「ナマエ、好きだ」
かぼちゃジュースを飲みながら、軽く手をあげて吐き出す砂糖。甘さなんてなく、噛めば砂のような見た目だけのシュガー。
「はいはい、わたしも好きよ」
空回りした声は呆れたように疲れて、空気がで続けている萎んだ風船のように草臥れた言葉。
それを聞いて満足そうに俺は目の前の朝食に視線を戻し、言われた相手は当たり前のように少し離れた女友達の近くに座る。周囲も今の光景に慣れて何も言わず、知り合いは呆れたようにため息をつく。
「毎日毎日よくやるねえ、君たちは」 「お前に言われたかねえよ」
エバンズに四六時中お前だって言ってるじゃねえか、と視線をやれば、ジェームズはまたもキラキラとした笑顔を振りまき手を振って無視されている。
「僕のはれっきとした愛のアプローチだよ!それに比べて君は……」
大袈裟に肩を竦める。俺はつい先程挨拶を交わした彼女に目を向けた。楽しそうに話す彼女の横にはエバンズの姿。
「何が問題なんだよ。お互い冗談だって分かってやってるんだ」 「君が勝手に言わせてるだけだろう?まあそれに乗るナマエも少なからず責任はあるけど、愛の言葉は僕みたいに本物の愛を伝えるためにあるんだ。冗談で使うようなものじゃないよ!そもそも普通のあいさつでいいじゃないか!そんなにナマエと仲良かったか?君は」
ぺらぺらと朝からよく口が回る。
「……なんでだろうな」 「は?君わかってないのにやってるの?」
今度は甘い蜂蜜をたっぷりとかけたヨーグルトを食べながらリーマスが平然と言った。
「うるせえな、いいだろ、誰にも迷惑かけてねえんだから」 「まあ、そうだけど」
ジェームズよりも軽い肩竦めを見せつつも、腹黒さはリーマスの方が断然上だから、その返しにも刺がある。 チキンを食いちぎってうやむやにする。 からからと笑う彼女の声が聞こえる。そう、俺たちは恋人同士でもなんでもなく、親友でもなく、ただのグリフィンドール寮生というだけ。もっと言えば、親友であるジェームズの意中の彼女の親友ということくらい。
「毎日のその言葉を数日分でも君の彼女に言ってあげればいいのにねえ」
皮肉めいて言うジェームズを無視する。 恋人には言わずに、ただの知り合いに愛の言葉を吐く。それに面倒そうに嫌がっていたナマエも、暫くしたら俺のしつこさに折れてはいはいと生返事をするようになった。その生返事が、なぜかとてもしっくりくるのだ。そしていつの間にか、それが朝の始まりの合図となっていた。こんな自分の心境を彼女は一切知らないだろう。
いつから始まったか知らない俺たちのあいさつ。 好きだと言ってそれを受け入れる。 当たり前の日常、ぽつりぽつりと穏やかに流れる会話。 エバンズがジェームズとなんやかんやで付き合い、いつだったかなんとなく居るようになったエバンズたちと俺たち。 子供だった俺は、それはただの友達としての行為で許される範囲であって、数少ない異性との恋慕を挟まない純粋な些細な関係性であって、なくなっても気づかないほどのものだけれど、いつまでも続くように思われたのだ。 俺たちはただ、学校という、寮生というもので支えられただけだというのに。
卒業しても変わらずに集まろうとしたある日。 リリーが言ったのだ。
ナマエが、いなくなった。
20150330 title by メルヘン
- 2 -
|