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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -







「ねえ、銀さん。私こんなことするために今日来たんじゃないんですけど」


布団を干して、少しだけ溜まっていた食器を洗いながらソファにだらりと寝ころんでいる銀髪に言った。


「いいじゃねーかよー。名前ちゃんがしてくれたら家がきれいになる、俺も喜ぶ、定春も喜ぶ、あいつらも喜ぶ、良いことずくめじゃねえか」
「私今日非番なのに…」
「そもそも急に来ても定春がいつもいるとは限らないでしょー?そういうとこお前の阿呆なとこだよな」


気の抜けた声でそう言われ、確かに事実だから仕方なく口を閉じて冷たい水に手を浸す。
 
私は時々こうやって万事屋を訪ねる。その目的は定春に会うためだ。白くて大きくてふわふわしている彼に出会って何かを射抜かれた私は、癒しとして定期的に会いに来るのだ。あの毛並みの中で寝るのはどんな癒しにも劣らないと思っている。
突然の非番で思い立って来たものの、丁度神楽ちゃんとの散歩と入れ違ったらしく、家に定春はおらず、いたのは銀さんだけ。今日新八くんはお妙ちゃんと買い物らしい。死んだ目で迎えた彼に苦笑しながら、そして今に至る。細かな汚れや埃が仕事柄目について仕方なく、気がついたら家事をしてしまっていた。ここまできたら職業病だと苦笑する。


「まだ帰ってこないですかね」
「知らねー。まあ腹減ったら帰ってくんだろ」


ぱらぱらと擦り切れたジャンプを開きながら無責任な言葉を発した。


「……銀さん。何か食材あります?」
「え、なになに。作ってくれんの?」


途端にテンションがあがる彼をスルーして冷蔵庫を勝手に漁る。見事に殺風景な冷えた空間を睨んだ。どうせまた飢餓寸前の生活を続けているのだろうと、万事屋を訪ねるときはなにか食料を持って行くようにしている。それが一番神楽ちゃんに喜ばれる。そして今日持ってきたのは鰯だ。


「……買い物行くか」


さすがにあげるだけならまだしも料理するなら鰯だけだと頼りない。


「そういえばさー」


久々に鰯のつみれでも作るかと、根菜類の計算をしていたら銀さんに話しかけられた。


「まだあいつのこと好きなの?」
「……それがなんだっていうんです」


淡々と聞く彼に、私も淡々と身支度を整える。そろそろ日が暮れる。行くなら早い方がいい。


「あ、どっかいくの?」
「買い物にいこうかと」
「そう、いってら」


脈絡のないあっさりとした会話が成り立つのが、彼と私の関係性だ。そそくさと玄関に行こうとすると、彼もひょこりとついてくる。見送りにでも来るのだろうか。


玄関で靴をはこうと手を伸ばした矢先、その手をぱしりと捕まえられて上を向かせられる。


「…どうしたんです」


拳二つ分くらいあいて、彼と私の目があわさる。相変わらず死んだような真っ赤な目が私を見つめた。


「なあ…いつまで続けるつもり?」
「…は?」
「おまえが想い続けても、あいつはこのままじゃ振り向かねえぞ」
「らしくないですね、口出すなんて」


軽く握られているように見える手は、きっと力を入れたとしても寸分動くことはないだろう。


「そんなんじゃねェさ。ただなぜ行動を起こさねえか気になってよォ。」
「……」
「名前、お前が真選組に入って何年だ。あいつを思って何年だ。そろそろはっきりさせても、いいんじゃねェのか?」


世間話をするように軽々と言い放つそれは、私の奥深くを抉る。それが、銀さんだからこそ、いつもならありえない人物だからこそ、じくりじくりと血が滲む。


「いい加減にしてください」


ぱしりとその手を振り払って草履を履いて逃げるつもりが、自由になった手は瞬時に彼の反対の手で捕らえられ体ごと壁に追いやられた。正面にはさらに近くなった顔に、横には打ち付けられた彼の腕。緩やかな圧迫感が胸を締め付ける。


「逃げんじゃねェ」


その瞳は、なにを考えているか分からない。


「……答えろよ」


なんで、あなたが、切なそうにするの。


「…です」


小さく息が震える。


「…知ってるんです。あの人には愛する人がいることを」


少しだけ見開く虹彩を見つめながらへらりと笑った。


「…んなの」
「分かるんですよ」


彼の言葉を遮る。
確かめなくても、分かってしまうのだ。人に全てを言えないほどに、彼のことを見てきたのだから。


「あの人、ふとしたときにひたすらに優しい表情をするんです」


一人で、朝日を見ているとき。ひゅるりと窓から葉が飛んできたとき。青空に鳥がくるりと回ったとき。仲間が馬鹿らしく騒いでいるとき。
彼はふと、それを通して何かを見ているように底抜けに優しい瞳をする。それは誰にも向けたことのない、けれども誰かに向けられていると確かに分かってしまう、そんな瞬間。 


「何も、言えないじゃないですか」


そんな彼を、その表情を、悲しいほどに愛しく思ってしまったのだから。

title by 東の僕とサーカス
20131212