなことは分かっている。私は嫌ほど、分かっている。


「分かっているわよ」
「分かっていない」
「死者に縋って何が悪いの!私は見たのよ!死んだ人間の顔を、見たのよ……」


震えながら慄いた。
亡霊でもいい。死者でも、死神でもいい。
それでも、わたしは。


「離しなさい、」
「……貴女が苦しむだけだ」
「今でも散々よ!今更、今更……っ」


生きているかもしれない、なんて希望なんかじゃない。
一目、一目見るだけでここまで揺さぶられてしまうのに。
結局何も、何も、私は変わらない。変えられない。悲しいほどに、あの人を忘れられなくて、溺れている。


「……死ねば会えるのかしら。会えなくてもいいわ。私を殺して、殺しなさい。楽になれるのなら、」


いっそのこと、死なせて。



20180316
title by 東の僕とサーカス